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最終話 たくさんの人に、ありがとう



「すみません、遅れました! 取引先につかまってて!」


「おお、やっと来たか、繋句くん」

「遅いわよ、繋句くん。もう皆、着替え終わってるわよ!」


 秋が来た。

 ぼくは相変わらず、目の回るような量の仕事を抱えていた。日本の販路の開拓、アーケンハイドとの交易の調整、新しく里を作った移住民の物資の支援、王国の魔術講師たちのカリキュラム作成の監督に、ボルヘス侯爵領との資源輸入の折衝……

 今日も、朝方に訪れたデパートの担当者さんに、新企画について相談されていた。


 迎賓館の中に入り、控え室とでも言うべき部屋に向かう。

 先導してくれているのは、春村会長と、彼女たちの着付けを受けてくれた武田さんだ。


「あ、ご主人様!」

「やっと来たかい、ツナグ。もう昼過ぎだよ?」

「遅いのじゃ、師よ。妾たちはもう支度を済ませてしもうたぞ!」


 そこで待っていたのは、付き添いのアルマと、純白のドレスに身を包んだシャクナさん、オルタ、それに――



「ツナグ。……どう、この姿?」


「世界で……ううん。世界を超えて、一番だよ。ミスティ」 



 白いベールに包まれて、椅子に腰掛ける、ウェディングドレス姿のミスティ。

 口の元に薄く紅を引いた彼女の姿は、純白の大輪の花のように清廉で、艶やかだった。


「ほら、繋句! お前も早く着替えろ! もうすぐ開始時間だぞ、新郎の着替えが済んでないんじゃ、式にならんだろうが!」


 角田社長の叱責が飛び、ぼくは慌てて隣の衣装部屋に向かった。

 迎賓館の前の広場では、もう里中のお客さんたちが集まっている。もちろん、他の世界からも。

 

 ぼくは、十八歳になった。

 今日は、ミスティと、シャクナさんと、オルタ。

 三人との、エルフの里での結婚式だ。




 タキシードに着替えたぼくのチェックのために、地球組の三人が部屋に入ってくる。

 信用無いんだなぁ。いや、余裕を持って会場入りできなかった自分が悪いんだけど。


「よし、これで万端だろ!」

「うむ。問題は無いの、自分が着た経験が無い割にはよくやったの、角田。……まさか、孫と思っておった繋句くんの晴れ姿が、こんなに早く見られるとはのぅ」

「小さい頃に、ねーたんねーたんって懐いてくれてた昔が、ずいぶん遠く感じるわね」


 角田社長も、春村会長も、武田さんも、感慨深げにうなずいている。

 兄のような、祖父のような、姉のような大切な人たち。

 ぼくは背筋を正して、三人に向かってゆっくりと頭を下げた。


「社長、会長、武田さん……ありがとうございます。皆さんのおかげで、この日を迎えられました。今まで、ぼくを支えて、見守ってくれて、本当にありがとうございます」


 社長は無言でぼくの背中を叩き、春村会長は目元を拭っていた。

 武田さんはぼくに歩み寄り、折りたたまれた一枚の紙を手渡した。


「はい、これ。結婚祝いになっちゃったわ。でも、喜んでくれるわよね?」


 何だろう、と思いながら、畳まれた紙を広げる。

 その内容を見て、ぼくは思わず声を上げた。


「武田さん! これ……っ!」


「まぁ、一緒にね? さすがに三人全員分は間に合わなかったけど。おかげで辞職が遅れて、角田社長の会社に合流できなかったのは、これで許してね?」


 そこに書かれていた内容は何と、ミスティの、日本での住民票。その写しだった。

 兄のロアルドさんを保護者として、藤巻市の住民として登録されている。

 武田さんは片目を閉じ、からかうように言った。


「これで日本でも結婚できるわよ。子どもが生まれたら、どっちで育てるか、きちんと考えておきなさいね?」


「……っ! ありがとうございます!」


 ぼくは心からお礼を告げ、受け取ったコピーを大切にタキシードの胸にしまった。


「繋句。準備終わったなら、親っさんや妹さんたちにも一度会って来いよ。昨日、報告には行ったんだろうけど、エルフや獣人たちに囲まれて目を白黒させてたぞ」


「そうですね、社長。ちょっと里の皆に、両親と妹たちを紹介してきます」


 こと結婚に至り、ぼくは昨日のうちに、すべての事情を家族に包み隠さず説明した。

 両親も妹たちも、すべての話に混乱するばかりだったけど、紹介済みであるミスティたちとの結婚ということで、理解より先に祝福してくれた。

 三人同時の結婚には、父親からお説教を食らったけど。母は容認してくれた。


 異世界との付き合いで手に入れた資産のことを話し、妹たちに進学の学費は心配要らないと伝えると、両親は微妙な表情をしていたけど、そこは兄として押し通させてもらった。妹たちは残念ながら、進学より三人との恋愛話に興味があったみたいだけど。


