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suicide magic
作:リープ



第19話 「掴めるもの」


 私は何かを掴もうと、もがいてた。
 しかし、そう思えば思うほど指の間と間をすり抜けるように逃げていく。誰かにしがみつきたかった。

 助けてもらって以来、土屋くんとよく話すようになった。それは大抵お昼休みの”友達”達の食べ物を買いに行った最中、土屋くんが手伝ってくれている時だけのこと。
 今日も両手いっぱいに買ったものを抱えて廊下を歩いていると、よく通る声が私の背後から聞こえた。
「武内さん、手伝うよ」
「うん、ありがとう」
 私はいくつかの食べ物を土屋君へ渡すと並んで歩く。そして、おしゃべりしながらの教室までの道はとても楽しかった。
「前から思ってたんだけど、どうして買い物袋に入れないの?」
「えっ、っとそれは……」
 私は思わず口篭ってしまう。
 でも、答えは初めから決まっていた。そんなことしたら彼が手伝う口実が無くなるのでしないからだ。
 そこまで考えが回らないのかな? それとも、もうこうやって歩くのが嫌なのかな?
 なんて不安になりながら一緒に歩く。
 すると土屋君は思いついたように「あっ」と呟き、私へ耳打ちした。彼の息が私の耳にかかって、ドキドキした。
「そうか、武内さんの気遣いか。買い物袋無しで並んで歩いてて、冷やかされても困るしね」
「えっ、う、うん……」
 土屋君の意味ありげな言葉に私は恥ずかしくなりつつも、『誤解されちゃう』のが嫌なのかなと少しがっくりした。
 結局、なんだか惜しいなと思いながら、私は半端な返事をした。
 教室までは時間も短い。時間にして5分か10分の事。
 でも、土屋くんの話題は豊富で政治、経済、科学技術といった私にとって難しいものからお笑いやマンガ、小説の話という身近に感じるものまで様々だった。
 そしてどの話も馬鹿な私にも分かりやすく、いつも感心していた。
 私といえば賢くもないし、かといって熱中してるものもはなにもないのでせいぜい”友達”たちの会話についていくために見ているドラマの話ぐらいしかできなかった。
「ねぇ、土屋くん。昨日のドラマ見た?」
 この頃から私は口癖のようにこの台詞を言っていた気がする。土屋君はあくまで台詞でしかないその言葉にも嫌がらずに答えてくれた。
「うん見たよ。最後のほうで主題歌が流れてきたときなんか泣きそうになったよ」
 土屋くんは顔もいいし、頭もいい。それに加えてすごく優しい、女子の人気もある。
 だから、なんでこんな私のために親切にしてくれているのか理由が分からなかった。もしかして私のこと……なんてくだらない妄想もした。

 しばらくして教室が見えてくるにつれて私は名残惜しい気持ちを抑えながら土屋君にお礼を言う。
「ありがとう、もうすぐ教室だから……」
「そうだね。じゃあこれ」
 彼から食べ物を受けとりながら顔をうかがうと、やっぱり微笑んでいた。私はその表情を見て気持ちを切り替え、教室に入る。土屋君の笑顔が私に頑張れと言われているような気がした。それは勝手な想像かもしれないけど、自分の気持ちがそれで盛り上がるのであれば構わないと思った。
 ただ言える事は、土屋くんの気持ちは分からないけど、私の中で確実に彼の存在は大きくなっていることだった。
 でも――それは私だけではなかった。

「つーか、亜也。アンタ最近、土屋くんと仲いいんじゃない?」
 この言葉は”友達”の中の一人、美咲さんから言われたものだった。彼女はリーダー的存在でいつも”友達”たちを仕切っている。
「……え?」
 いつバレたの? とっさに私は辺りを見渡す。
 すると美咲さんの周りに座っている数人の女の子は意味ありげに笑いながら私の反応を楽しんでいるようだった。
 美咲さんは肩にかかっていた自分の髪を掴んで気だるそうに毛先を眺めながら話を続けた。
「なんか最近、買ってくるスピードが遅いから変だと思ったけどね」
「えっと、それは……」
 彼女の視線が毛先から私へと移るとすぐに鋭いまなざしに変化した。
 いつも以上の攻撃的な口ぶりに私は少し怖くなった。
「『えっと、それは……』じゃないでしょ。アンタちょっと調子に乗ってんじゃないの」
「そ、そんなこと――」
 弁解しようとすると美咲さんは私の言葉へかぶせるようにハッキリとした口調で言った。
「パシリのクセに偉っそー」
 それは、今までハッキリ言われたことがなかった言葉だった。あくまでも”友達”だという建前で接してくれていたはずだ。
 来るときが来たな……分かっていたことだが、いざ言われてみるとショックを隠せない。

