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suicide magic
作:リープ



第47話 「孤独を抜け出す方法」


 土屋は不敵な表情を浮かべ、声にならない笑いを発した。
 坂本は僕から目を逸らし、下を向いている。
 明らかに僕が来る前に何かがあったようだった。
「坂本、何があったか教えてくれないか?」
「えっ……うん……」
 彼女は口元に自分の握った手を当て、ためらっていた。
 しかし、何とか意を決したのか僕へと顔を向ける。

「私がおかしくなっちゃった原因なんだけど……あぁ、頭がおかしくなりそう」
「なんだよハッキリ言えよ」
 もったいぶる彼女に少し苛立ちを感じながら僕は彼女の返事を待った。
「実は……あっ!?」
 すると坂本が急に目を開き、僕に対して驚いた表情を見せる。
「なんだよ、僕は何も」
「広野君……アレ……」
 彼女は僕の向こう側を指差した事に驚いていた。
 示す方向……つまり、土屋がいる位置だった。
 僕はやや警戒しながら振り振り向く。

「嫌っ、もう見せないで!」
「……なんだあの白いのは?」
 振り向いた先には土屋が片膝をついて座っていた。
 そして右手に何か白いものを指で摘んでいる。
 それほど大きくはなく、消しゴムのような大きさだ。
「広野君、落ち着いて聞いてね」
 僕の背後で坂本は声を震わせながら、話し始めた。
 冷たい風が僕に吹きつける、もう夜が始まる。
「……あれはね、亜也なの」
「――まさか!?」

 周囲の空気が緊張に包まれる。
 土屋は僕たちに見せびらかす様に骨を舐め、笑いかけた。
 まだ、勝利を確信してるかのような行為だった。
「土屋は亜也を……」
「坂本、それ以上言うな!」
 そんな結論聞きたくない!
 これ以上僕に想像させないでくれ。
「亜也を食べたの……」
「ふざけんな!!」
 さらに土屋は骨を口の中に入れた。
 坂本はそれを見て悲鳴を上げる。
 僕は土屋へ向かって駆け出す。

「やめろ! それ以上、武内を汚すんじゃねえ!!」
 近づく僕に合わせるかのように土屋は口の中で武内の骨を転がす。
 僕は土屋に対して渾身の力を込めて拳を振りかぶる。
「ふん」
 あと数センチで僕の手が届く瞬間、土屋の頬に力が入った。
 ――コイツ、骨を噛み砕きやがった!!
 僕の耳に土屋の歯と武内の骨がぶつかる音が聞こえそうだった。
「うわああああっ!!!」
 声を上げたまま僕は土屋の横っ面に拳を叩き込む。
 手首に押し戻そうとするような衝撃が襲い、折曲がりそうになる。
 だけど、殴り飛ばす勢いを止めるわけに行かない。
「くああああああっ!!!」
 手首に激烈な痛みを感じながらも、重圧を吹き飛ばすように腕を回す。
 そして僕は腕を振り抜き、土屋の顔は反転するように回っていく。
 土屋はそのまま倒れこんで、体を床に打ち付けた。
 僕も勢い余って前につんのめったまま、屋上のフェンスに激突する。

「広野君っ!!」
 坂本がこちらへと駆け寄る。
 僕はフェンスにぶつかって倒れたまま動けなかった。
 肉体的にではなく、精神的ショックが大きい。
 くそっ、僕がいたのに武内が一度ならず二度も蹂躙された!
「大丈夫?」
「……ああ」
 なんとか坂本に起こされ、僕は土屋へ近づいた。
 土屋は殴られて倒れたまま、起き上がろうとしない。
 へらへらとニヤついた表情を見せて、横たわっていた。
「コイツ、避けられるくせに……」
 なぜ僕の拳を避けなかったか聞きたかった。
 でも土屋のことだ、きっとこう言うだろう。
 『お前達の絶望した顔が見たくて、拳を避けるのが惜しかった』と。
 本当に最悪な男だな。
 こいつを生かしたことを一生後悔するだろう。

「亜也……」
 坂本が僕の袖を引っ張り、地面を指差した。
 そして足元を見ると、さっき殴った衝撃で土屋の口から飛び出した白い塊が落ちていた。
 それを拾い上げ、手のひらで転がす。
「なんて小さくなったんだよ。お前は……」
 白い塊……これが今の武内だった。
 こんな理不尽なことってあるかよ……これから頑張って生きようとしていたんだぜ。
 僕の手のひらにそっと手を重ねた坂本は赤く目を腫らせていた。
「魔法で生き返らせることは出来ないよね」
「……無理だよ。この世にない物は蘇らせることはできない」
 そして突然、奇妙な大声が僕の耳に入ってくる。
「があああああああっっ!」
 僕と坂本が向けた視線の先には土屋がいた。
「土屋!?」

