海を見ませんか・前編
「社員旅行に行くか!」
きっかけは、社長のそんな一言だった。
業績は好調、業務は繁忙。事務所と家を往復しては仕事仕事の毎日でいい加減に息抜きも必要だろうと、角田社長が突然そんなことを言い出した。
それはまぁ、確かに。里の移住準備の仕事もあるけど、忙しいのは主に村長さんで、ぼくの役目は資材の補充くらいだし。行けないこともないけど。
「私は休暇の方が嬉しいですけど。まとまった私的な時間が増えるなら、その方が」
販売の里中さんは不参加のようだ。どうやら、彼氏と旅行に出かけたいらしい。
繁忙続きなので、冷静に休みをよこせという視線を社長に向けている。
いきなり足並みが乱れて、しょんぼりしている社長。
やがて吹っ切れたように、顔を上げて叫んだ。
「わーかった、二日間休暇にするよ! 繋句、全員に声かけろ、海行くぞ、海!」
海かぁ。ミスティもシャクナさんも見たことないって言ってたもんな。
夏も盛りだし、皆と旅行するのも良いかもしれない。
そんなわけで、皆で海に行くことになった。
*******
「すごーい、これ全部水!? これが海!?」
ミスティが、車窓から雄大に広がる海原に向けて、弾んだ声を上げた。
向かう先は二時間ほど車を飛ばした、市外の大型海浜公園。
社長が十人乗りのワゴンをレンタルしてきて、皆で海水浴と相なった。
参加者は運転席に社長と、助手席にその恋人のラナさん。
後ろにぼく、ミスティ、シャクナさん、オルタ、アルマ。それに日本に滞在中のエクトルテさんとエルミナさん。
さらには別に車を出した、武田さんとロアルドさんまで加わって、総勢十一人の大所帯となった。
春村会長も誘ったけど、仕事と、年齢的に日差しが辛いと言うことで不参加だ。
ちなみに、社長の恋人のエルフ、ラナさんには結構前に言語と健康の恩恵を付与している。社長の要望で渡してたけど、車に驚いてないし、私服が用意されてるところを見ると、すでに何度か社長と二人で日本に来ているようだった。
車から降りると、眼前に広がる水平線に、婚約者たち全員が歓声を上げた。
「広い広い! どこまで続いてるの、これ!?」
「これが潮の香り……塩が生まれる場所って、本当なんだねぇ」
「ふむ。今まで国に篭りきりじゃったからのぅ、良いものが見れたわ。壮観じゃな!」
「人がたくさんいるです! 私みたいに小さな子たちも!」
砂浜には、レジャーシートを広げる親子連れやカップルの姿が多く見られた。
学生の姿は意外に少ない。かなり先にある隣の海水浴場の方が遊具や飲食店街なんかの設備が整ってたから、そっちに流れてるのかな? サーフィンも禁止のようだしね。
こちらの海浜公園はマリンレジャーの類は一切無いけど、客層が落ち着いていて過ごしやすそうだった。穴場と言っていいかもしれない。
「更衣施設はあっちみたいです。行きましょうか」
「俺と繋句、ロアルドさんは向こうだな。武田副市長、女性陣の案内は任せた」
「そうね、頼まれたわ。それじゃロアルド、また後でね」
手を振って女性陣と別れる。
この話が決まってから、皆でデパートに行って水着を選んでたみたいだけど、皆、どんな水着を買ってきたのかな?
