仲間たちがやってきた。けれど
アーケンハイドとの交流準備を整える中、二ヶ月が経過した。
季節は夏を過ぎ、残暑の厳しい秋を迎えた。
迎賓館、学業施設の建設、里の人員のアーケンハイド出向、魔術を学ぶ研究者や探索士の受け入れ、それらに伴う村の拡大……
と調整することは目白押しだった二ヶ月なのだけど。
もう一つ、エルフの里に大きな変化があった。
大陸の各地から移住してきた他の里のエルフたちが、合流して来たのだ。
中小の里が十ヶ所以上、合わせて千五百人余りのエルフの大移動だ。
今は各里の元長たちが、新築された迎賓館に集合して挨拶を行っている。
「大魔術士ツナグ様。我ら十二の里のエルフたちは、貴方様に忠誠を捧げます」
「……なぜ、そんなことに?」
てっきり村長さんが音頭を取るのかと思っていたら、ぼくが祀り上げられていた。
どういうことだ。
それもこれも、村長さんの仕業らしい。日本やバルバレア、アーケンハイドとの交流や村の発展などの功績を包み隠さず各里の長に話し、ぼくがいかにエルフたちに尽力してきたかを熱く語ったらしい。
ミスティとの結婚も含め、大森林の里の次代を牽引する人物なのだと紹介されてしまった。王様を超えて、まるでエルフの神様みたいな扱いだ。
「集落内の統治や調整などは、私や各里の代表が行いますので。ツナグ殿は、象徴として今までどおりに過ごされてください」
「いや、やりすぎですよ、村長さん」
ぼくに君臨する気はまったく無いのだけど。
これからやることも、日本・バルバレア・アーケンハイド間の交渉と貿易の調整で、実働員の役割だし。自覚の上では、角田古物商の一下っ端社員に過ぎないんだけど。
「普通、そういうのはもっとこう、英雄的な人を祀るものでは?」
下っ端会社員を神様みたいに崇めてどうするんだろう。
と思っていると、村長さんがこともなげに言った。
「大陸随一の大魔術を使い、里を襲撃した戦乱を鎮めて、三つの異なる世界を結びつけて我らエルフの窮地を救った方が英雄ではないと? でしたら、他にどんなことをすれば英雄なのですか、ツナグ殿」
呆れた顔で指摘されて、ぼくは思わず黙り込むしかなかった。
冷静に言葉にされると、とんでもないことをやってきた気がする。
「えーと、今までどおりの支援とお付き合いは続けさせていただきたいんですけど、祀り上げるのは勘弁してください。この里はエルフの里です。人族のぼくがトップに立つような真似は、健全ではないと思います」
種族の自立を尊重して丁重にお断りしたところ、まるで逆効果だった。
種の存続のためなら隷属と搾取すら覚悟していた各里の長たちは、ぼくが支配を望まないことに対し寛容と慈悲を感じたらしく、一斉に地に伏して感謝を捧げた。
空気が宗教じみてて、本当に怖い。
……誰か助けて。お願い。
*******
そんな里の代表たちの空気はともあれ、里は人が増えた。
人口数百人の里が、一気に人口二千人弱にまで膨れ上がったのだ。
まだ移住してきたエルフたちの家はすべて建設できていないのだけど、日本の資料を参考にしたゲル――モンゴル式住居などを作って、ひとまず落ち着いてもらっている。
人が増えれば関係も変わる。里の中には、大きな変化が起こっていた。
一つは、アーケンハイドからやってきた研究者や探索士たちだ。
美醜の基準が地球と同じなので、千人以上の美形種族に囲まれて、驚きながらも鼻の下を伸ばしたり、表情を蕩けさせている。目の保養ができて幸せそうだ。
そちらは問題ない。問題は、もう一方だった。
元から里に住んでいた、獣人種族たちだ。
彼らは元からの里の民とは、長期間の暮らしをともにして少しずつ打ち解けていたようだけど、十倍以上のエルフたちが外からやってきた。
