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新天地を目指して



「願ってもない話だわ! もちろん、最大限の支援はするわよ!」


 クロアさんは、そう快諾してくれた。

 後は、里の中から希望者を募るだけだ。



*******



 ぼくは、迎賓館の中で各里の代表者たちの前に立った。

 アーケンハイドの代表として、エクトルテさんにも列席してもらっている。

 議題はただ一つ。


「エルフたちの中から、移住希望者を募ります」


 その一言に、各長たちがどよめいた。

 せっかく楽園にたどり着いたのに、また自分たちはよそに追い出されるのか、と。

 自分たちは受け入れてもらえなかったのか、と。

 でも、そうじゃない。


 ぼくは机に手を突き、真意を説明した。


「ぼくらが取引しているアーケンハイド公国という世界は、このカトラシア大陸とは美的感覚がまるで違います。エルフは醜い化け物ではなく、美しく、誰からも誉めそやされる種族として扱われるのです」


 他の種族から疎まれず、敬愛を受ける世界。

 それは、エルフ種族たちにとっての理想郷だ。

 そんな場所に行ってみたくはないか、とぼくは尋ねた。


「そんな場所が、本当にあるのか……?」

「いや、待て、皆の衆。確かに、学院に通う外から来た客人たちは、我らを疎まない」

「客人たちから、食事に誘われた里の者がいたという話も聞いている。狩りを教えに同行したら、森の中で求愛を受けたという話も」


 各里の長たちは口々に、ここで体験した不思議な扱いの例を話し合っている。

 客分だから気を使ったのか、それともここが特殊な場所であるからか、と今までは半信半疑でいたようだけど。

 ぼくの話で、疑問が氷解したという風にうなずいていた。


「ツナグ殿の話は事実だ。この大陸と他の世界は歴史や文化が違い、そこから生まれる価値基準も違う。他の世界ならば、我らエルフを受け入れる。……現に、日本から来られているツナグ殿は、我が娘や里の女を嫁として迎え入れてくれている」


 村長さんが援護してくれた。

 各里の代表たちは、ぼくの婚約者たちの容姿を知っている。なるほど、と得心がいった表情をしていた。


 ぼくは一つ咳払いをして、エクトルテさんの方を見る。


「この話は、先方からはすでに了承を得ています。先方は、エルフ種族の抱える資源、というか能力のようなものを求めています。移住したエルフ族が交易を結ぶことを条件に、国としての保護と支援を約束してくれました」


 ぼくは皆の背を押すように、再度、長たちに向かって言葉を紡ぐ。


「皆さん。誰もエルフを嫌わない、容姿を原因に虐げない。そんな世界に移住してみたくはありませんか?」



*******



 移住の話は各里の代表から村民に速やかに伝わったようだ。

 半日もしないうちに、希望者が集まった。


 大森林の里の元の住民たちからも、百名中二十名ほどが移住を希望した。過去に外部のエルフを探しに派遣された、若手のカネルさんもその一人だ。

 希望者たちは、いつかの宴で外の世界を見たいと夢見ていた若者たちも選ばれた。


 老若男女を問わず、十二の里から四百人ほどのエルフたちが選抜された。

 年齢を偏らせると、どちらかの里の高齢化が起こると危惧したためだ。

 これで獣人・エルフ間の齟齬が完全に解決するわけじゃないけど、緩和にはなるだろう。




「……結構な人数になっちゃいましたけど、大丈夫ですか、エクトルテさん?」

「問題ない。クロワーゼ様から、千人までは移住支援できると言われている」


 エクトルテさんが頼もしくうなずいた。


「クルトが熱心に勧めていたからな。作物の育成を促進する『積土』が自国内で手に入るのなら、移住は歓迎だ。単純に、人が増えるのは望ましい」


 エルフ種族の心から採れる『非共通品』道具(アンコモン・アイテム)、『積土』。

 その発育効果は非常に高く、国民を養う農業政策の要として、今や国内での発言力を増したクルトさんが熱心に薦めていてくれたらしい。


 また、人数の多さが直接的に資源の豊富さと結びつくアーケンハイドの特性を考えれば、『ぷるぷる』などで飢餓を無くせる以上、人は増えるに越したことは無い。

 移民は歓迎だろう。


「しかし、良かったのか? 我々の国をそこまで信用して。見知らぬ土地だろう」


「推測はできますよ。アーケンハイドは、信頼できる国だと思ってます」


 きっかけは、角田社長とエクトルテさんをお互いに紹介したときのやり取りだ。

 あのとき、社長はエクトルテさんたちとの交流に、出会う前から肯定的だった。

 よくよく考えたなら、今なら分かる。


「エクトルテさんたちの世界は、『悪意』を物理的に沈静できる。そして、『道具』の採集に対して『悪鬼』は単純に邪魔な存在だ。少ない方が望ましい」


「そうだな」


「悪意が少なく、前向きな感情が多ければ多いほど、実利的な得が増える世界です」


 つまり、『悪意』が排除され、善良さの推奨される世界。

 それは、



「――『悪人』が極めて存在しにくい世界だ。いや、必然的に更生が奨励されて、淘汰されてきた世界と言ってもいい」



「正解だ。悪役はいても悪人はいない。私たちの世界では、それが理想とされている」


 善人でいられればいられるほど、得をする世界。

 邪気が無ければ無いほど楽に資源を得られ、前向きであればあるほど多くの資源が得られる。そしてそれらを使用、あるいは売却することで、生活の成り立つ世界。



 善人であることが、法則的に報われる世界。



 これが、社長の言っていた『迷宮』と探索の仕組みを考えれば信用に足る、という言葉の本当の意味だ。

 クロアさんやエクトルテさんたち首脳部は、とうにそれに気づいて実践していた。

 奪うより生産する、戦争のすたれた世界だという事実もそれを後押ししている。


「そんな優しい世界なら、温和なエルフ種族もきっと、迎え入れてくれると思うんです」


「現実は、理想にはまだ遠い。悪意は人の業だ。我々騎士のような武官も存在しているからな。……だが、決して無体な扱いはしないと誓おう」


 エクトルテさんは、そう言って腰の騎士剣の鞘に手を添えた。

 その表情が、ぼくを見てふっと緩む。


「本当は、誰よりもツナグに我が国に来て欲しいところだがな」


「あはは。ぼくは日本に仕事があるし無理ですよ。……でも、移住したエルフたちの支援もしないといけませんから。今まで以上に、そちらの世界にお邪魔すると思います」


「ああ、歓迎するとも! 自分の世界だと思って気軽に来てくれ!」


 ぼくたちは、そう言葉を交わして、旅立つエルフたちのことを思った。


 彼らエルフたちの見る夢は、アーケンハイドに幸福をもたらすだろう。

 彼らエルフたちが耐えてきた苦労は、アーケンハイドで報われるだろう。

 彼らの出会う苦しみや悪意には、自分たちや誰かの助けを得て、立ち向かうことができる。


 彼らはこれから、新天地へと向かう。

 望み、望まれて向かう旅路の先には、きっと拓かれた世界が待っている。





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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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