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suicide magic
作:リープ



第42話 「メビウスを駆け巡る」


 ひざを抱え目を瞑ると、そこは闇だった。
 どこまでも続く暗い世界に、僕は目まいを起こしそうになっていた。
 前後左右、何がなんだかわからない。
 ……そうか、僕は現実に酔っているんだ。
「――っ!!」
 不意に吐き気を催す。四つんばいになって何度か嘔吐を繰り返した。
 しかし、何も出てこない。反動で目に涙が溜まってくる。
 涙でぼやけた視界には自室の床が映っていた。
 何やってんだろ僕は……

「貴明、入っていい?」
「――!?」
 そんなとき母親の声と共にドアをノックする音がした。
 こんな時に一番聞きたくない声だった。
 僕は涙で潤んだ目頭をぬぐい、立ち上がってドアを睨み、無視を決め込んだ。
 しかし数秒後、母は勝手にドア越しで話を始めだした。
「今日のことはまだ”お父さん”は知らないの。母さん、言うつもりないから」
「――なっ!」
 ”お父さん”それは父の命と引き換えに生き残った男のことだ。
 今の僕にあの男のことを言うなんて、無神経にも程がある
 僕はカッとなり、勢いに任せてドアを開けた。
「あっ、貴明。開けてくれたのね」
「くっ……」
 開いたドアの先には母がいた。
 僕は視線を下げ、母と正面から向かい合う。

「どうしたの? 目の周りが赤い……やっぱり事件が怖かったのね」
「っ!?……違う」
「何が違うの? 怖いときはね、無理しなくていいのよ」
 母は僕へと近づき、優しく前髪なでてくれた。
 そんな優しさに僕の怒りは一気に高まる。
「何もかもだよっ! 事件が怖かっただって!? 冗談じゃないっ!! わかったような口を利くな!!」
 怒鳴りながら僕は手を払いのける。
 弾かれた手を摩りながら哀れんだ視線を送る母を見て、少しだけ僕は冷静になった。
 なぜ僕はこんなに怒鳴ってしまったのだろう。
 ……いや、わかってるはずだ。
 きっと僕は目を腫らしていたからって、友達を失った『悲しみ』じゃなくて『怖い』という言葉を選んだ母に腹が立ったのだ。
 ――心の中を見透かされているという事実に。
「貴明、言わなきゃ何もわからないでしょ?」
 母は僕の怒鳴り声にも動じずに僕の腕を握って、諭すように話しかける。
 それが余計に癪に障った。

「母さんに言ってもわかるわけ無いさ」
「どうして?」
「それはね、死んだ父さんから受けた幸せを享受するだけのアンタだからだよ」
 すると同時に母の目は大きく開かれ、僕を腕を掴んでいた手が離れていった。
 さらに僕は勢いに任せて”禁句”を言ってしまう。
「……僕にとって”お父さん”はいつまでも死んだ父さんただ一人だ」
「――えっ!?」
 実はこの言葉、今まで一度も母に言った事がない。
 父さんが命がけで助けた友人が新しい父親になった時に、僕の中では禁句になったのだ。
 これを言ったら終わりのような気がしたから。
 でも今は違う。コイツを言い負かさなければ僕の気が済まない。

 禁句だった言葉を受けた母は、言葉を失い黙ったままうつむき、さらに手で顔を覆い、しゃがみ込んでしまった。
 その姿に僕は思わず笑みを浮かべる。
 勝った。僕は勝利を確信した。見ろよ、この女の小さくなった様を。いい笑い種だ!
 父さんを裏切ったのだから後ろめたさを感じるのは当たり前だろ。むしろ今まで僕が言い出さなかったのを感謝して欲しいくらいだ。
 このまま平手打ちの一発でも浴びせてやろうか。父さんの無念をここで僕が払ってやる!!
 僕は拳を固めて振り上げると、丸まった母親の背中へ狙いを定めた。
「……さい」
 腕を振り下ろす寸前に母から何か声が漏れたように思え、その声に耳を傾けた。
「……ごめんなさい」
 母は震えながら涙声で僕に謝っている。
「もう償えないかもしれないけど……でも……でも……ごめんなさい……」
 その瞬間、電撃のような何かが僕を貫く。
 振り上げていた拳を下げ、その場から動けなくなった。