 すると美咲さんの周りにいた人たちが口々に話し出す。
「なに? アンタのそういう態度が私らの機嫌を損ねるってわかんないの?」
「なんかハッキリしないし、たまにウザイ時あるよね〜」
 私だってハッキリ言えたらどんなにいいだろうと思う。
 でも、その気持ちを言ってしまったら後はどうなるの? また、独りになるじゃない。 自然にキュッと下唇をかみ締めた私。次にいう言葉は決まっていた。
「……ごめん、気をつけるよ」
「当たり前だつーの。今度から10分以内に戻って来てよね。じゃないと……わかるでしょ?」
「う、うん……」
 その瞬間、私の中で何かが陥落した気がした。人として大切なもの、本当の気持ち。

 この日以来、私は土屋君を避けるようになった。お昼休みだけじゃなく、話しかけられないように彼の視界に私が入りそうになったら、逃げるようにその場を去った。
 独りになるのが怖かったから、”友達”をとった。
 だって、土屋君が私を守ってくれるはすないから。なに夢見てんだろ私。
 避けるようになって初めは土屋君も何とか私に話しかけようとタイミングを計っていたみたいだけど、今では目もあわせてくれなくなった。最初に避けた時の土屋君が見せた複雑な表情が忘れられない。自分で何度もこれでいいんだと言い聞かせた。
 でも、土屋君を避けようとすると余計に彼を意識しながら学校生活を送る羽目になった。行き場の無い気持ちだけがどんどん私に蓄積していく。
 もう自分でも何が何だか分からなくなった。

 そして、今日もお昼休みが来る。私は10分以内で買いに行くという約束を忠実に守るべく廊下を走る。あの時よりさらに夏に近づき汗が私の頬を伝う。両手に食べ物を抱えているので拭うこともできない。こんな格好で走るのも情けないけど、両手をふさいでいるのはどこかまだ彼を引きずっているのだと思う。
 やがて土屋君とぶつかったあの曲がり角に差し掛かる。前は良くここから呼び止めてくれたものだが、もうその姿は無い。私は軽くため息をつきながら進んでいった。
 するとタイミングを計ったかのように私の前に誰かが立ちふさがった。私は止まる事ができずにそのままぶつかってしまう。
 また、食べ物を撒き散らしちゃう。そう思うと瞬時に私は買ったものをかばう様に背を向け衝撃に備えた。

 しかし、思った以上の衝撃はこなかった。それは私はぶつかった人に後ろから抱きとめられたからだ。
「やっと、捕まえた」
「えっ?」
 聞き覚えのある優しい声。私は俯いたまま動けなかった。
「いつも避けられてばっかりだからさ、強硬手段」
 今私確かに土屋君の腕の中にいる。段々からだが震えてきた。
「どうしたの? 驚かせちゃった?」
「……ううん、違う」
 私は恐る恐る顔を上げた。
 すると信じられないぐらい近くに土屋君の顔があった。
 頭の中が空っぽになる。頬が熱い。
「ちゃんと話をしようよ」
 土屋君の声は私の耳へ染みこんでいく。そして染みこんだ感情が涙と変わり瞳から零れそうになってしまう。
『ずっとこのままがいい』
 でも、この感情はどこへも行き場が無い。