 僕の言葉を聞いた土屋が突然立ち上がってくる。
 その表情は今までとは違い、目や口を大きく広げ、わずかに体を震わせていた。
「はがっ、はがっ、はああっ!!」
「坂本、危ないっ」
「きゃっ」
 土屋は勢いよく駆け寄り、僕の胸倉を掴んだ。
 不意の事に僕は坂本を突き放すことで精一杯だった。
「がはっ、はああっ、ああっあああっ……」
 力強く服をつかまれ、何度も乱暴に体を揺すられた。
 最初は訳がわからなかったが、次第に土屋が僕を攻撃するためにやっているのではないことがわかる。
 それ以上、危害を加えてこないところからもわかった。
 どうやら出ない声で僕のことを非難しているらしい。

「ああがっ、ああっ!!」
 目が充血し、口から涎が流れているのにも構わず、何かをまくし立てている。
 この様子はすでに狼狽に近いものだった。
 話の流れから考えれば、これは武内のことを言っているのだろうか?
 そう思うと僕は急にやるせない気持ちになった。
「ははは……お前も簡単に武内が生き返るとでも思っていたのか?」
「ぐっ……」
 すると、土屋は急に動きを止め、僕をジッと睨みだした。
 徐々に近づいてきた土屋は頭突きをするように額をぶつけてくる。
 お前が散々おもちゃにしてきた武内が生き返らないことが、そんなに腹立たしいのか!!
「ふざけんな!!」
 僕は土屋の胸倉を掴み返し、ねじり上げた。
 さらに、頭を後ろへ引くと土屋へ思いきり頭突きを食らわせた。

「あがぅ!!」
 頭全体が揺れ動くような衝撃が来るが、負けないように突き出す。
 鈍い音を立ててヤツの頭は後ろへ吹き飛んだ。
 すると土屋は僕の前から崩れ落ちるように倒れた。
「全部、お前がやったことじゃねえか!! 勝手すぎるんだよ!!」
 しばらく土屋はうな垂れるように、へたり込んでいた。
 さらによく見るとコイツの肩が震えている。
 最初は頭突きが利いたのか? と思ったがどうも様子がおかしい。
 床についた手のひらに、何かが零れ落ちた。
 ――涙!? まさか、悲しんでいるというのか?
「うっ、ううっ……」
 そして、ついに僕の耳へ嗚咽が漏れ聞こえてきた。
 コイツ、本気で泣いているのか?
 坂本も僕へ近づき、土屋の姿をみて驚いていた。
「広野君……土屋が泣いている?」
「あぁ、そうみたいだな……」
 なぜ? お前の思い通りじゃないのか?

 僕はぼんやりと泣いている土屋を見て、コイツの書いた手紙のことを思い出した。
 たしか土屋は一緒に死んでくれる人間を探していたんだったな。
 本気で武内を最後を共にしてくれるパートナーと思っていたのだ。
 そのパートナーを失い、独りになった悲しみにくれているということなのか?

 『独りは嫌』か……
 それはきっと武内も同じで、人との繋がりを感じるためにリストカットしたんだ。
 土屋と武内はそういう意味で出発点は同じだった。
 だけど、向かう方法が違ったんだな。
 武内は生きて孤独を抜け出す選択をした。
 土屋は死んで孤独を抜け出す選択をした。

 ところが現実はまったく逆で、土屋は生き残って涙している。
 僕も坂本も土屋の姿に戸惑いを隠せなかった。
 坂本は困ったような表情を僕に向けた。
「ねぇ、広野君本当に方法はないの?」
「一応は……ある」
「本当!?」
 方法は常にあるものだ。
 しかし、それが現実可能かどうかは別の話。
「もし一つだけ方法があるとすれば、誰かが武内の肉体を作るための犠牲になることだ」
「どういうこと?」
「犠牲になる人間の体を使って武内の体を再生する」
 すると坂本は表情を少し明るくし、僕へ質問した。
「じゃあ、死体を使って――」
「無理だ。細胞が死んでる」
「そんな……」
「だから生きている人間じゃなければならないし、肉体を差し出した人間は死ぬ」

 出来るわけがない結論ほど虚しいものはない。
 坂本は目を伏せ、うな垂れた。
 くそっ、僕の体を差し出したいけど、術を執り行う人間がいなくなるからな……
「ぼああっ!!」
 急に何かがズボンを引っ張り揺すり始めた。
 それはへたり込んでいたまま、僕へ飛び込んできた土屋だった。
 僕はなんとかバランスを保ちながら土屋の頭を掴んで静止した。
「なんだよ、お前は」
「ぼ、僕の……体……使え……」
「馬鹿な、声は奪い取ったはずなのに!」
 魔法の力で強制的に押さえていた声を出すなんて!
 なんて、精神力なんだ!
 絶対だと思っている力を超えてきた存在に僕は思わずうろたえてしまう。
「お、お前が死んで武内が生き残るんだぞ。それでいいのか!?」
 何言っているんだ僕は。
 このまま何も質問せずにいれば、土屋は死んでくれるじゃないか。
 しかし土屋は搾り出すようにかすれた声で無理やりに話を続けた。

