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suicide magic
作:リープ



第23話 「それでも世界は続いてた」


 ディスプレイ上には映像が映し出された。
 私はそれを最初は漫然と見つめていた。
 映りは粗く、なかなか見えづらい。ドアの隙間から隠し撮りをしているのか、画面の左右は暗く、中央からはわずかな明かりが差し込んでいた。
 しばらく薄暗い映像のままで拍子抜けしたけど、時間がたつにつれて何かが動いているのに気が付いた。すると次第に音声がハッキリ聞こえることで、私は画面上で何が行われているか判った。聞えてきた激しい息遣い、うごめいているもの。
 それは男女が交わっている場面だった。
 突然のことに私は驚いた。そして、ひどくがっかりした。
 ただのイタズラCD-Rだったのか……
 落胆した私が停止ボタンをクリックしようとしたその時、突然カメラの映像はドアから遠のき、家の廊下を進む映像になった(ここではじめて家の中の映像だとわかる)。

 やがて見えたドアが少し開けられ、さっきと同じように室内を覗くような映像が続く。私はまたかと思ったが、今回は事情が違った。
 6畳程の室内にはひどくやつれた髪の長い女性がいた。女性は声を殺して肩を震わせ泣いている。なぜ泣いているのかはわからないけど、隣の部屋で行なわれていることに無関係でない気がした。
 同じ家の中で同時に行なわれている。悦楽と悲しみ。私は泣いている女の人に少し、自分の姿を重ねた。
 こうしていつの間にか私はこの映像にのめりこんでいた。

 しばらくしてまた場面が変わる。
 今度は全体の薄暗さから夜だとわかった。明かりの付いた一室をカメラは覗き込む。そこではさっき泣いていた女性が男性に暴力を受けていた。
 何度も殴られ、蹴られても女性は抵抗するどころか、男性にすがり付いていく。
 振り払われてもすがりつくその姿に私は彼女が他人とは思えなくなってしまった。

 そして数分の暴力映像は終わり、次の場面へ切り替わる。
 さっきと場所は同じ。夜というのも同じ。アングルまで同じだった。
 しかし部屋は暗く、月明かりで中がうっすらとうかがえる程度だった。私が目を凝らしてよく見ると、室内にはさっきの女性が座っていた。
 女性はしばらく動かなかったが、ゆっくりと腕を振り上げる。すると月明かりで何かが光った。それはナイフだった。何を思ったのか女性は何度も自らの手首を切りつけだしたのだ。
 女性は奇声をあげながらリストカットを繰り返す。やがて血が一筋流れ落ち、床を赤に染める。何度も腕を切りつけているうち、いきなり血が噴出した。床だけではなく壁までも血飛沫が付着した。
 私は怖くなって声を上げそうになるのを必死に抑えた。
 数分後、女性は崩れるように倒れた。しばらく、体が不規則に動いていたけど、それが痙攣しているせいなのか良く分からない。

 映像は女性が動かなくなり、絶命してからも続いた。これで映像も終わりかと思った矢先、覗き込んでいたカメラがドアを開け動き出した。カメラが下を向き、映像が床へ移動すると血まみれ畳が映し出された。柱に付着した血液はまだ乾ききっておらず、月光で鈍い光沢を放っていた。おそらく触れれば指先にぬめりを感じるだろう。
 さらに部屋中をなめるようなカメラワークが続き、今まで死角になっていた場所が映し出された。そこには女性の死体の他に先ほど暴力振るっていた男性がうつ伏せに倒れているのが見えた。しかも背中には包丁が突き刺さっており、すでに絶命している様子だった。

 男女の遺体が交互に映し出される。苦悶の表情で倒れている男、対照的に安心しきった安らかな表情の女性が映る。
 女性の表情に自分を重ねていた私は安心感を覚えた。
 やがてカメラから手が伸びて(カメラを映していた人の手)、男の死体が仰向けにされる。次に女性の死体を引きずって男性に上から重なるように移動させられる。
 その後、映像は全体像を映した。
 月明かりに照らされ重なる死体は、あたかも抱き合ってるかのようだった。
 そして映像は終了する。

 しばらく私は放心状態でただ画面の前に座っていた。
 時間が経過して、ふと前を見ると真っ暗になった画面が鏡の役目を果たし私が映った。
 よく見るといつの間にか私は涙を流していた。さらには一週間まともな物を食べなかったせいか少しやつれている。
 ――これじゃあまるであの女性みたいじゃないか。
 なんだか頭に靄がかかったような感覚になってきた。さらにこの結論を否定できなくなってくる。もう、考えるのも面倒くさい。考えたって答えは出ないのだ。
 だったら、流れに身を任せよう。
 その瞬間、私は理性の壁を越え、最終結論を導き出した。
「誰にも邪魔されず、私と土屋くんが結ばれるためにはこれしかない」
 土屋くんを呼び出し二人で死ぬ……残された方法はそれしかないと思った。
 すぐ携帯を手に取り土屋君へと電話をかける。長い間コールした後、やっと彼は電話に出てくれた。
「あっ、土屋君? 電話してごめんね。私の家に土屋君の置いていった荷物が家にあるから渡すね。明日の放課後、学校の屋上でどう?」
 私は電話をきった後、すぐに家にあった包丁を手にした。するとだんだん気分は高揚してきて心は弾んでいった。これで全部終らせることができる。

