どれいちゃんぱにっく
移動の手段を確認したところ、リムジンより電車の方が良いと言うことだった。
アーケンハイドの二人はもちろんどちらの交通手段も知らないのだけど、入り口から直通で目的地に向かうか、歩いて街並みを見学しながら移動するかでは後者の方が良いとのこと。
二人はデパート最上階にある、来賓室から見える高さと街並みにまず驚き、そして移動するに当たって売り場の光景に驚嘆していた。
『迷宮』の探索中に魔術を初めて見たときよりも驚いたそうだ。
いわく、完全に文化が違いすぎてエルフの里よりも別世界に見えるということ。
進歩しすぎた科学は魔法と見分けがつかない、と言うけど、まさにその通りの感想を抱いたらしい。
「いや、エルフの里はまだあたしたちの世界に近いか、言っちゃ何だけど田舎の村って感じでさ!? 見覚えが無くもない光景だったけど!」
「そうだな。このニホンという世界は完全に質が違う。魔術も『道具』も無しに、純粋に技術だけでここまで進歩しているとは考えられないことだ」
高層建築群と整備された街道がひしめき合う上空からの光景は、アーケンハイドは元より他の国でも見られない光景だと言う。
魔術にも奇跡にも頼らず、しかしそれらを凌ぐほどに科学技術を磨いてきた国だ。
けれど、同様に政治形態も変遷を辿り、江戸時代までの封建制度はすでに潰えた。
バルバレアやアーケンハイドのように、トップダウンで制度の変革から生まれる混乱を制御できるわけではないことを説明し、この異世界交流を公にするわけにはいかないことに納得してもらった。
エクトルテさんとしても、ぼくらが助力できない政治分野で日本と渡り合うのは分が悪いと感じたのか、純粋な商取引の範疇で収めたいと思ったようだ。
あくまで、ぼくを介した個人との付き合いで構わないと了承してくれた。
もし無限の資源を持つアーケンハイドと日本の国交が樹立すると、一見、日本の資源問題は解決しそうに見える。けど。
日本はガスや石油等のエネルギー資源を海外からの輸入に頼っていて、相手国の経済もその収支で回っている部分もある。迂闊な代替資源の大規模供給と輸入量の削減は、資源外交を結んでいる友好国との外交にも影響しかねない。
政治・経済両面の観点から、異世界交流の公表は武田さんと春村会長が揃って反対していた。
大規模化すると、絶対に他国にも原因を探られて危険が増えるしね。
そんな話はさておき、二人は途中の電車にも興味津々だった。
オルタやエルフの皆も通った道なので、鉄道技術についてはバルバレアで研究中だと伝えておく。
武器や日用品などの製鉄技術を持ってて、強固な『決意』が鉄の道具に変わるアーケンハイドなら、遠くない未来に普及も可能かもしれないね。
電車とタクシーを乗り継いで、やってきたのは角田古物商の社屋だ。
「ここが、ぼくと角田社長の勤めている会社です。一階が店舗になっていて、商品の直売もやってます」
ドアをくぐり、ドアベルの音ともに店内に入る。
店内にはお客さんの姿は無く、丁寧に磨かれ陳列された古美術の向こうに、無人のカウンターがあった。ベルの音を聞きつけ、すぐにシャクナさんが応対に出てきた。
「いらっしゃ……あら、ツナグ? どうしたんだい、そんな大勢で」
ぼくの名前が出たことを聞きつけたのか、アルマも奥からひょこりと顔を覗かせた。
ぼくを見たアルマの顔が、ぱっと弾む。
「ご主人様! それに、異世界の騎士のおねーさんたちも! いらっしゃいませ!」
「うむ、一緒にいた妹さんか。元気そうで何よりだ。……しかし、『ご主人様』とはどういうことだ?」
エクトルテさんが首をかしげる。
アルマはもちろん、日本のお客さんの目が無いのを良いことに、元気に応えた。
「わたし、ご主人様の妹じゃないですよ? わたしは、ご主人様に仕える奴隷なのです!」
えっへん。と、ぺたんこの胸を張るアルマ。
エクトルテさんとエルミナさんの表情が凍る。
途端に場が重苦しい雰囲気に包まれた。
ぎぎぎ、と首を回して、エクトルテさんが冷たい視線をぼくに向ける。
「少年……これは、どういうことだ? きみは、人を奴隷にするような輩だったのか?」
「あ、アルマはぼくの妹みたいなものです! 他の人族に隷属させられていたのを解放したので、もう奴隷ではありません! 家族として迎えています!」
「もう! わたし、ご主人様にお仕えしたいです! 美味しいご飯を食べさせてくれたり、可愛い服をくれたり、可愛がってくれたりする、大好きなご主人様のおそばにいたいんです! 見捨てちゃやーです!」
「見捨てるわけじゃないけど! あのね、誤解を招くよね!?」
満面の笑顔でぼくに駆け寄り、抱きついてくるアルマの姿に、エクトルテさんは眉間に指を当てて苦々しげな顔で言った。
「……ま、まぁ、犯罪性が無いなら、良い。少年の人柄は理解しているつもりだ」
「てーか、そんなに懐いてるドレイなんて考えられないよね。本当に妹じゃないの?」
二人とも一応は納得してくれたようだ。
こんなに天真爛漫で、自己主張する奴隷なんて二人のイメージからかけ離れてるんだろう。無邪気なアルマの笑顔に、ほのぼのした空気が流れる。
と油断したところで、アルマはもう一つ爆弾を落としてくれた。
拳をぐっと握り締めながら、
「それに、妹だとご主人様のお嫁さんになれないです! わたしも、他のお姉さま方みたいにご主人様と添い遂げるためには、妹じゃいられません!」
「他の?」
「お姉さま方? ……ツナグくんの恋人って、ミスティちゃんじゃないっけ?」
眉根を寄せる二人。
習慣の違いが分からなかったので、詳しい説明を省いていたのが仇になったようだ。
ぼくは観念して、ミスティとシャクナさん、オルタを手招きした。
「説明が遅れてすみません。……日本の法律では一夫一妻制なんですが、カトラシアとエルフの里では一夫多妻制が許されてます。ミスティとシャクナさんとオルタは、ぼくの婚約者なんです」
ぼくに身を寄せて、笑顔で揃いの指輪を見せ合う婚約者たち。
アルマがそこに混じろうともがいて、シャクナさんに止められていた。
ひゅう、とエルミナさんの、のん気な口笛が響く。
エクトルテさんは、もはや驚きに声も出ないようだった。
「やるねぇ、ツナグくん! 三人も相手で、大丈夫なの?」
「三人とはまだ清い関係です。ぼくの年齢的な問題で」
きわどい姿は何回も見てるけど。
エクトルテさんは口元に手を当てながら、深刻な表情で何かをつぶやいていた。
「倫理に反する……いや、法で許されているなら、文化の違いか。責めるわけにもいかぬ……でも三人も……むしろ、いっそ私も少年と……いや、それでは伯爵家が……」
ぼそり、とエルミナさんが横から耳打ちする。
「……恋人いるけど、狙っちゃってもおっけー」
「くっ、何ということだ! ……だが騎士たる者、そんな誘惑に負けはせぬ!」
何を盛り上がってるんだろう?
ぼくらは、あたふたするエクトルテさんが落ち着くまで、置いてきぼりにされていた。