 皆に固く口止めを約束してもらって、ぼくは家族をこの式に招待した。

 やっぱり、いつまでもは黙っていられないよね。




 式が始まる。

 神父役は村長さんだ。神前式ではなく、エルフの里の流儀に則って、里の長の承認の下に里の皆に婚姻を周知してもらう形式なので、そうなった。


 人だかりの分かれた道を通って、花嫁より先に神父役の下に歩いていく。

 途中、参列してくれたたくさんの人たちが拍手とともに祝福してくれた。


両親。妹たち。

 角田社長。春村会長。武田さん。ロアルドさん。

 ボルヘス侯爵。バルバレア国王。

 移住組を代表して、カネルさん。獣人の奥さんをもらった、鍛冶師のクダンさん。

 エルフも獣人たちも、口々にぼくに祝福の言葉を送ってくれた。


「おめでとうございます、ツナグさん!」

「よっ、色男!」

「似合っているぞ、堂々たるものだ、ツナグ」


 アーケンハイドから、無理を通してクルトさん、エルミナさん、エクトルテさんも駆けつけてきてくれた。



 そしてぼくは待つ。

 ぼくの元にやってくる、三人の花嫁たちを。


 バージンロードに花を撒き散らすフラワーガールの役割をするアルマが微笑む。

「ご主人様、ぜったい、次の主役はわたしですよ!」


 粛々と、王族たる姫君の仕草で歩んでくるオルタ。

「師よ、妾に胸は無いが……し、師は、気にせぬよな?」


 堂々と、肢体を見せ付けるように歩いてくるシャクナさん。

「ふふっ。今夜は寝かさないからね、ツナグ?」


 可憐に、恥じ入るように頬を染め、しゃなりと進むミスティ。

「ふ、ふつつかものだけど……よろしくね」


 三人はぼくの傍まで歩み寄り、ぼくらは神父の前で手を繋いだ。

 三人が、柔らかく満たされた笑顔で、ぼくにささやく。


「ずっと、一緒にいようね」


「うん。皆を幸せにするよ」


 式は進んでいく。誓いの言葉を交わし、愛を確かめ合う。

 参加者のたくさんの歓声がぼくらを包む。


 たくさんの人に知り合えて、たくさんの人に笑顔を向けてもらえた。

 たくさんの人と結ばれて――


 今、ぼくは、幸せの中にいる。


 だから、この場にいる人たちに、これから出会う人たちに、伝えたい。

 ありがとう。出会ってくれて。




 たくさんの人に、心から――ありがとう。







*******



 それは、遠い遠い、はるかな昔のおとぎ話。


 大森林の中の巨大国家、エルフたちの王国には、とある伝説が残っている。


 世界を渡り、数多くの世界を結びつけた、一人の大魔術士の伝説だ。


 今では多種族の入り混じるこの大国は、かつては滅びかけた小さな里だった。


 そこに異世界から現れた、一人の人族の魔術士が、彼らを救った。


 他の種族から疎まれ、虐げられていたエルフ種族の生活を支援し、


 今の文明の礎となる、多くの未知の技術を与えた。


 違う世界との扉を開き、この世界の価値観すらをも変えたという大魔術士は、


 一人の幼い少年であったという。


 彼は、多くの民に慕われ、多くの奇跡と発展をこの大陸にもたらした。


 彼の愛した者たちは、周囲に醜いとそしられた、


 それはそれは美しい、美姫たちだったと言われている。




 大魔術士のおとぎ話には、今でも夢を馳せる者たちが多い。


 無数の世界を駆けた、あまたの物語は、後世にまで数多く伝わっている。


 一つの世界を焼く災厄の封印。別の大魔術士との争い。子どもたちとの冒険――


 民話や創作も含めれば、そこから生まれた伝承は枚挙にいとまが無い。



 けれども、それはまた、別の話……





(完)



この話はここで完結となります。

読んでくださった皆様、ご愛読ありがとうございました。

評価や感想をいただけたら励みになります。


また、新連載を同時に始めました。

今度は毎日ではなく、2~3日に一回の更新になると思います。

下記の作品です。どうぞよろしくお願いいたします。


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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

こちらもよろしくお願いします。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らし過ぎる良作、終わり方も区切りが悪いとは思わないけど、もっとこの先を読みたかった気持ちが強い… 新しい作品ではないけど、いつの日か発掘され書籍化されもっと続いてほしいなあとそう思える…
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