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suicide magic
作:リープ



第14話 「だから今日も頑張れる」


 顔の傷が治る少し前の話。
 通り魔事件の後、私は人に会うのが怖くなった。いろいろな人が見舞いに来たけど、そのたびに表情が強張り、手が震え、人の目を見ることができなくなる。夜も夢で何度もうなされ、よく眠れない。時間がたつにつれてさらに酷くなり、お医者さんはおろか、家族さえもなかなか近づけなくなっていた。
 自分でも何とかしようとは思っているけど、そういう気持ちがさらに私を追い詰め、どうにもならない。それに加え、顔には大きな切り傷が残っていて顔中に包帯を巻いている。そのため病室から出ることも叶わず、こもりっきりになった。

 そして入院生活の支えはあの事件のときに助けてくれた彼の存在。あの時の笑顔は忘れない。唯一、信じるに値する人間……彼なら私を守ってくれる。
 でも、彼が何処の誰かもわからない。

 あの日も私はいつものように病室から見える風景を眺めていた。
 外を歩く人たちを見れば少し憂鬱になるけど、これが今唯一私と外の世界を繋げているものだった。
 その中で病院へ向かって走る一人の少年が目にとまった。人の流れとは明らかにスピードが違うので、いやでも目に入った。
 そしてこれが私にとって信じられない幸運になる。病院へ走ってくる男の子は、見覚えのある顔。絶対に忘れない私を助けてくれたあの男の子だった。
 窓に駆け寄って、もう一度確認する。やっぱり彼だ。

 どうしよう。今病室を出て探せば会えるかもしれない。
 一方で院内は人がたくさんいるからきっと途中で動けなくなってしまう……怖い……でも会いたい……あぁ、もうどうしていいか分からない。
 そんな時――ふっと頭をよぎる魔法のこと。顔に感じた暖かいイメージ。
 何ある。きっとある。こんな私に差した光なんだから。
 探さなきゃ! そして彼を見つけるんだ!!

 私は急いで病室を出で、彼を探す。
 そのときばかりは、人を怖がっている暇はない。むしろ人を押しのけて進んでいた。
 『彼に会えば何かが解決する』そんな気がしていた。
 でも探し始めて一時間、病院中を探したけど見つからない。私は気落ちしてしまい、探すのを止めて立ち止まった。そこでようやく私は自分が人だかりのど真ん中にいることに気がつく。
 ――怖い、人がこんなにいる。
 次第に足が震えてて、目眩がする。私はふらつきながら近くにあった待合用の長いすに倒れこむように座り、人の声が聞こえないように耳をふさぐ。
 私はこのまま一生、他人を拒絶することを繰り返し、暮らしてゆくのだろうか? 私は自然に涙が溢れそうになった。惨めな気持ちになりながら、彼を探すことを諦めることにして長イスから立ち上がろうとする。
 その時、私の視界の端に見覚えのある横顔が見えた。
 私は瞬間的に振り向く――彼だ。
 『もう大丈夫だから』そう言ってくれた横顔。助けてくれたあの少年がなんと長いすの反対側に座っていた。

 私の手足はは相変わらず震えている。
 でもそれは、他の人と接して表れる症状とは明らかに違うものだった。体中に響くぐらい心臓の音が聞こえる。顔もなんだか熱い……でも、いやな気持ちじゃない。
 極め付けに今、私は立ち上がり彼に近づいて自分から声を掛けようとしていた。勇気を振り、言葉を捜す。
「あ、あの……」
 しかし、彼の反応はなかった。それどころか、存在さえ気づいていない。私が顔中包帯だらけだから無視されてるのかな? 恐る恐る彼をうかがうと、どうもそういう訳ではないようだ。
 彼はなんだか落ち込んでいる感じで俯いている。そこへ入り込む隙はなさそうだ。
 どうすることもできないのだろうか。だんだん自信がなくなってくる。

 すると浮かんでくる弱気な私。
 そうだこのまま彼の前を通り過ぎて病室に戻ってしまえば何も無かったことになるじゃない。んで、何も変わらずに退院して学校に復帰して、いつもの道を登校して下校する。人が怖いのも時間が解決してくれるよ。それで良いじゃない。わざわざもう一度恥ずかしい思いをしてまで彼と話さなくちゃいけないの?
 だいたいなんでこんなに必死になって考えてるの?
 さまざまな想いが駆け巡り、結局、私は彼の前で再び声も掛けられずに立ち尽くした。
 しばらくそんな状態が続いて私の気持ちに限界がやってくる。ゆっくりと足を右足を後退させた。
 その時、ようやく彼が顔を上げて私に気がついた。
「ん? 何か用ですか?」
「え、えっと……」
 やった、気づいてくれた!
 でも……あれ? どうしたのだろうか。あれ程待ち望んだ瞬間なのに上手く言葉にできない。
 ありがとうって言いたいのに……頭よもっと働いて、口だって動いてよ。じゃないと一生後悔するじゃない!
 ……って私今、必死だ。あぁ、カッコ悪い。
「あの、用がないんなら――」
「ちょ、ちょっと待って!」
 でも、こんな自分も悪くない。
 必死じゃなきゃ掴めないものもきっとある!
「あ、あの、私、その、この前は助けていただいて……その……あ、ありがとうございました」
「ん? 何のことかな?」
「えぇ!?」

