海を見ませんか・後編
社長たちのところへ行くと、社長はビーチパラソルやチェアの組み立て。
アルマは武田さんに教えられて、準備体操をしていた。隣ではラナさんとロアルドさんも真似して一緒に身体をほぐしている。
「海で泳ぐときは、身体の筋が固いと引きつって溺れちゃうことがあるんです。皆も一緒に身体をほぐしましょう」
というわけで、準備体操大会と相成った。
美人がひとところに固まって、一部はその豊かな胸を揺らしながら身体を前屈させたりのけぞらしたりするものだから、周囲の男性の熱い視線が一ヶ所に集まった。
「浮き輪も借りてきたわよ。必要な人は言ってね」
「はいはーい、わたし、使ってみたいです!」
武田さんの機転に、森育ちで水泳ぎに慣れていないアルマは、真っ先に手を挙げた。
身に着けた浮き輪を両手で抱え、完全装備でアルマはふんす、と鼻を鳴らす。
ミスティたちエルフ組は、大森林の中の泉で水浴びをする際に泳いだことがあるようだ。エクトルテさんも騎士団の修練で渡河の泳法は習っているとのこと。鎧を着けても泳げるらしい。オルタは子どもっぽいと、意地で借りなかった。
他に借りたのはエルミナさん。
どうやら筋密度が高い体質のおかげで比重が重く、水に浮かばないそうな。
「あまり遠くに行っちゃダメだよ、水温に身体を慣らしながら泳いでね!」
「はーい!」
浮き輪を抱えたエルミナさんを筆頭に、女性陣が海に突撃していく。
しょっぱい、波が来る。と、泉や川とは違う海の仕組みに皆はしゃいでいるようだ。
波しぶきに輝く美女たちが、見事な肢体を夏の日差しに晒し、互いに水を掛け合ったり、泳いだりしている様は本当に絵になる。
「さて、手伝いましょうか、社長。一人だと荷物の整理も大変でしょ」
「お、悪いな、ツナグ。じゃあこの大きいパラソル立てるの手伝ってくれ」
社長を手伝って、大きなパラソルを袋から引きずり出す。
作業中に、一人海に入らなかったエクトルテさんが声をかけてきた。
「私も手伝おうか、ツナグ。力仕事なら覚えがある」
「大した手間じゃないんで二人で大丈夫ですよ、お客さんの手を煩わせるまでも無いです。――それより、新しい部屋はどうですか、エクトルテさん?」
「快適だ。グレードを下げたと言うが、騎士団の宿舎より倍は広いからな。私もエルミナも満足しているよ。……最初から、無理をせずにあの部屋で良かったのに」
エクトルテさんたちの泊まる部屋は、二人の要望で一般の部屋に移っている。
宿泊価格と物価、代金をぼくが出していることを知った二人が、慌ててグレードを下げるよう言ってきたのだ。
まぁ、料金は一割以下なんだけど、2LDKでぼくのマンションより部屋が広いし、ルームサービスなんかもあまり変わらないから、不便は無いと思う。
二日も泊まる頃にはコンビニやホテル内施設での買い物にも慣れて、悠々自適にくつろいでいるらしい。執事サービスも活用して、日本の日用品に驚きながらも色々勉強しているとか。
「部屋のグレードがどうこうより、誰でも欲しいものがすぐ手に入る便利さが素晴らしい。この国は豊かで、快適だ。……今まで見たこともないものをたくさん見せてもらっているよ。ありがとう、ツナグ」
にっこりと、柔らかくエクトルテさんは微笑んだ。
仕事を離れた、心から感謝を伝えてくれている喜びの笑顔だ。
満足してくれてるなら良かった。ぼくも安心して、笑顔を返す。
「師よー、泳ぎ方を教えて欲しいのじゃーっ!」
パラソルの組み立てが終わると、波打ち際からオルタたちがぼくを呼んだ。
海辺を堪能して戻ってきたラナさんと入れ替わりで、ぼくは皆のところへ向かう。
