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遠きはらから

 見張りに案内されてきた外のエルフたちは、皆、土汚れに塗れ痩せこけていた。

 けれどもさすがはエルフ、男性も女性も美形ばかりだ。


 カトラシア大陸に散らばるエルフたちの集落。

 その使者たちの数は、十組を超えていた。

 全員、各地方の違う里からの使者だ。二人一組のところもあれば、一人きりで訪れた人もいる。過酷な旅の間に、里を出たときの人数を減らした組もいたようだ。


 疲労の極地にある来訪者たちに、村長さんはまず身体を拭う湯や、里に備蓄してある菓子――糖分と飲み水を振る舞った。

 旅人たちは一息つき、彼らが身支度を整えている間に、ぼくらは近くの民家から椅子やテーブルを村長さんの家に運び込んで、会談の用意を整えた。

 ぼくらが忙しなく動いている間、彼らは里の様子を見て各々がため息をついていた。

 それは感嘆だったのか、安堵のため息だったのか。


 やがて、身支度を整えた旅人たちと村長さんが一堂に会す。


「皆の者、遠い場所からよくやってきてくれた。この大森林の里の村長、エッケルト・サルンじゃ。皆を歓迎する。今、里の者たちが総出で食事会の準備をしているので、その間に各々の里の近況と、来訪の目的を聞かせて欲しい」


 すると、旅人たちは全員が顔を見合わせ、その中の一人の青年に答えを託した。

 この里に来る途中で、きっとお互いに了解を取っていたんだろう。


「南の森のエルフ、ダキラの子スパキラだ。まずは我々を受け入れてくれて感謝する、大森林の長よ。――我々がここを訪れた目的は、皆、一致している」


「それは?」


 村長さんに促され、スパキラさんは断固とした口調で告げた。


「他の種族と、人族の所領と交流を成し遂げたエルフ族の里があると聞いた。その真偽を、この目で確かめにきたのだ」


 スパキラさんの話によると、王国との防衛線で解放した獣人奴隷たちは、この里で一時介抱されていた恩を忘れなかったそうだ。

 大陸各地の自分たちの住処に帰る際、この里の存在と、エルフ族の対応を行く先々で良く語ったとか。


 また、北方からは王国北方の山岳地帯、ボルヘス侯爵領との噂も流れていた。

 いわく、この大陸の水準を超える技術と文化を持ち、人族やドワーフ族と肩を並べるエルフ族たちがいる。

 それを守護し、指導するのは王国最高の叡智すら超える、偉大なる大魔術士だと。


 ずいぶん持ち上げられた噂が広まっているようで、ぼくは思わずうつむく。

 でも王国との戦以来、他の種族がこの里に攻めてきたことが無いのは、その噂が広まって手を出すと痛い目に遭う場所なのだと他種族に伝わっていたからかもしれない。


 事実、旅の途中では、ぼくの名を勝手に借りることで他種族の迫害や襲撃を逃れたことがあったそうだ。

 申し訳ない、とスパキラさんだけでなく他の旅人たちからも頭を下げられた。

 いや、道中の安全が確保できたなら良いんですけどね。ぼくの名を騙って横暴を働いたとかじゃなく、緊急避難の自衛のためだし。


「つまり、スパキラさんたちの要望は、この里と同じように自分たちの里も交流を結んで欲しい、ということですか?」


「いえ、大魔術士様。半分は似たようなものなのですが……正確には少し違います」


 そう言って、スパキラさんを始めとする旅のエルフたちは、全員が揃ってひざに手をつき、村長さんとぼくに頭を下げた。


「我らの望みは、この里への移住――どうか我らの里の民も、この里に迎え入れていただきたい!」


「移住!? 全員がですか!?」


 ぼくは思わず大声で尋ね返していた。村長さんを見ると、村長さんもあまりに規模の大きな申し出に言葉を失っていた。

 大陸各地のエルフの里。十ヶ所以上の集落の、一斉移動だ。

 少なく見積もっても千人は超えるだろう。


 スパキラさんの話によると、どこの里もここと似たような問題を抱えているらしい。

 他種族の迫害と隔絶による、食料や物資の不足。

 そして、外部との交流途絶が引き起こす、近親婚による少子化だ。


「このままでは、我らを待つ未来は滅亡のみ。だが、この里は違う! この里は我々の里よりも豊かで、外部からの敬意を受けている。この里こそが、我々エルフにとっての希望の土地なのだ! 我らの里の民も、どうかこの楽園に受け入れていただきたい!」


