旅人たちの到着
「素晴らしい一夜だった、ありがとう。ニホンの文化水準の素晴らしさを堪能したよ。特に、設備に基づく自由度は実家以上だ」
「そう言っていただけると嬉しいです、エクトルテさん。連泊は申し込んであるので、今日はどうぞくつろがれてください」
朝食の後、興奮したように語るエクトルテさんと握手する。
そのしなやかな手に、昨夜の柔肌の感触を思い出してぼくは顔を赤らめた。
エクトルテさんが不思議そうな顔をする後ろで、エルミナさんが懲りずに笑っていたので、ぼくは視線でたしなめた。
人がせっかく忘れようとしてるのに!
「つ、ツナグは……いや、少年は、今日は一緒にいられるのか?」
「ツナグで大丈夫ですよ、エクトルテさん。――ごめんなさい、今日は休日じゃないので、仕事に出なきゃいけないんです。二人のことは、ホテルの執事サービスを頼んでありますから。もし心配なら、ミスティに来てもらいます」
ぼくがそう言うと、エクトルテさんは少し考え込むような素振りを見せた。
「ふむ。そ……それなら、良ければ、きみの仕事を見学させてもらえないだろうか?」
今日の仕事は、主にエルフの里での相談だ。
至急、村長さんにお願いしなきゃいけないこともある。
「構いませんよ。じゃあ、出発の準備をしましょうか」
ぼくはにこりとうなずいて、会社に連絡を取る。今日の予定を伝えるためだ。
ぼくが電話する後ろで、二人が何かささやき合っていた。
「エクトルテ。昨夜は、いい夢見れた?」
「な――み、見てない! 何も見てないぞ、エルミナ! しょ……ツナグを抱きしめるような、ふらちで心地良い夢など……」
何を話してるのかな?
それはさておき、ぼくは社長に今日の予定を伝え、ホテルからエルフの里へ向かうことにした。
*******
「ツーナグっ! おはよう!」
「あれ、ミスティ? おはよう、どうしたの?」
里で待ち構えていたのは、私服姿のミスティだ。
ぼくの部屋につないでいたポータルを使ったんだろう、ぼくの姿を見るなり、待ちわびたと言うように飛びついてきた。
「社長から言われて、今日はツナグのお目付け役よ。また、一人でどこかに飛び出していかないようにって!」
「ええ? 信用無いなぁ……でも、ミスティがいてくれると嬉しいよ。よろしく」
そう言うと、ミスティは嬉しそうに微笑んだ。
昨夜は家に帰らなかったから、寂しかったのかもしれない。
スイートは豪華だけど、連泊はやっぱり問題があるなぁ。
あまり家を空けてもいられないし。
「ツナグ殿、おはようございます」
「おはようございます、村長さん」
ぼくらの姿を見つけて、村長さんが広場に現れた。
「娘づてにカドタ殿からお聞きしましたが、何でも火急の用件ですと?」
「そうですね。できる限り早く対応していただきたいと思います」
どんな用件なのか、と村長さんが息を呑んだ。
と言っても、そんなに緊張する用件じゃないんだけど。
「村長さん。家を大きくしていただけませんか?」
「私の家、ですか?」
「はい。――この里も外部との交流が増えますし、賓客が泊まれる迎賓館が必要になると思うんです」
村長さんは、はっと神妙な表情になって自分の家に目を向けた。
「村長さんが贅沢を好まないのは良く分かってます。でも、この里が交流の基点になる以上、賓客を迎えられる規模の屋敷は今後、絶対に必要になると思います」
「ううむ。確かに、言われてみれば……」
アーケンハイドだけじゃない。バルバレア王国北方のボルヘス侯爵領も、銀の供給源や獣人族との交流で、とても重要な取引先だ。
今まではボルヘス侯爵も門で日帰りで来れていたけど、今回のように連泊する外遊を迎える機会は今後増えるだろう。
それを考えると、多人数が泊まれる大きな屋敷は必須だと思われた。
王国からの賠償金が手付かずで残っているので、建築資金には困らない。
資材は大森林の木材と、ボルヘス侯爵領からの供給があるから、後は村長さん次第だ。
村長さんも必要性に納得したのか、大きくうなずいてくれた。
「そうですな。では、ツナグ殿。私の家でご相談させていただいてもよろしいですか?」
「はい。――すみません、エクトルテさん、エルミナさん。今日は里のご案内ができないと思うんですけど」
ぼくが二人を振り返ると、二人はあっけらかんと軽く手を振った。
「大丈夫だ、無理を言って着いてきたのはこちらだ。邪魔をするわけにもいくまい」
「あたしらは、その辺を適当に回ってるからさ!」
「でしたら、私がご案内しますよ!」
そう名乗り出てくれたのは、ミスティだ。
村の中のことなら誰より詳しい案内人だ。二人にも不満は無い。
ぼくの手が届かないところを埋めてくれる、頼れる婚約者だと思う。
今度、何かお礼をしなきゃな。エクトルテさんたちが泊まってるスイートに皆で泊まったら、皆も喜んでくれるかな?
そういった按配で、ぼくらはそれぞれ分かれようとした。
そのときだ。
「――村長。客人だ」
村長さんを呼び止める声がした。
振り返ると、里の周囲の警戒に出ていた若手エルフと獣人の男性二人組が、緊張した面持ちで村に帰ってきていた。
「どうしたんだね、お前たち。何か緊急事態かね?」
村長さんの問いかけに、獣人とエルフの男性はそれぞれ顔を見合わせ、うなずく。
村長さんに向き直り、
「――外からの客人が来た」
「人族かね?」
「いや――」
見張りの二人は、戸惑うような声で言った。
「エルフだ。ここではなく、南方の他の里から旅をしてきたと言っている」
他の里からの使者。それは、この里が初めて出会う外部のエルフたちだ。
驚くぼくらに追い討ちをかけるように、二人はさらに告げた。
「それも、一組じゃない。北方からも、王国領土内からも来てる。どうやら、大陸中のエルフたちがこの里に向けて使者を出したようなんだ」