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suicide magic
作:リープ



第18話 「あの頃」


 私はいつも独りだった。
 両親は新聞や雑誌等で世界的な音楽家と呼ばれている。そのおかげで海外での仕事が多く、普段から家にはほとんど不在だった。ぽつりとした家に独り。
 だから小さい頃はいつも寂しくて泣いていた記憶だけ。誰もいない、そんな気持ちが離れなかった。
 このことが原因なのか、小・中学校と私は人に合わせることに執心した。合わせてさえいればみんなの輪の中にいられる。独りじゃない。
 たとえそれが、友達と呼べない間柄でも……

 高校一年生の夏間近、セミの鳴き声がうるさくなるこの季節。
 あの日の昼休みも私は”友達”の頼みごとを聞き、売店へと急ぐ。汗をかいてまとわり付く夏服に少し違和感を感じながら、みんなの昼食を買いに行くために渡り廊下を走っていた。
「ええっと、美咲ちゃんはたしか鮭弁、まなみちゃんはおにぎりで中身はツナマヨっと……」
 私は相変わらず生活のほとんどをみんなに合わせることに集中していた。そのためには大抵の頼み事は聞いたし、みんなの話題についていけるように情報収集だってした。
 その成果として自分を”友達”と呼んでくれる人達の輪の中に入ることができた。私はそれで良いと思った。だって誰かと一緒にいるって安心できるし、独りなのだと考え込まなくて済むから。それは今後も変わらないだろうなと思う。

 購買部で買い物を終え、両手に抱えた頼まれたモノを確認しながら急いで戻っていた私。
「思ったより人が込んでたし。あぁ、早くしないと……」
 焦って買った商品を確かめるために下を向きながら走っていた。そのせいで、曲がり角から人が出てきたことに気づくことは無かった。
「うわっ」
「きゃっ!」
 上半身への衝撃で私は何の回避も出来ずにその場に倒れてしまった。反射的に私は手をついてしまう。
 しばらく何かが起こったかわからずただ尻餅をついて呆然としていた。ぼんやりとした視界の中で私の前を誰かが動くのが見えた。
「大丈夫? 武内さん」
 よく通る声が耳に入ると同時に私は我に返った。
 すると目の前には男の子が私を覗き込んでいた。状況から考えて私にぶつかった男の子だろう。しかも名前を呼んでいた。背が高いせいか私の全身を彼の影が覆う。
 でも、私はその男子が誰だか知らないし、何も言えない。
 すると少しくせっ毛の短髪に手を当てながら彼は困ったような顔をした。
「あれ? もしかして僕のこと分からない? 同じクラスの土屋祐介」
「土屋……君?」
 彼は私の手をとって立たせてくれる。瞬間的に彼と顔が近くなる。目鼻がハッキリしていて、どこかの彫刻めいた均整の取れた顔立ち。私はその顔に少し見とれてしまった。
「まだ、わからない?」
「えっ!? ……ええっと、うん、思い出したよ。同じクラスの土屋君だよね?」
 焦った私に「それじゃあ、僕の言った事と同じだよ」と彼は軽く笑った。私も一緒のように思わず笑ってしまう。
 気持ちが楽になったことで、ようやく土屋祐介君のことを思い出す。

 確か土屋くんは”友達”たちの話の中でよく出てくる男子の名前だ。カッコいいとかさわやかだとか悪口はほとんど聞いたことが無い。
「せっかく買ってきたものが台無しになっちゃったね……」
「えっ!?」
 私はそこで初めて自分が両手を床についているので、何も抱えていないことに気づく。慌てて周りを見るとさっき買ったパンやらおにぎりやらが散乱していた。
 その光景に私はさらに深刻な事態が飲み込めた。全身の血の気が引くのを感じる。とりあえず、パンのほうは大丈夫そうだが弁当や変形したおにぎりはどうにもならなかった。
「どうしよう、私、私……あぁ……」
 床を四つん這いになって買ってきたものを手に集める。おろおろするばかりで何もできない。次第に手が震え、目の奥が熱くなってきた。

 すると土屋君がパンを手にした私の腕を掴む。動きを止め見上げると土屋君は微笑んでいた。
「武内さん、落ち着いて」
 その笑顔が本当に綺麗で私は動きを止めてまた見入った。
 彼は腕時計で時間を確認すると「うん」と頷いた。
 さらに「ちょっと待ってて」と言い残すと走っていく。
 何が何だか分からず私はその場に取り残された。かすかに掴まれた腕には掴まれた感触が残っている。彼の華奢な身体からは想像つかないような力強いものだった。
 しばらくして冷静になると、私は必死に”友達”たちへの言い訳を考えていた。
『これでまた私は独りになるのかなぁ……』
 そう考えるだけで今にも泣きそうだった。これが本当の友達だったら謝って許してくれるのかな……でも私、許してもらえる自信ないよ……

「おまたせ!」
 不安の絶頂にあった私の耳にまたあの良く通る声が飛び込んでくる。なぜだか少し安心できる声、土屋くんが戻ってきたのだ。
「武内さん。これ良かった」
 戻ってきた土屋君が差し出してくれたものはさっき駄目になったおにぎりと弁当の代わり。
「だ、駄目だよ。もらえないよ」
「ぶつかった僕が悪いんだ。だから、受け取って」
 戸惑う私に彼はまた笑顔でこっちを見ていた。
 初めて男の子から親切を受けてどうしていいか分からない。顔が赤くなるのを感じて私は思わず俯いてしまった。
「もらってよ、せっかく買ったんだし、ね?」
「で……でも……」
 遠慮がちな私は次に土屋くんが言った言葉に胸が痛む。
「これ持っていかないと仲間はずれにされるだろ?」
「え?」
 どうしてそれを!?
 土屋君の言葉に私は顔を上げて反応してしまった。
 すると彼はやっぱり微笑んでいた。

「独りって誰でも嫌だもんな」
「っ!!」
 私は感情が高ぶり、瞬間的に手で口を覆ってしまった。そうしないと声を上げそうだったから
 まるで心が見透かされているような気がした。それは怖くもあり嬉しくもあった。私は今までの緊張が解け、瞳の暖かさを抑えることが出来なくなってしまう。
「おっ、おい! どうしたの? 僕、なんか気に障ることでも言った?」
「……なんでもない。ごめん、ごめんね」
 泣きながら謝る私に土屋くんは慌てていた。
 だって涙がドンドン溢れてくるのでどうにもならないよ……これって涙の理由が解ってもらえた喜びなのかな? よく分からないよ。
 これが土屋くんとの出会いだった。












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