第41話 「選ぶべきもの」
夜の住宅街は騒然とした。
土屋家の周りには野次馬と数人の警察で埋め尽くされ、赤々としたランプが周囲を照らす。僕達が警察に通報したからだ。
その後、警察署に連れられた僕達は刑事の事情聴取を受けた。
聴取で何を聞かれたのか、どれだけの時が過ぎたのか、全然覚えてない。
ただ、刑事達同士の会話の中で、土屋の家にいた中年男が全て自分がやったことだと自白したらしいと聞こえた。そして土屋も武内も中年男の被害者としてみなされていると言う話だった。
さらに僕と坂本はクラスメイトを心配した勇敢な学生として判断されているようで、刑事が事情聴取の最後に僕達の行動を危険な事だと叱りながらも、褒めてくれた。
でも、今の僕にとってはそんな事はどうでも良かった。
事情聴取が終わって部屋を出ると、そこには母親が迎えに来ていた。
僕は最近ロクに口も利いていないので、無視して前を通り過ぎる。すると母親は黙って後ろをついてきた。しばらく無言のまま警察署を歩く。
「貴明、タクシーで帰る?」
署をでたところで母が話しかけたが、僕は無視して歩き続けた。
日が昇り、すっかり朝になった街を進んでいく。三月も後半とはいえ空気が冷たい。白い息を吐き出しながら、僕はある思いを抱えていた。
背広を着た人達がまばらに僕とは反対方向へ足早で歩いていた。彼らはきっと今から仕事なんだろう。僕はすでに春休みなので朝の心配をする必要もない。さらに人の流れに逆らって歩く自分と、今後の運命を重ね合わせてしまう。
『もう、戻れないところまで来ている』という思いと、『今なら引き返せる』という思いが交錯していた。
そして母はゆっくりだが確実に僕へ近づいてきた。何か声をかけるつもりなんだろう。僕は少し身構えた。すると案の定、母は何を恐れているのかわからないが、おずおずと話し始めた。
「……警察の人が言うには、あなたたちは事件には関係ないって」
んなことはもう知ってる。僕は母を無視した。
「今回の事は残念だったけど……」
『残念』って一言でいうな。まぁ、アンタには関係ないことだからしょうがないよな。
所詮、部外者には一言で片付けられる気軽さがあるし。
「もし今後、良く眠れないとかあったら言ってね。カウンセラーの方が相談に乗ってくれるそうよ」
僕の苛立ちとは関係なく、母は優しく語り掛けてきた。
その優しさが今は押し売りされているように感じて、余計にストレスを溜める結果になる。
さらに母は優しさのだめ押しをした。
「……心配したのよ」
「そりゃどうも」
僕が吐き捨てるように言うと、母はそれ以上何も言えなくなった。
2人の沈黙は家に着くまで続く。
そして、家に着くなり僕は自室に閉じこもった。
覚悟を決める勇気を、僕はなにもせず膝を抱えてただ待っている。
ぼんやりと昨夜の事を思い出していた。
襖が開いたことで一気にこみ上げるような異臭が漂うけど気にしていられない。
土屋の部屋で門脇を見つけてしまった後、僕と坂本はしばらく放心状態に陥り、その場で立ち尽くした。一度に色々な事が起き過ぎたために、次、どうしていいか分からなくなったのだ。
門脇はすでに肌の色が変色していて制服を着ていなかったら判断できなかったかもしれない。変わり果てた姿……じゃあ武内は今どうなっているのだろう。
――待て。武内はどこにいる?