 今の言葉はかなりショックだった。彼にとっては私のことなんて大したこと無い出来事だったのか……
 だけど、ここで引き下がるわけには行かない。頑張らなきゃ。それだけの価値はある。だって私にとって彼は唯一の希望だから。
「その……ま、魔法で――」
「ええっ!?」
 魔法という言葉を聞くと彼は急いで私の口をふさいだ。
「わわわ、お、お、思い出した! この前の通り魔事件の子だよね。思い出したから、そのことは内緒で……」
 彼の柔らかい手が私の唇に触れる。すごく温かい。
 ――って触れられた!!
「いやあぁぁぁっ!!」
 あの事件以来、医者、看護婦以外には私に触れさせた事はないし、他の人が触れようとすれば、事件のことを思い出して私は悲鳴を上げた。もちろん今回も例外ではない。
 そしてこの状況に周りの人たちは動きを止め、私たちを見る。
「え? ちょ、ちょっと! 僕、何もいかがわしい事してないよね!?」
 彼はふさいだ手を慌てて私の口から離した。
 私も誤解を解くために両手を大袈裟に振りながら弁解する。
「ご、ごめんなさい。急に触れられたもので、つい……」
「その発言は明らかに周りに誤解を招くよ」
「あっ、すいません! 皆さん、ちょっと驚いただけなので、ご心配なく……」
 私の言葉を聞き、周りの人たちは再び元の流れで動きだした。
 あっ、でも私、今まで他人との関わりを断っていたのに、さっき周りの人へ言葉を投げかけた。
 なんだろう今までとは何かが確実に違う気がする。
 これは目の前に彼がいるからだろうか。

 気づくと彼は不思議そうにこっちを見ていた。早く、説明しなきゃ。そして私は改めて御礼を言った。
 すると彼は少し照れながら答えてくれる。
「別にお礼なんていいよ。そういう為にやったんじゃないし」
 彼がイメージ通り優しい人で私はなんだかほっとした。
 少し安心して余裕が出ると、さらに彼と会話をしたくて私は話題を探した。
「あの、今日はお父さんと一緒じゃないんですね」
 単純にお父さんにもお礼が言いたかっただけなのだけど、それを聞いた彼は下を向いた。
「うん、チョッとね。父さんの友人が病気になっちゃって、そのお見舞いに……」
 私は彼の歯切れの悪さに、なんとなく良くないことを聞いたように感じた。
 すると彼は真剣な眼差しをこちらに向ける。私は思わず少し横を向いてしまった。
「こんなこと君に言うのはスジ違いだけど、聞いてくれないか? 誰かに言わなきゃ、僕、どうにかなりそうで……」
 彼が大して知らない私に何か望んでいる。……嬉しい。
 そう思うと自然に頷いていた。
「父さんが死ぬかもしれない」
 彼は今にも泣きそうだった。なぜ、友人の見舞いに来ている彼のお父さんが死ぬのかはわからない。
 でも、少なくともわかることは彼が落ち込んでいることだった。
「あの、事情は良く分からないですが、元気を出してください」
「え、うん……」
 なんだか照れくさくて変な感じだ。
 人が怖くて、彼にそれを慰めてほしいと思っていた私が、今、その彼を慰めている。いつも病室で泣き言を繰り返していた自分が励ましていた。
 他人との接触を拒んでいた私が積極的に彼のことに首を突っ込んでいて『彼のために何かしてあげたい』と素直に思えた。
 意味の無いことに一生懸命になるってこういうことなのだろうか。

「ありがとう。こんな見ず知らずのオレなんかの為に」
「いいんです。この前、危ないところを助けていただいたから」
 すると、彼の顔は赤くなる。
「あっ、あんな程度ならいつでも魔法で守ってあげるよ」
「ほ、本当ですか?」
 それは私が今、一番聞きたい言葉だった。
 私を守ってくれる人がいる。魔法に関係なく、それだけでも十分嬉しかった。
 さらに彼は私をドキリとさせる言葉を続けてかけてくれる。
「きっと、かわいいんだろうな」
「え?」
「その包帯取ったら」
 この時ばかりは包帯があることに感謝した。
 自分でも分かるぐらい顔が真っ赤だったから。

「僕、もう行かなきゃ」
 彼は立ち上がった。
 私は何か言わなければいけない焦燥感に駆られた。
 考え抜いて出した答えはたいしたことは無いものだ。
「あっ、あの名前は?」
「えっ? 僕は三田貴明だよ。それじゃあ」
 と言い残して彼は走り去った。
 私は自分の名前を言い忘れていた事に後で気がついた。ホントにうかつだった。
 そして、この日を境に私は徐々に身体的にも精神的にも回復した。
 なにより諦めの気持ちがなくなったのが一番の収穫かもしれない。
 彼のいつでも守ってやるという言葉を頼りに今日も頑張れる。












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