「ち、違うね……死に場所を……探していた……」
 なんだって言うんだ!?
 コイツは自分が死にたいから、ここまでしてるのか?
 僕はいつの間にか自分の口元が震えていることに気づいた。
「僕は彼女の……肉体と共に……死ぬ」
 土屋は僕の服を伝い、徐々に立ち上がってくる。
 歯を食いしばり、さっき殴られたためか口から血を流しながらながら、土屋が迫ってくる。
 僕の体は硬直し、土屋の迫力に押されていた。
「そして僕の……肉体は彼女の……魂と共に生きる」
 とうとう土屋は立ち上がり、僕の顔から数センチの距離まで近づいた。
 顔をしかめながら、土屋は苦笑いにしか見えない笑顔を見せる。
 僕が生唾を飲み込み、喉鳴りがやんだ頃、土屋最後の言葉を吐いた。
「……最高に興奮するじゃないか」
「土屋……」

 そうか……そうだな。
 僕は納得してしまった。
 本人なりのルールがあるってことか。
 あくまでもお前は『死んで孤独を抜け出す』ってことだな。
「……わかった」
 するとホッと表情を浮かべた土屋が倒れてしまう。
 魔法に逆らって行動することが、これほどまでに体力を蝕んでいくのだなと妙に感心してしまう。
 さらに、土屋という人間の執念と突き通す信念が伝わった。
 よし、コイツに負けないよう、僕もやるべきことをやるべきだ。
 僕はすぐに体を復活させる魔法の準備に取り掛かった。

 近くにいたって誰か判別しにくいほど暗くなった屋上。
 そこでは一つの命が消失し、一つの命が復活しようとしていた。
 裸になった土屋の体の上で魔法陣を空中で組む。
 やがて宙に描き出された文字は輝きを放ちだす。
「これが魔法なの?」
 坂本が感動にも似た声を上げて遠巻きに様子を伺っていた。
 すっかり暗くなった屋上では魔方陣の光りはより綺麗に見えるのだろう。
 僕は慎重にその魔法陣を沈め、土屋の体へと埋めていく。

「うがあああああっ!!」
 土屋は叫び声をあげながら、自らの魂がなくなっていく様を体感していた。
 実は痛みなどほとんど無いはずだ。
 だが、自分の魂がどこかへ飛ばされるような感覚に戸惑いがるだろう。
「……ん?」
 ふと、手元に目が行くと、偶然土屋の手が目に入った。
 よく見ると手に何かを握っているのが見える。
 それを確かめようと目を凝らした瞬間、鈍い音が響きだす。
「広野君、この音……」
「骨格や筋肉が変化を始めたんだ」
 骨折や脱臼するような音が屋上に響き渡る。
 坂本はその音に耐え切れずに耳をふさいだ。
 あまり気持ちのいい音ではないので僕も耳をふさごうとした。

 しかし、形を変えていく体から何かが飛び出す。
 こちらへ向かってくるそれを僕は掴んだ。
「これは……紙?」
 指でつまんだそれは確かに土屋が書いた手紙の切れ端だった。
 なぜ、こんなものを土屋が……なんだ? 赤いものが見える。
 これは血文字だ!!
 すると紙に書かれた文字が目に飛び込んできた。
 『僕言った魔法はすべて取り消す』
「なっ!!!!」
 コイツ、最後になんて隠し玉を!
 いつの間にこんな血文字を書いて念を込めていたんだ!!
 その瞬間僕の脳内で何か衝撃が走った。
 土屋の魔法が履行されたってことか……
 なるほどね。これが土屋を助けたときの埋め合わせに起こった不幸って訳だ。
 ……これで不幸の相殺は出来ない。
「広野君、どうしたの!?」
「いや、なんでもない」
 少し離れた場所にいる坂本にはバレていないようだ。
 何とかなるだろう。

 元々、その覚悟で来たんだ。
 何を今更って感じだな。
 僕はやれやれとため息をつく。
 さらに耳をふさぐことをやめ、再び変化していく肉体に目をやった。
 こんな音だって武内が生き返る過程なんだ。
 それなりに男らしかった体が、どんどん丸みを帯びて女性の体になっていく。
 土屋にしか見えなかった顔も今では武内の姿そのものだ。
 この瞳をもう一度見たかった。
 この唇をもう一度見たかった。
 いや、武内自身にもう一度会いたかった。

 武内の体が完全にその姿を取り戻したことが、堪らなくうれしかった。
 確かにあの時、彼女を飛び降り自殺から助けなければ、こんな目には遭わなかった。
 ――でも。
 助けなければ、こんな気持ちにはならなかった。
 元の姿を取り戻していく武内に僕は呟いた。
「……好きだ」












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