 僕は馬鹿か――そして何て小さな人間なんだ。
 自分がどうして良いかわからない感情を目の前の母親にぶつけるなんて……
 怒りをぶつける相手を間違えてる。
 くだらない自己満足に酔って勝利気分に浸っている。
 ……何一つ勝利など手に入れてないのに。

 後悔だけが僕の心を覆い、次第に焦りを帯びてくる。
 一歩。また一歩、僕は後退していった。
 そしてドアノブへ手をかけるとわずかな滑りを感じる。手にはいつの間にか多くの汗をかいていた。
「ごめん、母さん。言い過ぎたよ……色々と頭が混乱してるんだ。少し一人にしてくれるかな?」
「!? 貴明? 今何て言っ……」
 母親は僕に言葉に反応して顔を上げる。大粒の涙が流れた泣き顔だった。
 僕はそれに顔を反らして、再びドアを閉める。
 母との会話は情けない自分がさらに深まっただけに過ぎなかった。

 それからしばらく母は僕の部屋の前にいたが、いつの間にかいなくなっていた。
 僕はといえば、また膝を抱えてしゃがみ込んでいた。
 さらに武内の事と父親のことがごっちゃになっていた。
 ふと机を見上げると写真立てが目に入った。
 そこには少し前に遊園地へ行った時の僕と武内と坂本が写っていた。
 皆楽しそうに笑っている。とりわけ武内は初めての遊園地ということもあり、はしゃいでいるように見えた。
 屈託のない笑顔を見ていると胸が締め付けられる。感情が高ぶって体が震えた。
 なぁ……お前本当にいなくなったのか?

 父もこんな風に迷ったのかな?
 好きな人のためだからできたのかな?
 僕は好きな人のためにそこまでできるのかな?
 それ以前に僕は武内のことが好きなのかな?
 いくら考えても答えは出ない。
 部屋は静かで僕はうなだれている。
 結局、何もできないのか?

 思考の渦に飲まれそになった時、携帯電話から着信音が鳴った。
 嫌な予感がして携帯電話を手に取り、画面を見ると坂本からだった。
 少しためらったが、僕は電話に出ることにした。
「もしも――」
「で、いつ行く?」
 坂本は待ちきれないといった風に僕の言葉にかぶせて、いきなり尋ねてきた。
「行くってどこへ?」
 そして僕はあえてとぼけてみた。
 もしかしたら、違う話かもしれないという期待を持って。
「学校の屋上に決まってるじゃない!」
 坂本の語気は荒く、明らかに苛立っていた。
 しかし、僕は逃げる。
「もう……いいよ。後は警察に任せよう」
「はぁ!?」
 彼女の大声が聞こえた後、少しの沈黙が流れる。
 このまま電話を切ってしまおうか、僕は悩んだ。

 しかし、悩んだことが災いしてタイミングを逃し、彼女は話を続けた。
「広野君、それでいいの?」
 坂本は詰め寄るような口調で僕を責める。
 それに対して僕はどうしようもなく、さらに逃げ込んだ。
「……だってしょうがないだろ」
「しょうがない?」
 携帯電話を持つ手がやけに滑る。僕は明らかに焦っていた。
「あんな映像見せられて、どうしようもないさ。きっともう、武内は――」
「それ以上は言わないで!」
「んなこと言ってもどうせ……」
「広野君……」
 坂本はそれ以上言葉に詰まったようにまたしばらく沈黙した。
 母さんの次は坂本が僕に問いかけてくる。
 どうしてこうも部外者は土足で僕の領域に入り込もうとするのだろうか。
 ……と、やるせない気持ちで一杯になった頃、坂本は再び話を進めた。

