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suicide magic
作:リープ



第44話 「預言者」


 血の色のようにやや赤みがかった人通りも少ない街中を僕は走り抜ける。
 それにしても不可解だ。
 坂本が土屋を殺しただって!?
 土屋が坂本を殺すことがあっても、逆はありえない。
 こんなことありえるのか……こんな不幸が……
「――まさか!?」
 僕の中で『もしかして僕が魔法を使ったからか?』という疑問が生じる。
 確かに僕が使う魔法は自分の幸福を媒介として力を行使するものだ。
 そして、幸福の穴埋めとして不幸が訪れる。
 つまり、幸運と不幸のバランスはつねに均等に扱われ、幸福と同程度の不幸が訪れるのだ。
 
 でも、僕は母さんを眠らせただけだぞ。
 眠らせると同程度の不幸が、友達が犯罪を起こすことなのか!?
 まさか、幸福と不幸のバランスが崩れてきているのか?
 ……にしても不自由だ。
 使った魔法に対しての不幸が選択できれば問題ないのに。
 幸福と不幸をコントロールする方法か……
 そもそも僕に振りかかる不幸の定義とは何だろう。

 ……もしかしたらそれは僕次第なのかもしれない。
 なぜなら不幸の価値基準は人それだからだ。
 僕が不幸だと思わなければ、起こった幸福の穴埋めにはならない。
 まてよ……ということは起こる不幸というのは意識、無意識に関わらず、僕が不幸だと感じる出来事なのか?
 だったら自分で制御することも可能なのだろうか?
 今回の件だって坂本が土屋に殺されるかもしれないと思ったことが発端だとすると……
 『坂本に殺されて欲しくない』が僕の考える幸福だとして。
 これに対する不幸な展開は『坂本が殺される』または『坂本が殺してしまう』にならないだろうか?

 ……いや、考えすぎか。無理がありすぎる。
 第一、坂本が人を殺すという展開に納得がいかない。
 ただ、『納得がいかない』からこそ、魔法の存在を考えに入れたくなるのだ。
 とはいえ、根本的な問題として僕以外に魔法使いはいないはず。
「でもな……」
 駄目だ。なんでも魔法のせいで不幸になるという想像はやめておいたほうがいい。
 ここまでの思いに至ると僕は首を左右に振った。
 それにしても不可解だ。
 僕はとにかく事実関係を確認すべく、学校へ急いだ。


 学校に到着すると、春休みの夕暮れのせいもあって学校には人気がない。
 校門をよじ登って校庭に着地する。
 ゆっくりと校舎へ目をやると、窓からは誰もいないことが分かり、建物は不気味そのものだ。
 さらに視線を上げていくと屋上に行き着く。
 あの場所で起こっていることを今から受け止めなければならない。
 僕は大きな音を立てて唾を飲み込むと、歩き始めることにした。

 校舎へは誰が開けたのだろうか、窓の鍵がかかっていないものがあり、そこから入ることが出来た。
 静かな廊下は僕の足音だけが響いていた。
 屋上へ続く階段へと向かうために途中、廊下かから教室が見えた。
 そういえば終業式出ることが出来なかったな……そう思うと、これが見納めになるかもしれないから目に焼き付けようという気になった。
 普段、嫌というほど毎日通った教室がもう当たり前の風景でなくなるかもしれないと思うと少し切なくなる。僕は走りながら流れていく教室を見つめていった。
 さらに、階段を一気に駆け上がると、屋上へと続くドアに到着した。
 今から最後の決着をつけんだ……よし!
 ドアノブへゆっくり手を伸ばし、ノブを回すと僕の緊張は頂点へと達する。
 決意という心の叫びと共に僕はドアを一気に開いた。

 大きな音を立てて開かれたドアの向こう側に、僕は息が詰まってしまった。
 まず、よく分からない類の異臭がして思わず口に手をあててしまう。
 そして十数メートル先の地面にある塊が目に飛び込んできた。
「まさか、あれが土屋か?」
 まさしく塊は学校の制服を着た男、土屋が横たわっている姿だった。
 次に倒れている傍らで、ひざを抱え俯いている坂本の姿が見えた。
「おい、坂も……」
 少し歩き出した僕は言葉と共に歩みも止めてしまう。
 なぜなら二人の間から地面へ少しずつ広がっている血溜まりを見つけたからだ。

