女騎士さん、変身する
「こちら、ぼくの上司の角田社長と、とてもお世話になっている春村会長です」
「改めまして、角田古物商代表取締役、角田邦明です。異世界の伯爵騎士様におかれましては、お目にかかれて光栄に存じます」
「春村物産会長、春村俊彦です。日本では商いの元締めのようなものに属しております」
里の観光を終えたため、日本の状況を軽く説明する。
日本は法律で戦争が禁止され、商業主体の国になっていること。春村会長はそこで相応の地位を持っていることなどを説明して、貴族のいない日本での二人の立場を説明した。
日本の常識を混乱させないで『道具』を販売するには、二人への相談が必須だ。
エクトルテさんは厳粛にうなずき、目礼して手を差し出した。
「ご存知かと思いますが、アーケンハイド大公家の名代、伯爵位を拝しますエクトルテ・シュトレーズにございます。貴族という階級制度がないとのことですので、お二人の地位に鑑みて同位の礼を取らせていただくことをご了承ください」
「民間代表のエルミナ・クインテッドだよ。よろしくね! 難しい話はエクトルテに任せてあるから、後は頼んだ!」
角田社長と春村会長がそれぞれ、エクトルテさんとエルミナさんの手を握り返す。
場の空気が落ち着いたところで、春村会長が感嘆した声を出した。
「輸入品目の『傷薬』と申されましたか。外傷への投薬治療が可能になるということで、我が国の医療技術がひっくり返りそうですな」
「クルトの話によると、この里の手本になったニホンの医療技術と知識は大変発達しているとお聞きしましたが」
「はい。ですが、外傷への治療に対しては、投薬によって悪化を防いだ後は、縫合などを用いて回復自体は自然治癒力に頼ったものとなっております。単純に外傷の復元を投薬で行うという技術はございません」
自然治癒が基本になると、本人の体力や免疫力等に依存することになる。
そこに、誰でも使える魔術的な効果の『傷薬』が使えるようになると、重症患者や老人、子どもなどの体力的に難がある患者の手術なども容易になると考えられる。
ただし、常識外の効果を持つ物は必ず出元が問題になる。ぼくの存在を公にした場合、安全が保持されないという理由で一般への頒布は見送られた。
春村会長経由で限定的に流通して、どうしても避けられない人命救助の場合などに、秘密裏に緊急使用される程度に留まるだろう。
日本側が目をつけたのは、熱を発する道具、『火硝石』だ。
「私どもとしては、熱を発する石を加工すれば、電源に依存しない温熱器具などを生産できると考えております。冬場に向けての商品開発を考慮しておりますので、そちらの方を取引させていただければ幸いですな、エクトルテさん」
「なるほど。わかりました、ハルムラ殿」
春村物産の商品開発部に持ち込んで、自社製品を研究してみるそうだ。
安全性の確認も含めて、すぐには商品化は無理だけど、現物があるので半年もあれば少量への低温破砕加工は可能だろうということ。
商業的なお話が終わったところで、角田社長が一歩前に出た。
「このたびは、当社の従業員が大変お世話になりました。社の代表としてお礼を申し上げます、エクトルテさん」
「当然のことをしたまでです、カドタ殿。それが縁となってこうして友好的な他国とのご縁が結べたことは天の配剤だと感じております。いや……少年の力かな?」
「まぁ、繋句が結んだご縁ですから。これからも交友を結べると確信しております」
「少年はとても信頼されているのですな。私個人としても同じ思いです。どうぞ、よろしく」
「はは、それだけではありませんよ。『迷宮』や探索者などの貴国の仕組みを思えば、信用がおける国柄という考えにも及びましょう。よろしくお願いします」
そう言って、社長はエクトルテさんと握手を交わした。
何だろう、今のやり取り。社長はぼくの考えが及んでないことまで読み取ってるような素振りだ。でも、確かにクルトさんたちを始め、エクトルテさんも悪い人じゃ無さそうだから安心してるけど。
そのうち、ぼくにもわかるかな?