「しょうがない? どうしようもない? 広野君らしくないじゃない!!」
「っ!?」
「あんなに必死に亜也を探してたのに!!」
 くそっ……僕はこんなことで怒ってもしょうがないと感じながら、自制がきかずに怒鳴ってしまう。
「僕らしい? 坂本は僕の何がわかってるんだよ! 僕の『覚悟』も知らないくせに!!」
 僕は明らかに坂本に八つ当たりしていた。
 本当に魔法を使わなかったのは『僕の命』が惜しかったからだ。
 それは、武内がいなくなった時点ですでにわかっていた。
 すると坂本はさっきとは明らかに声のトーンが下がった感じで僕に応えた。
「……確かに私は広野君に幻想を抱いて理想化しているのかもしれない。でも、でも私、悔しくて……」
 言葉通り、悔しさをにじませたような、絞り出す声。
「門脇も亜也も……アイツに殺されたんだよ……」
 受話器越しに坂本のすすり泣きが聞こえた。
 その音は僕の耳へ突き刺さるように響く。
「それに……広野君の亜也に対する気持ちって……そんなものだったの?」
 僕は答えることができない。
 さっき怒鳴ったせいで、やけに頭がズキズキする。

 今までで一番長い沈黙が二人を支配した。
 坂本は僕の決断を待っている。彼女はきっと学校へ行こうといって欲しいのだろう。
 でも……でも……でも……
 煮え切らない僕の態度にとうとう坂本は痺れを切らしたのか、再び力のこもった声で話始めた。
「もういい。私だけでも学校へ行く。これは理屈じゃなくて、もう一度彼女に会いたいだけ。たとえそれが亜也の死んだ姿でも……それじゃあね」
 そして電話は切れた。
「はぁ……」
 僕は大げさにため息をつくと、携帯電話を机に置いて再び一人たたずむ。
 やけに部屋が広く思えて心細くなった。

 母は「怖ければ無理するな」と慰めてくれる。
 坂本は「動き出そうと」と急かしてくる。
 だけど僕はどちらにも動くことができない。
 くそっ……何をやっているんだ!
 衝動的に何度も机を拳で殴りつける。
 怖い、怖い、怖い!
 魔法以外での解決方法はないのか!
 僕は何か鬱憤めいたものを吐き出すように机を乱打する。
「くそっ、なんでっ、なんでっ、なんで僕なんだ!」
 やがて、呼吸を乱して手が痛くなった僕は動きを止め、拳を解いた。
 はぁ……このままじゃあ父さんを見捨てた母のことをとやかく言う権利はないな。
 僕だって武内の死を目の前にして、それを見過ごそうとしているんだから。

 今の敵は土屋ではなかった。僕自身だ。
 言い訳、臆病者、身の保全、恐怖、受け身体質。
 こういったものが僕の結界の周りに張り付いて身動きが取れなくなっている。
 こんな”くだらない”結界が欲しかったのか?
 僕が欲しかったものってなんだ?
 それは、それは、それは……

 と、ここで僕はあることに気がつく。
 さっき坂本は「自分だけでも学校へ行く」と言った。
 ……駄目だ! それじゃあ、土屋の思う壺だ。
 彼女の力ではアイツに殺されに決まってる。
 すると僕は居ても立ってもいられなくなってきた。
 とにかく行かなきゃ。武内に対する考えは後回しにしても、今確実に生きている坂本を何とかしないと……
 そして僕は歩き出してノブに手を掛ける。
 『坂本を助けに行くだけだ。死にに行くわけじゃない』そう言い聞かせてドアを開ける。
「――っ!!」
 その瞬間、僕は息を呑んだ。
「貴明、どこへ行くつもりだ?」
 目の前にはもっとも会いたくない相手が立っていたから。
 死んだ父さんが助けた相手……つまり、今の父親が立っていた。
 僕は思わず、息を呑んだ。












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