「エクトルテさんも行きましょう。海で泳ぐのは気持ち良いですよ!」
「そうだな。私も楽しむとするか!」
パレオを外し、長いおみ足をあらわにして、エクトルテさんも砂浜を駆ける。
いたずらの水しぶきとともに、婚約者たちがぼくを迎えてくれた。
*******
「はい、ツナグ、飲み物」
「ありがとう、ミスティ」
ミスティから冷えたスポーツドリンクを受け取り、一息つく。
オルタに泳ぎ方を教えたり、ミスティやシャクナさんと沖まで泳いだりした後、荷物番をしていた社長とラナさんと交代する形で、パラソルに戻ってきた。
心地よい疲労に身体を投げ出すぼくに、ミスティがぴたりと身を寄せてくる。
「ありがとう、ツナグ。こんな、どこまでも続く世界があるなんて……来れて良かった」
「海は、地球上の七割を覆ってるそうなんだ。この海の果ては日本だけじゃなく、他の国々まで続いてるんだよ」
水辺で遊ぶたくさんの人々。
その向こうに広がる夏雲の下の水平線を眺めながら、ぼくたちはゆったりと身を寄せ合った。
「この世界は……ううん、世界って広いのね、ツナグ。とてもまぶしいわ」
「良かった。一度連れてきたかったんだ。――きみに、見て欲しかった。この世界に来てくれてるきみに」
……世界に「ようこそ」って言われてる気がする。
遠く果ての無い景色をうっとりと眺めながら、ミスティはそんなことをつぶやいた。
ぼくは手を伸ばし、その身体をぎゅっと抱きしめる。
「あたしを忘れてもらっちゃ困るよ、ツナグ?」
「わっ、シャクナさん!?」
シートに座るぼくの背後から、忍び寄ってきたシャクナさんが手を回した。
大きくて柔らかい胸をぼくの頭に乗せるようにして、いたずらっぽく彼女は笑う。
「ただの森の村人だったあたしが、こんな広い景色の中に来るなんてねぇ。感慨深いよ」
「しゃ、シャクナさん、胸! 胸が!」
「なんだい? もっと直接の方が良いかい? ……風呂でもないのに水に濡れた肌を押し付けるなんて、胸が高鳴っちゃうね。ほら、もっと鼓動を聞いておくれよ?」
シャクナさんは豊かすぎる双丘の谷間に、ぼくの顔を押し込んだ。ぬるぬるぽよぽよと艶かしい感触にくるまれているようで、ぼくは息苦しさと周囲の視線に慌てた。
「もう! シャクナ姉さん、今は私がツナグと二人っきりだったのに!」
「あはは。あたしだって、愛しの旦那様にこの格好を見てもらいたいからねぇ。独り占めはさせないよ、ミスティ?」
そう言って、奪い取るようにぼくを抱きしめるシャクナさん。
その様子を目にしたオルタの声が、波打ち際から聞こえてきた。
「アルマ! シャクナたちが師を独占しておるぞ!」
「ずるいです! わたしもご一緒したいです!」
泳いでいた二人がばしゃばしゃと浜に上がってきて、ぼくに駆け寄ってきた。
甘えるように飛びついてくる二人に押し倒され、ぼくはシートの上でもみくちゃにされる。
「師よ、こんな美女ばかりに囲まれておるのじゃから、もっと楽しそうにせねばダメじゃぞ!」
オルタが、ぼくに抱きつきながら、いたずらめいた口調で叫ぶ。
美女だと、自分で口にする彼女たちの言葉が、嬉しかった。地球という世界の海という開放的な場所に訪れて、彼女たちは、カトラシアでの逆転した評価をすっかり忘れ去って楽しんでいる。
そのことが、ぼくには何より嬉しかった。
「うん、そうだね。――みんな、大好きだよ」
日は沈み、夜が暮れ、一晩をともにし、翌日も海で遊んだ。
浜辺の視線と話題を独占していた彼女たちの喜びようは、帰りの車中でもガールズトークとなってずっと続いていた。
それは、誰が口にしたのか……
また海に来ようね、と誰かが言い、全員がそれに弾んだ笑顔でうなずいた。