ロイヤルスイートのお客様
「それじゃあ、妹――ではなかった、アルマは獣人種なのか」
「はい! 熊人族と言って、熊の力と耳を持ってる種族です!」
エクトルテさんの感心したような質問に、アルマが元気よく答える。
頭を差し出して触らせると、化粧品で隠れているけど、熊耳の感触があったのかエクトルテさんの表情が緩んだ。
しっぽもあるんですよ、とスカートをまくろうとしたのは、ぼくが慌てて止めた。
エクトルテさんが鼻血をこらえるような仕草でうつむいていたので、たぶん女性同士でも守備範囲的にけしからんことなんだろう。
「アーケンハイドに獣人種はいないんですか?」
「いるけど、もっと顔が獣っぽい感じかな? 身体も毛深いしね!」
こちらの伝説で言う人狼――ワーウルフのような外見らしい。
奴隷制が無く、物資の奪い合いも起きないので、種族的な確執は無いのだとか。
「大抵、獣人族は同種で国や部族を作っていることが多い。が、各種族ごとに個別の『非共通品』の道具が採れたりするので、だいたいは大きな国家によって手厚く保護されていることがほとんどだな」
なるほど。民は国家の資産、のアーケンハイドらしい待遇だ。
むしろ各種族ごとに独自の交易品を持っているので自立できている、という面も大きいのだろう。
人族が強引に道具を奪おうとすると、恨みや絶望なんかの『悪鬼』でいっぱいの迷宮を探索しなきゃいけなくなるわけで。割に合わないから、友好的にもなるよね。
「ミスティちゃんの迷宮で採れた『積土』だっけ? あれも『非共通品』だよ。農業が効率化しそうだから、クルトが取引品目に加えて欲しいって言ってたね」
「エルフ種特有の道具っぽいですね。里の探索技術の習得が進めば、取引できる量になるかもしれません。でも、里ってエルフの人数が少ないからなぁ……」
「心配するな、少年。交流が進めばお互いに取引できるものも増えよう。今のところは、こちらの方が欲しいものが多いくらいだがな」
エクトルテさんが微笑みながら軽くこぼす。
道具に関しては加工時の取り扱いなんかも教えて欲しいから、無用なリスクと開発コストを避けるために、互いに取引したい技術は多いんだよね。
まぁ、その辺の話は、夕食のときにでもおいおい進めよう。
とりあえずは店舗見学と、『Elvish』取引状況の簡単な説明。
あとは会社の倉庫などを見せて、エルフの里の銀製品の扱いに関して、対等に取引を交わしているという実績を見てもらった。
異世界の異種族同士が対等に交流している現状を確認して、エクトルテさんもエルミナさんも安心したようにうなずいていた。
夜も更け始めたところで、――主にエルミナさんが――お待ちかねの晩餐の時間だ。
エルミナさんが堅苦しい雰囲気を避けたいと言うので、街中の広めの店を選んだ。
シュラスコ、という大きな串焼きの肉を切り分けて、焼き立てを好きなだけ提供してくれるアメリカ系の料理のお店だ。
もちろん、日本式に魚や野菜の単品料理も豊富に揃っている。
街中のお店といってもアーケンハイドの酒場や市場とはサービスの質が違うようで、エルミナさんは店員さんの丁寧な案内に恐縮しながら席に着く。
けど、料理の説明とテーブルマナーが無用であることを聞き、目を輝かせていた。
「美味しい! おいしーよ! 肉汁たっぷりで、柔らかくて! こんな肉初めてだ!」
ミディアムに焼かれた肉を豪快に頬張りながら、幸せそうに表情を蕩けさせるエルミナさん。里の朝食でこの人の食事量を知っているので、全種類の肉をどんどん持ってきてくださいと店員さんに注文しておく。
老齢の春村会長を始め、ぼくや他の女性陣は控えめに注文した。
ミスティやオルタはもちろん、シャクナさんやアルマも同席しているので十人用の大テーブルを占有する、にぎやかな席になった。単品料理の数も含めて宴会状態だ。
「この店はずいぶんと客への応対が丁寧だが、本当に庶民相手の店なのだろうか?」
食前酒を口にしながら、エクトルテさんが尋ねる。
果汁水を傾けながら、角田社長がにこやかに答えた。
「そうですね。日本は第三次産業と言いまして、サービス業という生産や製造ではない、形を持たない産業が発達しています。民間の飲食店でも、一定以上の店ならば多くがこのように客を迎えてくれますよ」
エクトルテさんが日本の産業形態に耳を傾けている間、エルミナさんは来た肉をひたすら満足そうに頬張っていた。
ぼくも来た肉を切り分け、口に運ぶ。
イチボ、と呼ばれるランプ肉の特に柔らかい部分だそうだ。脂が少なくて赤身肉本来の旨味が濃いのに、とても柔らかい美味しい部位だった。
噛み締めると、じゅわり、と舌の喜ぶ肉汁が口の中に溢れる。
思えば、こういう店に普段の食事で皆を連れてくることは少ないな。
口に合うかな、とミスティの方を見ると、彼女も嬉しそうにぼくに微笑み返した。
「美味しいね、ツナグ」
「うん。そうだね、ミスティ」
お互いに穏やかな気持ちで笑顔を交わす。やっぱり、ミスティは可愛いなぁ。
と、ぼくらの方を見て、エクトルテさんがふと寂しそうな顔をしていた。
ぼくが振り向くと、慌てて表情を取り繕っていたけど。
どうしたんだろう?