 ――本当にやってしまったのか?
 僕は意を決してゆっくりと二人に近づく。
 どんとん近づくと輪郭もハッキリし、ことの詳細が見えてきた。
 確かに土屋は腹部を刺されて倒れている。近くに血が付着したナイフが落ちているのがその証拠だ。さらに制服も腹部中心に赤黒く染まっている。血溜まりもコイツのものらしい。
 さらに土屋をよく見る。するとまだ肩が動いていた。
 よし、まだコイツは生きている。救急車を呼べばまだ助かるはずだ!
 僕が土屋の生存を確認した頃、ヒザに顔を埋めていた坂本が僕に気づいたのか、俯いたまま一瞬肩を震わせた。
「坂本? ……大丈夫か?」
 そして彼女はゆっくりと顔を上げて僕のほうへ顔を向けた。
 まず、涙でくしゃくしゃになった顔。赤く腫れた瞳。微妙に唇は震えていた。
「あっ……」
「よかった。お前は無事みたいだな」
 とにかく彼女を安心させようと僕は微笑んだ。

 すると同時に彼女は口をゆがませて叫ぶ。
「嫌ああぁ!、広野君見ないで!」
 とっさに坂本は手で顔を隠そうとするが、血まみれになっている自分の手を見てまた悲鳴を上げた。
 さらに僕から逃れようとして、這いつくばりながら離れていく。
「ま、待て! 別に僕はお前をどうこうしようってわけじゃないんだ!」
「駄目……駄目……もう、私駄目なんだよ……」
 それでも逃げようとする坂本に僕は駆け寄り肩を掴んだ。
 肩を引き寄せこちらを向かせようとするが、坂本は顔を背けた。
「離して。私はもう戻れないんだから!」
「でも……」
 僕には彼女を無理やりこちらを向かせても、かける言葉が見つからなかった。

 今出来ることと言えば、虫の息の土屋を救急車に運ぶことだろう。
「とにかく救急車を呼ばないと!」
 僕は携帯電話を取り出し、電話をかけようとする。
 携帯のボタンを押そうとした瞬間、叫び声が聞こえた。
「駄目っ! 電話しないでっ!!」
「もしかしてすでに連絡済なのか?」
 すると坂本は答えない。
「連絡していないんだな」
 すると彼女はこくりと頷いた。
 僕はそれを確認すると、もう一度電話をかけようとした。
「お願い! 待って!」
 坂本が僕の腕にしがみついて、振り回す。
 僕は重さに耐え切れず、思わず携帯を地面に落としてしまった。
「おい、何するんだよ!」
「だって……電話したら私は……」
 掴んだ腕からのぞく坂本の赤く腫らした瞳から、さらなる涙がじわりとにじんでいた。
 確かに電話をしたらただでは済まないだろう。
 そのことに思い至ると僕はどうすることもできず、立ち尽くしてしまった。

「くくくっ……」
「っ!?」
 わずかに笑い声が下から漏れてくる。
 声の主を探すべく、僕と坂本の視線が集まった場所には土屋がいた。
「土屋、お前っ!!」
「ざまは……ないな。この僕を……振る……からだよ」
 血だらけになって横たわっている人間の言葉には思えなかった。
 今だって血液が大量に流れたせいで寒いのか背中が震えていた。
 これが、門脇を殺し、武内を殺した犯人の最後と思うと何とも言えない不完全燃焼な気持ちになった。
「死にかけてるくせに何をたわごとを……」
「ふん……」
 すると、土屋は顔を歪めながら制服のポケットから紙をだして、血まみれの震える手で地面に軽く放り投げた。