「お待たせ、ツナグ!」
やや置いて、艶やかな肢体を晒した姿に変身した、女性陣と合流した。
婚約者たちはそれぞれの水着をぼくの前に見せながら、はにかんだ。
「どう、ツナグ。変じゃないかな」
ミスティは白いホルターネックビキニ。紐を首の後ろで結ぶ、オーソドックスなビキニだ。海水浴場でよく見る格好だけど、胸元といい足の長さといい、何より可憐な容姿といい、元が凄くバランスの取れた美少女なので、周囲からも数歩抜きん出ている。
「あたしはこんなのにしてみたよ。どうだい、ツナグ?」
シャクナさんは肩ひもの無い、黒いチューブトップのビキニだ。豊満な胸が肩ひもに邪魔されることなく強調されていて、むせ返るような色香を放っている。下はミスティと違ってフリルが無く、大胆な切れ込みが男性の視線を誘う。
「妾はこうじゃ。わ、笑わんでおくれ、師よ!」
オルタはサロペットと呼ばれる、前面を覆う形の半ワンピース型の水着だった。
たぶんエルフの二人に比べて胸に自信が無いからだろうけど、うなじから背中にかけて滑らかな曲線が露出していて、銀髪の神秘さと健康的な肢体が不思議な魅力を出している。
うん。スクール水着っぽい印象だけど、本物じゃなくて良かったよ。
「ツナグ様ー! 可愛いもの選んでもらえましたー!」
人目の多い場所なので、ご主人様、は厳禁だ。それでも様付けが抜けないんだけど。
アルマの水着はチュアピンピサマイという、布製の花飾りがたくさん付いた華やかなセパレートだ。最近流行の水着らしいけど、アルマの明るさに似合っている。
熊耳は水泳キャップで隠して、しっぽも花飾りに紛れて目立たなくなっていた。
「皆、よく似合うよ。とても魅力的で綺麗だ」
それぞれの着飾った姿に、ぼくは顔を赤くしながら素直な気持ちを告げた。
女性陣はぼくの言葉に、照れたように表情をほころばせ、身をくねらせてはしゃいでいる。
「ロアルド、お待たせ」
「ユメコ! 何て美しいんだ! そんな姿のきみと一緒に過ごせるなんて、これ以上の幸福があろうか!」
振り返ると、武田さんとロアルドさんが周囲の視線も気にせずに抱き合っていた。
ちなみに武田さんの水着は、一体型のタンクトップビキニ、いわゆるタンキニだ。
ロアルドさんの美形ぶりに見蕩れていた浜の女性たちから、武田さんは嫉妬と羨望の視線を一身に浴びていた。本人はまるで気づいてないけど。
「おお、豪勢だな、ツナグ。そんな美人に囲まれてる奴なんて、なかなかいないぞ」
水着に着替えた角田社長が、荷物を手にやってきた。
隣には、清楚な若草色のワンピース水着を着たラナさんが付き添っている。
筋骨隆々のたくましい男性に、奥ゆかしい控えめな美女、ということで、実はこの浜辺で一番似合っているおしどり夫婦かもしれない。
「あとはエクトルテさんとエルミナさん待ちですね」
「なら、俺らとロアルドさんたちで先に荷物を置く場所を探してくるか。繋句、二人の案内は任せていいか?」
「はい。――アルマ、先に社長たちと泳いでおいで。あまり遠くに行っちゃダメだよ」
はいです、と元気に駆けていくアルマを見送る。
それと入れ替わりに、エクトルテさんたちがやってきた。
「ほらほら、早くツナグくんに見せに行きなって!」
「お、押すな、エルミナ。ツナグには、もっと艶やかな婚約者たちが……」
エルミナさんに背中を押されながらやってきたエクトルテさんは、ぼくを見ると顔を真っ赤にして胸元を押さえた。
「ま、待たせたな、ツナグ」
「さすがエクトルテさん、とても華やかですね」
エクトルテさんの水着は、モノキニと呼ばれるビキニ上下を腹部でレースで繋いだ、豪華さを感じさせる真紅の水着だった。
腰から下を同色の長いパレオで覆っていて、まるで芸能人みたいだ。
「そ、そうか? ツナグも、その……美しい身体をしているぞ。思わず抱きしめたく……い、いや何でもない!」
もじつくエクトルテさんに、ぼくはエルミナさんとこっそり顔を見合わせて苦笑する。
この凛々しい女性騎士の寝起きは、本人には言えない秘密だ。
ちなみにエルミナさんは、競泳用のようなスポーティな水着を着ていた。見せる相手がいないからか、あまり扇情的なものを選ぶ気は無かったようだ。
そのとき、女性陣に声をかけてきた人たちがいた。
「きみら、凄い美人だね! そんなお付き放っといて、こっちのグループと……」
空気の軽そうな、海辺の男性たちだ。ナンパだな。
全員、美女ぞろいだからなぁ。スタイルも良いし、当然とも言えるけど。
ところが、にやにやと声をかけてきた男たちの表情が、次第に固まっていった。
何事かと振り返ると、エクトルテさんとエルミナさんが、『悪鬼』を斬り伏せそうな殺気を飛ばして無言で睨みつけていた。
思わずお互いの心の声が聞こえてきた気がした。
『お前らなんぞお呼びじゃないんだよ。邪魔すんな』
『速やかに了解しました、ボス』
「「し、失礼しました!」」
ナンパ目的の男性たちは、脱兎のごとく退散していった。
エクトルテさんたちはにこりと振り返り、
「さ、ツナグ。私も初めての海だ。今日は一緒に楽しもう」
なんて頼りになる女性たち。
周りの男たちが消えたところで、婚約者たちがぼくの腕に抱きついてきた。
「一緒に泳ぎましょ、ツナグ! 今日は離さないからね!」
なお、浜辺中の男性たちが、遠巻きに物凄い目をして、ぼくを見ていたことは言うまでもない。