ともあれ、食事は和やかに進んだ。
エクトルテさんとは、互いの探索や科学の技術交流について話をした。
普通のビジネスなら、技術をそう簡単に開示するべきものではない、と思うけど。
この場合は別に企業秘密として秘匿されてるわけではなく、お互いに自分の世界では常識になっている技術だ。書籍化されている知識も多いわけで、出し渋る意味も無く大きな問題も無しに合意した。
食事を終えた後は挨拶を交わして解散、となった。
角田社長や春村会長は元より、ミスティたちとも別れることになる。
エクトルテさんとエルミナさんに付き添い、タクシーを飛ばす。
着いたのはホテル・アーケイディア。
会社が銀の燭台を卸した新興の高級ホテルだ。海外利用客も多く、取引先ということで予約を入れさせてもらった。
マネージャー直々の歓待を受けて、ぼくは二人をエスコートする。
チェックインを済ませ、専用エレベーターで通されたのは、最上階一フロアを丸ごと使った、ロイヤル・スイートだ。
西洋の豪邸のように絵画や装飾に彩られ、調度品も一級の品が揃えられている。広さは個室を含めて十部屋あり、リビングはそこらの民家の敷地より広い。
テラスには夜景を望める温水プールまで付いていた。
まるで貴族の邸宅だ。
初めて利用するぼくも萎縮するけど、エルミナさんは魂が抜けたように呆けていた。
落ち着いているのは上級貴族のエクトルテさんくらいだ。
「ふむ、まるで実家のようだ。これが宿とは……ここまでの部屋を用意していただいて、感謝する、少年」
「うわー……貴族の屋敷には行ったことがあるけど、あたしが賓客として泊まるだなんて思っても見なかったよ。凄いね、この部屋」
そりゃもう、高かったですから。
滞在予定が立ってないけど、しばらく予約は入ってないので延泊は可能だそうだ。
衣類はホテル内に服飾店やコンビニが入ってるので、支払いを宿泊料金につけてもらうようにお願いしておいた。VIP用に、ホテル内専用のクレジットが貸与されるそうだ。
清算は会長たちに言われて作った、ぼくのカードで行われる。
「というわけで、自由に過ごされてください。飲み物や軽食その他は、ルームサービスで注文できます。日本語のメニューはぼくが訳しますので、内線の使用方法を覚えてもらえば何を頼んでもらっても構いません」
このホテルでは執事サービスもやっているけど、とりあえず注意事項の打ち合わせをするまでは見合わせておいた。
この世界の文字が何も読めないとか、変にぼろが出ると二人に恥をかかせるからね。
衣装のレンタルもやっているそうなので、部屋着用にナイトドレスを二着頼む。
ぼくがリビングで待っている間に、やってきた女性スタッフが別室で着付けを行ってくれて、やがてリビングには変貌した二人の令嬢が姿を現した。
肩や胸元の露出した、肩から胸に流れていくような、裾の長い絹地のナイトドレス。
赤や薄緑に染められた色彩が輝き、二人の女性を映えさせる。
エクトルテさんが、頬を染めながら尋ねてきた。
「ふふ、まるで夜会のようだな。……こんな姿の私はどうだ、少年?」
「綺麗ですよ。貴族の女性当主と言われてうなずく、艶やかさです」
「私は筋肉がついているからな……胸も、エルミナやきみの婚約者のように豊かではない。もう少し、深窓の姫君のようにふくよかであれば良かったのにな……」
そう言って寂しそうに胸に手を当てるエクトルテさんの肢体は、けれど美しかった。
言うほどには筋肉は少なく、引き締まった身体をうっすらとした脂肪が包み、柔らかさと確からしさの同居する成人女性の身体に見えた。
女性アスリートか、エクササイズを済ませた女性モデルのように均整の取れた身体だ。
ぼくがそのことを告げると、エクトルテさんは驚いたように身を跳ねさせて、真っ赤になって固まった。
「ツナグくーん……もーちょっと、こー……ひらひらしてない服は無いかな?」
弱ったようにそう言うエルミナさんは、ナイトドレスに薄いケープを羽織っていた。
エルミナさんは体質のせいか、肉体美を感じさせる体型をしている。
それはそれで良いと思うのだけど、本人はマッチングや普段とのギャップを気にしているんだろう、ケープで露出した腕や、胸筋を覆う豊かな胸元を隠していた。
今までの姿とは逆に、エルミナさんが露出を減らしてエクトルテさんの方が露出が大きい、という不思議な光景だった。
「あはは。大丈夫ですよ、エルミナさんも似合ってます。下の階に、ラウンジバー……酒場があるそうなので行ってみますか? まだ夜も浅いですし」
ぼくは縮こまる二人が可愛らしくて、微笑みながらそう言った。