 放り出された四つ折りの用紙には何かが書いてあるようだった。
「これを読めってことか?」
「がはっ……はぁはぁはぁ……」
 土屋は荒い息をして、わずかに首を縦に振った。
 ご丁寧にも僕はそれを拾い、開いてしまう。
 そこには土屋の直筆らしき文字が綴られている。
 まず、最初に『予言書』と書かれていた。
 さらに読み進めると、土屋がこの事件が起こる前に書いたと思われる文章がならんでいた。


『僕が変人じみた笑いを浮かべて偉そうに君たち待っているとでも思ったのかい?
 それは大間違いだ。この手紙を読んでいる頃にはそれが証明できていることだろう』

 なるほどこれは今の状況は起こるべくして起こったと主張したい土屋の自己顕示欲のつまった手紙ってわけだ。
 今、倒れている土屋の顔を手紙越しに見ると、なぜか苦しそうな顔をしているのに、勝ち誇っているかのようだ。

『さて突然だけどね、あの時、君たちが見た亜也の動画に魔法をかけさせてもらった』

 はぁ!? 魔法だって?
 僕はいきなり心臓をつかまれたような衝撃が走った。

『あの画像を見て先に屋上へ着いたものが、僕に殺意を抱くという魔法だ』

 どういうことだ?
 あの画像に土屋の意のままに操れるような何かがあったというのか?
 それが魔法だと?

『といっても信じられないだろうが、本当に僕は魔法使いなんだよ。
 言葉や映像に自分の念を込め、意のままに操る能力があるんだ。
 ここまで言えば、亜也の動画を見た君たちには本当だとわかるだろ?』

 いつの間にか手紙を読んでいる僕の横から、坂本が覗き込んでいた。
 驚いた表情を彼女は見せるが、僕はすでに何もいえなくなってしまっていた。
 信じられない、魔法使いがもう一人いるなんて……
 手紙はさらに続いており、土屋の自己顕示は続いた。

『僕は常に死に対する感情について劣情を抱いていた。
 いや、死に対する恐怖や安らぎの念に憧憬を抱いていたと言い換えてもいい。
 死ねば、それ以上は年を取らず、永遠にそのままだ。
 さらに二人で死ねば、永久に結ばれる。そう信じている。意外にロマンチストだろ?
 僕は独りが寂しくないなんて言わないよ。
 強がって一人でいるようなそんな浮ついた自信家じゃないんだ。
 僕は自分の弱さを認めている真の自信家だ』

「くっくっくっ……」
 何が可笑しいのか土屋は震える口角を無理やり引き上げ、笑っていた。
 いや、どちらかと言えば僕に見せ付けるためにやっているように思えた。

『死を恐れ憧れる僕は探していたのだ。一緒に死んでくれる人間を。
 そしてとうとう見つけた……亜也だ』

 何を言っているんだ……コイツは狂っている!
 死に憧れているが、一人じゃ嫌だから永遠に一緒にいられるような人と死にたいと言っているんだぞ!
 さらにその相手が武内だって!? ふざけるなっ!!
 僕の中に怒りが沸々と湧き上がってきた。
 それを煽るかのように手紙の文章は続いている。

『その亜也を奪おうとした広野、お前だけは許さない。
 だから置き土産をすることにした。僕はただでは死なない。
 お前が僕を殺すか、坂本が僕を殺すか、とにかくどちらかに犯罪者となってもらう。
 君の場合ならば、後者が精神的に辛いものになるだろう』

 土屋は僕を陥れるために、坂本までも巻き込んだというのか!?
 だとしたら、僕が彼女を追い込んだと言っても過言じゃない。
 僕は覗き込む坂本の顔を見ることが出来なくなってしまった。

『僕と亜也は二人で死んでゆく。
 そして君たちは僕を殺した罪により、悩み、苦しみ、この世で裁かれるがいい!』

 いつの間にか紙を持つ手は震えていた。
 ここまで憎悪に満ちて自分に向かってくる人間を始めて肌で体験したからだ。
 人のものを盗んじゃいけません。
 人が困ることをしちゃいけません。
 人を殺しちゃいけません。
 普段、人が犯してはいけないと避けている、僕がモラルと呼んでいたものをこの男は軽々と踏みにじっていくのだ。
 すでに人間すらないのかこの男は……
 おまけにコイツは魔法が使えるという。
 よく読むと魔法とは言いがたいものだが、この人間ではない土屋が使えばそれは魔法なのだろう。
 僕の心の中が暗闇に包まれてそうになった頃、文章は終わりを告げる。
 そして最後のは一言で締められていた。