挨拶が終わったところで日本に移動しようということになったけれど、問題になるのが衣装だ。
エルミナさんの格好はともかく、エクトルテさんの騎士鎧は脱いでもらわないといけない。日本の説明で安全性は納得してもらえたので武装解除には応じてもらえたけど、衣装を調達しなければいけない。
というわけで、まずはデパートに行って婦人服を購入することになった。
門をくぐって、ベル・エ・キップ商業部の来賓室に移動する。
春村会長の指示で衣類の在庫が運び込まれ、男性陣が外に出てお着替えとなった。
着付けの担当は、日本文化に慣れてるミスティだ。
着替えの終わったエクトルテさんは、休日のキャリアウーマンと言った装いに変貌していた。
タイトスカートにストッキング、パンプスで足元を固め、夏用に開襟の薄いデザインブラウスを着た。特筆すべきは、化粧だ。
化粧品売り場担当の女性店員の指導の下にエクトルテさんの化粧が行われ、凛々しい目元が強調され、口元には薄い紅が引かれていた。
貞淑さと規律の中に女性的な色香を秘める、凛とした美女がそこにいた。
舞台に出ても映えるだろう、女優然とした赤毛の麗人の完成だ。
「ど……どうだろう、少年……? 武人たる私には、やはり化粧は似合わないだろうか」
「とても似合ってますよ、エクトルテさん。凛々しくて、綺麗で、見蕩れてしまいそうです。きっと誰もが憧れる素敵な女性ですよ」
「そ……そうか。貴族たるもの、化粧の心得はあるが、ここまで見事に飾り立てられたことは無い。この世界の化粧品は、素晴らしいものだな……」
気恥ずかしそうに頬に手を添えるエクトルテさん。やはり貴族というべきか、本人の顔立ちが良いことが大きいんだろうけど。
こんな人が会社の上司だったら、職場の男性たちが放っておかないだろうな、と思う。
「その格好してたら、縁談も増えるんじゃないの、エクトルテ?」
からかうように、カジュアルスタイルに着替えたエルミナさんが笑いかける。
すると、エクトルテさんは顔を真っ赤にして慌てた。
「ば、馬鹿を言うな、エルミナ! 少年の前で……じゃなくて、わ、私は、政略結婚の道具になるつもりは無い! 騎士としての職務が優先だ!」
「どうでもいいけど。ツナグくん、もうお相手いるからね?」
「くっ……殺せ!」
何で!? どこから、いきなりそんな物騒な結論に!?
話のつながりが見えませんでしたけど!?
羞恥に頬を染めて、悔しそうに歯を食いしばるエクトルテさんをなだめ、とりあえずこれからの予定を立てる。
「とりあえず店内を眺めた後は、交通機関を使ってぼくらの会社まで移動しようと思います。お二人の宿泊はホテル……宿の上部屋を取ろうと思いますが、それで構いませんか?」
ぼくの家に泊めるのは人数と格式の問題から無理があるので、素直に市内の大型ホテルに部屋を取ることにした。
奮発して、一泊数十万するスイートを予約してある。これは、会社の経費じゃなくてミスティを助けてくれたお礼としての、ぼくからの謝礼だ。
クルトさんが来ることも想定して、寝室が個別についている部屋を取っている。
そのことを説明すると、エルミナさんが難しそうな顔をした。
「うーん。ここの文化って、見るからにあたしたちの世界と違うんだよね。二人だけで泊まるのは不安だから、ツナグくんがクルトの部屋を使って、一緒に泊まってくれないかな?」
「ああ。そうですよね、案内がいた方が良いかも。じゃあ、ミスティにお願いし――」
「いやいや。そこはツナグくんに来て欲しいな! よろしく!」
……えっ?
良かった、これで安心だ、と楽しげに笑うエルミナさん。うやむやの内に押し切られてしまったけど、どういうこと? 同じ女性のミスティじゃダメなの?
いや、寝室は別だから問題は無いかもしれないけど。
話についていけずに目に見えて慌てるエクトルテさんの背中を、エルミナさんが大声で笑いながらバンバンと叩いている。
何事か耳打ちされ、エクトルテさんは恥じらいながらぼくに向けて言った。
「そ……その……何分、私たちは初めてなのだ……よろしく頼む、少年」
あ、はい。わかりました?
どうにも、何か企まれた予感がしてならない。