この大陸の逆転した価値観を持つ獣人たちにとっては、恐ろしい姿をした見知らぬ化け物が、千人以上も自分たちの生きる場所に移り住んできたのだ。
今まで、里の中は獣人種族の方がずっと数が多かった。
だから、もしエルフに襲い掛かられても何とかなるという安心感から平静でいられた。
でも、移住後は違う。
獣人種族は少数派となり、下手をすれば自分たちが隷属して使役させられるのではないかという、王国の人族に植え付けられた恐怖が頭をもたげ始めている。
その、偏見から生まれる拭いがたい猜疑が、獣人たちとエルフの間に壁を作っていた。
「……まずいですね、村長さん」
「そうですな。獣人たちが怯えている様子が、こちらにも伝わってきます。今までは、獣人でもエルフと親密になり、夫婦になろうかと考える者たちも少なからず出始めていたのですが……」
ぼくらは村長さんの家で話していた。
里の今後に関わる喫緊の問題なので、日本から角田社長と春村会長、獣人であるアルマも同席している。
「時間をかければ、不和は解決すると思うがの。解決するより早く獣人たちの不安が爆発したらどうしようもない。時間があるかどうかが問題じゃの」
「歓迎の宴でも、獣人たちと新しい住民たちとの関係は、ぎこちなかったですな……」
春村会長のつぶやきに、村長さんがうなだれる。
これもエルフが急激に増えすぎた弊害だろう。
エルフたちは皆、温厚で優しい。少しずつ人が増えて、互いに人柄を知っていけば隔絶も生まれなかったはずだ。
新たな隣人の人となりを理解する時間も無く、結果的に隅に追いやられた獣人たちの不安は仕方ないことだと言える。
けれど、獣人たちも悪意を持っているわけじゃない。
今までは里のエルフたちと、ぎこちないながらも仲良く暮らしてきた。
今では、彼らも大切な里の仲間だ。
このまま両種族の間に深い溝ができるのは、お互いにとって不幸なことだと思う。
これも、カトラシアの美的感覚の引き起こした悲劇か。
「この里の法整備を急ぐと言うのはどうかの。お互いに決め事を守って暮らせば、大きな争いは生まれまいて」
「けど、春村会長。それって結局、この里の中に二つの村ができるってことじゃないですか? 法で区切っても、獣人とエルフの二つの集落ができるだけで、お互いの距離が縮まるわけじゃないですよ」
「それも時間が解決するだろ、繋句。……と、言いたいが、不安を解決しないままに無理に押さえつけると、不満に変化して、それこそ争いの火種に成長する。未来の問題を生むだけだな」
角田社長が、苦々しい顔で言った。
結局は両種族の感情の問題なので、理性的に解決するのは難しいのだ。
「ご主人様が、仲良くしろーって言ってもダメなんですか?」
しょんぼりしながら、アルマがぼくを見上げる。ぼくは苦笑しながら、その頭を撫でた。ぼくが言っても法整備と同じだ、表面上の争いが無くなるだけで、感情的には解決しない。
「……うまくいく手段は、一つ、あると思う」
角田社長が、ぽつりと言った。全員の視線が社長に集まる。
「どんな手段なんですか、社長?」
「言えない。――よく考えろ、繋句。これはお前が思いつかなきゃいけないことだ。俺じゃダメだ、今まで里を支え続けたお前の口から出た言葉じゃないと、皆が納得しない」
その言葉に、ぼくは頭を捻る。
問題は人が一気に増えたこと。外見を理由に、獣人種がエルフに対して恐怖を抱いていることだ。この価値観は、生半なことじゃ崩せない。
ぼくにも考え付くと言うことは、誰かを頼るということだろうか。でも、誰を? この問題を解決できそうな人は、いや、存在は……
「……あ!」
ぼくは、思わず手を叩いた。