『僕の勝ちだ』

 くっそっ!
 僕は読み終わった後、なぜか敗北感で一杯だった。
 武内を殺し、他人を巻き込んで死のうとして、憎い人間まで陥れる。
 すべて土屋の思い通りに進んだわけだ。
「ひっ……」
 坂本は手紙を読み終えたのか、小さく声を上げて二歩、三歩と後ずさりした。
 すると地面からタイミングを見計らっていたように声が聞こえてくる。
「この人殺し……」
「いやああああっ!! 私、取り返しのつかないことを!」
 坂本は両手で耳をふさぐとその場にしゃがみ込んだ。
 ”人殺し”と言う言葉を振り払うように、顔を何度も左右に振って大声で叫ぶ。
「だって、仕方ないじゃない! 脅すためにナイフを持っていったら、屋上着いた途端に記憶がなくなって、気づいたら……ああああああああああぁぁぁっ!!!!」
「落ち着け、お前が殺したんじゃない、土屋が――」
「そんなこと誰が証明するの!? 『彼には魔法の力があって』なんて信じてもらえるわけないでしょ!!!」
 坂本はすっかり錯乱状態に陥り、四つんばいになると何度も拳を地面にたたきつけた。
 やがて拳が赤く染まるが、僕はそれをとめることが出来なかった。
 僕はそれ以上坂本を直視することが出来ずに、背を向けて倒れている土屋をぼんやりと見つめた。
 悔しい気持ちは僕にもある。
 さらに土屋の計算を阻み、坂本を助ける方法もある。
 それは……土屋か武内を助けること。
 しかし、土屋がここまで計算してるわけではないと思うが、坂本のことで武内を助けることはできなくなった。
 武内を生き返らせたところで、坂本が犯罪を犯してしまったという事実はなくならないからだ。
 一人の命には一人の命しか犠牲に出来ない。
 もし、この現象を回避しようと思えば、僕は土屋を助けなければいけなくなる。
 折角、武内にこの命捧げようと思えたのに!
 こんな男のために自分を犠牲にするなんて!!
 倒れて息絶え絶えの土屋を見ると、どうしようもない悔しさを押さえきれない。
 そして喉の奥から叫びのような思いが溢れそうになった。
 しかし――

「あああああぁぁぁぁっ!!!!」
 悲鳴とも叫びとも聞こえる声が僕の背中で響く。
 次の瞬間、何かが倒れたような鈍い音が聞こえた。
 いやな予感に後ろを振り返る。
 そこには地面を殴り、血まみれになった手に握られたナイフ。
 さらにすりむけて赤くなった手は自分の腹部に宛がわれている。
 坂本が自分の腹を刺している姿だった。
「ぎいいいっ……」
 うずくまるように倒れた坂本は体を何度も震わせる。
 体が揺れるごとにうめき声ともつかない声が漏れてきた。
「坂本!!!!」
 僕は彼女へと駆けつけ、すぐに土屋と同じように横たわらせる。
 坂本は赤く充血した瞳を揺らせながら、僕を見上げてた。
「痛い、痛っ……」
「しっかりしろよ、何でこんなことをしたんだ!」
「私、もう人殺して……血で汚れちゃったから……」
「馬鹿野郎っ! だからってこんなことすることはないだろう!!」
 どうしたらいいんだ!?
 救急車を呼ぶべきか!?
 でも、この状況をどうやって説明するんだ!!
 僕は誰をどうやって助けたらいいんだ!?
 今起こったことに対して完全に思考停止となってしまった。
「ああああああぁぁぁっ!!!」
 そして気づけば僕も叫びに声をあげ、坂本と同じように地面に向けて何度も拳をぶつけていた。












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