 床に、ぽつ、ぽつ、と幾多の涙が落ちる。彼らの願いはただ一つ。



「同じ同胞(エルフ)として伏して願う……我らの里の民にも、ここにある未来を分けてくれ……」



 その願いは、聞く者の心を打つ、切なる叫びだった。

 未来への渇望。

 村長さんは、いつものように、穏やかにうなずいた。


「……遠き、各地の同胞(はらから)たちよ。我々大森林の里の民も、皆に会うために手を尽くしていた。それが、皆の方から訪ねてきてくれたのだ。これほどの喜びがあろうか」


 村長さんはぼくに向き直り、そして他のエルフたちと同じように頭を下げた。


「ツナグ殿。ここにいる者たちは、我らと起源を同じくする者たちです。貴方様からいただいた庇護を享受して、この里は救われました。どうかその大恩を、この者たちにも分け与えることをお赦し下されまいか」


「……水臭いですよ、村長さん」


 村長さんは、きっとそう答えるだろうと思っていた。

 いや、この里のエルフたちなら、この願いを拒むなんて選択肢は最初から存在していなかったろう。そういう人たちだからこそ、ぼくだってこの里を支えてきた。


 だから、ぼくは笑顔で言った。

 涙が滲むほどの嬉しさを込めて。


「村長さん。夢が叶いましたね。きっと、たくさんの子どもたちがこの里に生まれます」


「はい。ツナグ殿のおかげです」


 村長さんも、万感の思いを込めてうなずいた。



*******



 スパキラさんや他の旅人たちの話を総合すると、エルフたちの集落はすでに単独では限界を迎えつつあるようだ。

 少子化の問題も含めて、外部との交流が望めない以上は移住を選択肢に入れるべきだと各地で声が上がったと言う。


 地球の移住でよく問題に上がる祖霊の扱いに関しては、エルフの祖先の霊は土地ではなく樹木に宿ると考えられているため、その苗木を持ってくるとのこと。

 大森林に祖霊を祀る樹を植える許可を、各里の使者が交渉していた。


 その問題さえクリアすれば、村長さんを新たな指導者として掲げることに異存は無いということだ。

 ぼくとの付き合いや、ボルヘス領との交流は村長さんが里の代表として結んだ縁なので、変に内輪もめして外部に不審を持たれるよりも、使者の見聞による判断次第で統治を委譲した方が良い、というのが各里の長老の結論なのだそうだ。


 たぶん、エルフ族は種族的に不和や騒乱を望まない性質なんだろうな。

 でなければ、中世的な思想だと、バルバレアみたいに他種族の奴隷狩りという手段を用いて外部の血を補充してもおかしくないはずだ。エルフは弱くないんだし。


 そんなエルフ族の温和な性質を踏まえて、村長さんと軽く話したところ、将来的には村長さんを議長とする議会を作ることになりそうだと聞いた。

 そのうち、大森林を領地とするエルフ族の国家ができるかもしれない。


 各里の使者たちは数日間、この里に滞在して休養した後、自分の里に返答を持ち帰るらしい。

 各地からの移住が完了するのは一、二ヵ月後になるだろうとのことだ。


 帰りの道中のために、資金になる鉄と、以前と同じ旅中の便利グッズを発注された。

 あと、ボルヘス侯爵領を訪れて馬の調達を頼み込んだりもする。

 これと資金のほかに鉄製の装備も用意すれば、旅路の安全は確保されるだろう。


 移住の準備金や物資も含めて、代金はぼくと村長さんで折半した。

 村長さんは恐縮していたけど、ぼくも使いきれない王国からの報酬をかなりの額、持っているのだ。少しは王国に還元しないと経済が停滞しかねない。


 後は大規模な移住に対応するため、村の開拓拡大と、新住居の建築を行わなければならない。迎賓館の建築も含めて、木材の伐採と大工道具の補充が急務だった。



 ぼくも里も、一気に忙しくなったなぁ。

 でも、それらを指揮する村長さんの表情は、わくわくと、希望に輝いていた。






作中が夏なので、次回は水着回です。



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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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