そこでようやく我に返った僕は他の部屋を調べることにした。正確に言えば、それしかすることを思いつかなかったのだ。
早速、二階を探したが、どこにも武内はいなかった。僕は再び一階を調べるべく、階段を駆け下りる。さっきまでは土屋を探していたので、大して調べなかった押入れなどを懸命に調べた。なのに結果は「どこにもいない」だった。
「もしかしたら、引き出しも調べた方がいいのか?」
僕がポツリと独り言を吐き出すと、背後から声が聞こえる。
振り向くと、そこには目を赤く腫らせた坂本が立っていた。
「広野君、冷静になって。引き出しにいるわけ無いでしょ?」
「んなことわからないだろ! 門脇だってあんなところに押し込められていたじゃないか!」
「そうだね」
坂本は淡々とした口調で僕に答える。表情にもまったく抑揚が無い。
なんだかその余裕ぶりに僕は腹が立った。
「なんでそんなにすましていられるんだよ! 人が死んでるんだぞ!」
「わかってる」
「『わかってる』って……坂本!」
すると坂本は自嘲気味に口を歪める。
そして同時に瞳からは涙が一気ににじみ出た。
「だって、そこはもう私が探したから……」
「え!?」
「引き出しにもいなかったし、下駄箱にもいなかったし、トイレのタンクにもいなかったよ」
「坂本……」
「もうここにはいないの! どこにもいないんだから!」
叫んだ後、坂本はその場にしゃがみ込んでまた声を上げて泣いた。
坂本は僕よりも頭が混乱していたのだ。
じっくりと坂本が泣き止むのを待つ間、僕の気持ちは落ち着いていった。
「そうだな。じゃあとりあえず、警察に連絡しよう」
「うん……」
その後は割と冷静に二人は行動していたと思う。
まずは気を失っていた中年男を縛り、動けなくする。さらに坂本は携帯電話で警察に連絡した。後は到着を待つだけだ。
「坂本、家の外で待つか?」
「ううん。ここで待ちたい、忘れたくないから」
「そうか……」
正直、僕はこの部屋を出たかったが、坂本の意思を尊重して待つことにした。
もう後は警察に任せよう。そんな気持ちになるほど僕達は疲れきっていた。
坂本は壁にもたれてしゃがみ込み、僕も足を投げ出して座っている。
そんな中、坂本がぽつりと呟くように言った。
「広野君、門脇を外に出してあげていいかな?」
「……坂本の気持ちはわかるけど、現場は保持しておくべきだと思う」
「でも、それじゃあかわいそうだよ」
「わかるけど、それは……」
「門脇っ!」
坂本は門脇の名前を叫ぶと同時に押入れに駆け寄った。僕は座っていた分だけ動きが遅れ、彼女を制止できなかった。
すぐに坂本が門脇の体を掴んで引っ張り出そうとした。遅れること数秒、僕は坂本の腕を掴んで振りほどく。すると坂本は諦めずにまた門脇へと腕を伸ばす。
「やめてっ!」
「坂本、駄目だって!」
僕は必死に坂本を制止しようともみ合う。
その時、僕達が暴れたせいか、門脇の死体がこちらへ傾いてきた。一瞬迷ったが、僕は門脇を受け止める。
坂本の気持ちも理解できるけど今は現場保持をしよう。
僕はゆっくりと門脇を元に戻そうとした。
すると坂本が僕の肩を掴んでそれを止めに入る。
「ちょっと待って!」
「坂本、何度も言うが、お前の気持ちはわかるけど……」
「違うの……」
だけど、坂本は僕の肩を掴んで離さない。
しかも掴んでいる手は力が入りすぎているためか、震えていた。
そして僕は困惑したまま坂本を見ると、彼女の目線はこちらになかった。
「広野君……奥を見て」
坂本の言うとおり押入れの奥を見る。
すると僕の視線も一点に集中した。
「……どういうことだよ」
門脇が押し込まれていた奥の壁には張り紙があった。
その張り紙は赤い文字で書かれている……血文字だ!
内容は一言だけ。
それは――『学校の屋上で待つ』
僕と坂本はしばらくこの張り紙に見入ってしまう。
――学校で誰が何を待っているというのだ?
しばらくして、誰からと言うこともなく、話し始めた。
「広野君、もしかして、このメッセージって土屋から?」
「そう考えるのが自然だろうな……」
「これって……私達を挑発してるの?」
「わからない。だけど、屋上にいるんだろうな土屋が」
「――っ!!」
すると坂本が僕を押しのけ、貼り紙を剥がしてしまう。
「坂本!? それは警察に!」
「嫌っ! これを警察に渡すわけには行かないの!」
さらに坂本はパソコンへ近づき、ディスクトレイを開く。
トレイの中にはCD-Rが入っていた。
「やっぱり、こんな事したのも全部土屋だったのね」
CD-Rを取り出した坂本は自分のポケットに入れてしまった。
そして彼女は僕へ振り返ると、宣言するように言い放つ。
「広野君、これは土屋からの挑戦状よ!」
「どうしたんだよ急に」
すでに坂本はさっきまでの憂鬱な表情ではない。
拳は硬く握られて、瞳に力篭っているし、口元は笑ってた。
「仇を取れる最後のチャンスだよね!」
「……ああ」
「どうしたの広野君、嬉しくないの!? わざわざ土屋から教えてくれたんだよ!」
「そうだな……」
僕はきわめて歯切れの悪い返事をした。
対照的に坂本は見つけるべき最終地点を発見し、意気揚々としている。
さらにタイミング良く、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
結局、坂本へ言えなかった。『警察に任せればいいだろ』って。
そして今、僕は坂本に会うことなく、逃げるようにして家に帰ったのだ。
時計の秒針がやけにうるさい。そんなに僕を責めるなよ。
僕は土屋と決着をつけなければいけない。
そんな事は十分覚悟している。
ここまでしておいて、何もなかったとは言わせない。
全力をもってアイツを叩きのめす!!
だが、問題はその後だ。
僕は武内の現状を確認しなければいけない。
まだ、生きていればそれでいい。
もし、死んでいれば……生き返らせる必要がある。
僕は魔法使い。
人を生き返らせることも、また可能だ。
でも……それには自分の命がなくなってしまうだろう。
なぁ、そんなことできるのか?
お前、死ぬんだぞ?
僕は膝を抱えて震えた。
……父さんのようにはなれないよ。 |