第25話 「catch up with」(ver.1)
私は「過去」にいる。
一人でいるのは夢で、土屋くんと二人でいるのが実は現実なんだと思うことにしていた。だから、「今」に進む気もなかった。
でも、あの日――屋上から飛び降りた日――過去のまま死のうとした私を”魔法”という普通ではありえないもので「今」とつなぎとめてくれた人がいた。
それが広野君だ。
私、「今」に生きていいのかな?
現在、私は広野くんに掴まって、空を飛んでいる。進行方向に対してホウキにまたがっている広野君、その後ろで彼のおなかへ手を回し、横座りしている私。見た目はホウキに乗って飛んでいるのだけれど、なぜか自転車の二人乗りをしているようでもあった。
ホウキに乗っていると言っても実際には体全体が浮いているような感覚でそれほど苦にはならなかった。
半年前の私は果たして今の状況を予測できただろうか?
結構高い場所で飛んでいるので、人が豆粒みたいに小さい。航空写真のような眺めになっている。下の人に見つかったら大変なことになるだろうな。
「なーんか、いい眺め」
私はわざと口に出して言った。言わないと落ち込みそうだったから。
一方、広野くんは何かモゾモゾしていた。さらに深呼吸をして彼は何かのタイミングを計っているかのようだった。
「どうしたの? 人をこんな空中散歩に連れて来ておいて黙ったまま?」
私に促されて、広野君はおずおずと話し始めた。
「あのさぁ……武内」
「何?」
私は話を聞くことにした。気晴らしにはその方がちょうどいい。 そしたら広野君は少し横を向いて、私に話しかけた。
「退院したら、学校に来いよ」
「うーん……」
「お前さえ良ければ朝、迎えに行ってやってもいいし」
「でも……」
「だから、黙るなよ」
学校に来いと言ってくれる広野君の好意は嬉しかったが、私はそれに応えることができなかった。
いまさら学校に行ったところでもう何もないし、誰も待っていない。
だから私は話を逸らすことにした。努めて明るく。
「いいよー。だって、一緒にいたら坂本さんに悪いもん」
「待て待て! オレは別に坂本と付き合ってないぞ!!」
さっきの坂本さんみたいに耳まで赤くして、口をパクパクさせてシドロモドロになっている。
そんな広野君が面白くて、私はさらにからかった。
「でも言ってたもん『私は広野貴明以外の男には興味ないの!』って」
「うっ……」
とうとう広野くんは前を向いて黙ってしまう。
なんだか、そんな彼がかわいらしく思えた。
ふと、空を眺める。夕日を浴びて私達の体は赤く染まっていた。
広野君の進行方向から考えて、どうやら駅のほうへ向かって飛んでいるみたい。
この街で一番大きな駅では大勢の人達が行き来している。まさかそれを見て「男なんて星の数ほどいるだろ」とか言わないよね?
そうしているうちに案の定、広野くんは私のほうを振り向いて駅を指さした。
丁度、帰宅ラッシュ時で駅の出入り口からは沢山の人が一つの流れにそって吐き出されていた。
「すごくないか?」
「何がすごいの?」
「あの人の流れだよ。オレああいうの見ると『すげー、生きてるなー』って思うんだ」
正直言って私は広野君とは違って、その大勢の人達が怖かった。何かに飲み込まれそうだったから。
でも広野くんはあの流れを見て『生きている実感』を得ているみたいだった。
『生きている実感』
それは私に今一番欠けているものかもしれない。
あの駅から吐き出される人たちは、さながら大きな川のうねりのようだ。この流れはどこまでゆくのだろう。
きっとそれぞれの家まで続いてて、一人一人の生活につながっているんだね。
生活してるって事はつまり……「生きてるって事」
帰った家には家族がいて、それぞれ生活が家の中で重なり合っている。
こうして誰かと誰かの生活が少しずつ、たすき掛けで重なっているんだ。だから人は独りでは生きていけない。
でも私の家には誰もいないし、誰ともつながっていない。
「ふーん」
だから広野君の『生きている実感』という言葉に、とりあえず軽く相槌を打ってみる。
しかし、広野くんは私に何か意見を言ってほしかったのか、口を尖らせた。
「少し前からお前に言いたかったことがあるんだ」
「なに?」
私の問いかけに広野君は少し背筋を伸ばした。
なにか改まって言うことがあるのだろうか?
「武内、学校でさ、別に話しかけてきても良いから」
「広野君?」
たしか前にも言われたことがあった気がする。
でも確かその時、私は迷惑をかけるからって断ったのだ。
「……駄目だよ。広野君まで巻き込むわけには行かないよ」
「そんなの気にしない」
「私が気にする」
「お前なぁ……」
すると広野君は急に黙り込んだ。
怒らせたかな?
私の心配をよそに広野君はしばらくして首を横に振った。
「でも……もう無理だ」
「なんで?」
「だって僕とお前は共犯者なんだから」
その瞬間、私の心へ何かがそっと触れた気がした。
広野君は恥ずかしいのか、前だけを見て飛んでいる。
「僕はお前の復讐に加担した。十分、アイツ等に喧嘩を売ってる」「それは私が無理やり……」
「途中まではな」
「途中まで?」
「いい加減気付けよ。オレの言いたいことを」
「え?」
広野くんは無理やり咳払い一つした。
「お前が入院している間、分かったんだよ」
「なにを?」
「一人で下校することの物足りなさが」
「……広野君」
「また騒ぎたいんだよ。それがどんな空騒ぎであっても」
突然のことで私はどんな表情をしていいか分からない。
心に触れたもの……それは広野君の生活だった。
私にも生活を重ね合わせてくれる人がいる。
それだけで胸が一杯になった。
私、「今」を生きていいんだ。
「……そんなこと言ったら駄目だよ」
私はそう言うのが精一杯だった。
もし、土屋君との事がなくて、これが初めて言われた言葉だったとしたら私は泣いていたと思う。
私は広野くんの背中にそっと頬を当てて体を預ける。背中越しに心臓の音が聞こえた。
それは確かな広野くんの『生きている実感』だった。
広野くんはいいやつだ。こんな私にあんな温かい言葉をかけてくれる。こんなことなら広野くんを好きになればよかった。もっと早く知り合いたかった。
でも……過去は消えないし、土屋くんのことは今でも好き。
それに広野くんには坂本さんという綺麗な女の子が現れた。
だからそんなことを考える私はよくない。考えちゃいけない。私はおどけてみせることで、その場を乗り切った。
駅からの帰り道、ホウキに乗りながら私達は黙り込んでいた。
広野くんの顔が夕日に照らされてか、赤くなっている。そんな広野くんを見て私はもう少し学校に行ってみることにした。
まだ、私は誰かとつながっていたから。
そして、もう一つ芽生えた思い。
それは学校へ戻ったら、土屋くんに「さよなら」を言おうってこと。「過去」としての土屋君はもういないから。
彼にしてみたらもう終わったことかもしれないけど、私のケジメとして……
この時、初めて私は「今」に追いついた気がした。 |