「ごめんなさい……」
「どうして謝るの?」
「ごめん、本当にごめんなさい」
 今の私にはこれしか言えなかった。
 独りになるのは嫌、でも土屋君とは話をしたい。中途半端な私がここにいる。
 私が何も言えず震えていると、土屋君は不意に体を自由にしてくれた。
 名残惜しさだけが包まれていた背中に残る。
「もう無理強いはしないから、これだけは教えてよ。なんで僕を避けるの?」
「――ごめんなさい」
 私は土屋くんを見ないように走り出した。これ以上顔を見たら泣きそうになるに違いから。
 しかし、私が走ったところで男子の足にはかなわない。土屋君は私を追って来た。すぐに肩をつかまれ、土屋君と向き合う。同時に視線がぶつかり、見詰め合ったまま私は動けなくなった。
「どうしたの? 何があった? よかったら話してよ」
「ゴメン、それはできないよ……」
 これが現状で私が言える精一杯の言葉だった。
 そんなの話せるわけ無いじゃない。独りになりたくなかったから虚構の友達を取ったなんて……
 だけど土屋君は私に光を与えてくれる。
「僕じゃあ何もできないかな?」
「……えっ?」
「僕と武内さんは『友達』じゃないの? 少なくとも僕はそう思ってた」
 私の胸の奥からじんわり何かが湧き上がってきた。
 それ以上は言わないで欲しい。言ったらまた泣いてしまいそうだ。
「武内さんのために何かをしてあげたいんだ」
 ずっと待っていた言葉。私になんか誰も言ってくれないだろうと思っていた。なんでこんなに暖かいのだろう。
 そしてまた私の瞳からは涙がこぼれてしまった。

 私は目を赤く腫らしたまま教室へと戻る。ある決心を胸に彼女達の元へと歩み寄った。
 泣き顔でくしゃくしゃの私を見て”友達”たちは笑った。
「なに? その変な顔。私たちを笑わせたいの? そんなことより、ちゃんと買ってきた?」
「つーか10分過ぎてんじゃん、遅いんだよ」
 ”その人達”は私が両腕に抱えた食料を奪っていった。この人達はいつまでもこうやって私から奪っていくことだけを繰り返すのだろう。
 ――そういうのはもう御免だ。
「あ……」
「ねー、それおいしそうだから交換してよ」
「あの……」
 おずおずと話しかける私に”その人達”は無視をした。聞こえなかっただけかもしれないけど。
 大丈夫、きっと大丈夫。私はもう一人じゃないはずだから。
 私は生まれて初めてってぐらいの勇気を振り絞った。

「ねぇ、私って一体あなたたちの何なの?」
 ついに、私は言ってしまった。
 その瞬間、”その人達”は一斉に静まり私を見る。
 緊張が私の中を駆け巡った。
「はぁ?何言ってんの? 友達じゃん、と・も・だ・ち」
 そういって”その人達”は笑った。
 同じ友達という言葉でもここまで違うものなのかと愕然とすると同時に初めてある感情が芽生えた。
 それは怒り。
「……もう嫌なの。あなたたちの言いなりになるのは」
 すると笑いは一斉に静まり、私を睨みつける。
「アンタそれマジで言ってんの?」
 美咲が脅すような声で言う。私は恐怖で今にも逃げ出したかった。でも、言わなければ。ハッキリと言わなければ。
「私はこんな”友達”いらない。”本当の友達”がほしいの……」
 一瞬、間があって”その人達”は再び笑い出す。
「はぁ? 本当の友達? なにマジになってんの? 恥ずかしくない?」
「寒いよね、寒い」
「正直、ウザくねぇ?」
 私はみんなに合わせるためにいつも自分を殺してきた。もともと『なにもない』私だったからその時はよかった。
 でも今は違う。
 いつもすり抜けていた手にはハッキリと彼の手が見え始めていたから。
「私は本気なの! もうあなたたちとは付き合えない!」
 でも、”その人達”は相変わらず笑っていた。
 薄笑いを浮かべながら美咲さんが馬鹿にしたように言う。
「あっそ。別にアンタなんかどうでもいいから、勝手にすれば」
 言い方はどうであれ、これでハッキリした。もう”この人達”とは関係ないんだ。私の好きにしていいんだ。
 というより、初めから自由にしてよかったんだ。
 私の中で何かが動き出した瞬間だった。












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