 次の日私は久し振りに登校した。周囲の冷たい視線にも関わらず、気持ちはスッキリとしていた。もう、授業なんてどうでも良いから。
 そして放課後、私はすぐに屋上へ向かった。
 土屋君を待っている間、さらに気持ちが高揚していく。自分でも信じられないぐらいハイになっていた。
 しばらくして、屋上の扉が開き、隙間から土屋君が顔を覗かせる。次に彼は屋上へとゆっくり足を踏み入れ、私をチラリとみると、伏目がちに歩いてきた。私は久し振りに間近で会えた彼の姿に感動した。
 しかし、土屋君は私に警戒しているのか、遠く離れた場所で立ち止まった。
「どうしたの? これ早く取りに来て」
 努めて私は明るい口調で話しかけ、適当に物を詰めてある袋を土屋君へ差し出す。彼は何もないと安心したのか、近づいてきた。だんだん彼が近づいてくる。あともう少し。
 もう少しで私の手の内に入る。あと十歩……七歩……五歩……三歩……一歩。
 そして土屋君が手の届く範囲に足を踏み入れた。と同時に私は適当に”重い”物を詰めてある袋を振りかぶり、土屋君向けて打ちつけた。

「ひぃっ!」
 しかし、土屋君が瞬間的に飛びのいたため、完全には当たらなかった。だが、後ろに下がった反動で土屋君は尻餅をついた。
 私はその隙を見逃さずに彼へ馬乗りになった。さらに袋から包丁を取り出し、刃が下へ向くように持ち替えた。
「やめてくれ!!」
 土屋君が大声を出しながら私の右腕を両手で掴んだ。私はそれに負けじと土屋君へと刃物を近づける。
「こうするしかない……こうしなきゃ、私たちは結ばれない」
「駄目だよこんなこと……やめてよ!」
 普段は男の子に敵わなかった力もなぜか今は片手だけでも、刃先はどんどん彼の首筋へと近づいている。
「嫌だ……こんなの……」
 土屋君が何か言っているような気がするけど、頭には入らない。
 私は体重をかけてさらに包丁を推し進める。
 どんどん彼の肘が曲がっていく。私は勝利を確信した。
 勝利? なんの勝利なの?
 その瞬間、彼が最後の力を振り絞って声を上げた。
「お願いします、やめて……ください」

「!?」
 哀願の言葉を聞いた瞬間、私は我に返る。
 すると私と土屋君の顔はあと数十センチというところまで近づいていた。私を見る彼の表情はもう昔のそれではなかった。瞳はじんわりと潤んで涙が溜まっているし、口は歯を食いしばりながらもガタガタ震えていた。
 ――私、何をやっていたんだ。どこか目が覚めたような感覚がした。
 土屋君の上に乗りかかって包丁を振り上げているじゃないか。こんなに震えている彼を見た事がない。
 私……私……取り返しのつかない事をした。
 力を緩めた私に気づいたのか土屋君は一気に起き上がり、私を押し倒した。包丁が転がり、私はうつぶせになる。
「う、うわあぁぁぁっ!」
 土屋君は私に何をするわけでもなく、何か叫び声を上げて屋上から出て行ってしまった。
 ドアが閉まる音がして私は独りきりになった。

 大した時間が立ってもいないのに外はもう薄暗かった。
 私はぎりぎりのところでなんとか留まることができた。土屋君に手をかける前に気づけてよかった。
 だけど、これからどうすればいいの? 誰にしがみつけばいいの?
 そこで私が取った行動は自分がこの世からいなくなる事だった。
 転がっている包丁を手に取り、手首へと刃先をあてる。
 こんな私なんて……もう要らないよね。
 私はここで初めて自分で自分を傷つけてしまう。なんども何度も手首を切りつけた。あのビデオの人みたいに……
 制服は血に染まり、袖は破れ、床には大量の血たまりができた。その時、私は不思議にも安心感を覚えていた。痛い、痛い……でも……なんだろう、この救われた気持ちは?
 自然に私は涙ぐんでいた。抑えていた気持ちが一気に開放されたように感じた。
 ――良かった。これで私も救われる。
 しかし、こんなことをした私に幸せな結末が訪れるはずは無かった。

「武内さん!? ああっ、何やってるの!」
 声に振り向くとそこには逃げていったはずの土屋君がいた。
「あれ? どうして?」
「怖くなって逃げたけど、心配してきてみれば……そんなことより、救急車呼ばなきゃ!」
 土屋君は携帯を取り出し、救急車を呼んだ。学校中が騒ぎになる中、私は担架で運ばれた。
 運ばれる際に覗き見た土屋君の表情が忘れられない。驚きと哀れみ、なにより侮蔑の表情……
 この事件で完全に土屋くんは離れていった。
 でも、世界は続いていた。私は一命を取りとめたのだ。

 それからの私はなりふりかまわず誰かにしがみついていった。
 空いた手を繋ぐために。
 しかし、みんな私の手を振りほどいてしまう。
 その度にあのCD-Rを見て、死ぬ準備をする。今度の男の子は「私が死んだら振り返ってくれるのかなぁ」と不安になり、自分が保てなくなった。
 あの日、二人で死ねなかったから……こうしてみんな私から離れていった。
 広野君を除いて……












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