女騎士たち再び
「エルフの里へようこそ、エクトルテさん、エルミナさん!」
門をくぐり、異世界から渡ってきた二人を出迎える。
里の広場には、村長さんや命を救われたミスティを始め、新しい異世界人と初めて出会う角田社長や春村会長が参列していた。
「やーやー、お出迎えありがとさーん! よろしくねーっ!」
屈託無く、エルミナさんが大きく手を振る。
エクトルテさんは対照的に無言で会釈する。向こうの世界からこちら、ぼくの姿を視界に収められる立ち位置をキープしてるのが気になるけど。
まぁ、いいか。
仕事開始から二日を経て、頃合を見計らってぼくはアーケンハイドに向かった。
交流と貿易に対する返答を聞くためだ。
そこでぼくは、意外なほど熱烈に出迎えられた。
原因は、クルトさんに渡した治療魔術だ。
どうやら国主であるアーケンハイド大公が重い内臓疾患にかかっていたらしく、床に伏せっていたそうだ。
そこでクルトさんが国主代理であるクロワーゼさんに魔術のことを報告し、他の病人による実験を経た後で大公に診断と治療を施したのだとか。
結果は見事に完治。
現在は術後経過を診るために静養中だけど、理外の技術である魔術に感動した大公はクルトさんの話を聞いて、ぼくを介した異世界交流を前向きに検討してくれたそうだ。
ぼくが仕事の都合で長期滞在できないことを伝えると、すぐに公宮代表として親交のあるエクトルテさん、組合代表としてエルミナさんの異世界派遣が決まった。
ちなみに、クロワーゼさんとクルトさんは今回はお留守番だ。
クロワーゼさんは、引退を決めた大公の後継者として。
そしてクルトさんは、現状アーケンハイド唯一の魔術を使える者として、それぞれ最重要人物に指定されているために国内から出ることを許されなかった。
クルトさんにいたっては、現在は探索士のお仕事と魔術の研究協力で忙殺されていて、今後こちらに来れる時間的余裕も無いのだとか。
クルトさんが来られなかったのは残念だけど、その穴を埋めるようにエルミナさんが里の皆に向けて笑顔を振りまいていた。
「ってなわけで! 異世界の視察は、あたしとエクトルテがやるよ! よろしくね!」
「他の世界の事は右も左もわからぬ。良しなに頼む、少年」
「それは良いんですけど……普通、視察って文官の人も一緒じゃないんですか? 武官のエクトルテさんと、民間代表のエルミナさんだけで良いんでしょうか」
ぼくの質問に、こほん、とエクトルテさんが咳払いをした。
「何分、文化の違う場所だからな。粗相が無いように……というのは建前で、万が一の際に実力で切り抜けられる私とエルミナが選ばれた。特に私は、普段からクロワーゼ様の公務も手伝っていて、半分文官のようなものだ」
周囲に宮廷の人たちの目が無くなったので、エクトルテさんがぶっちゃける。
まぁ、向こうからしてみれば皆目見当の付かない世界だからね。
上の立場の人たちが警戒して躊躇するのは正しいと思う。
「その点、我々は少年を信用している。互いに気兼ねなく交流できれば嬉しい」
「こちらこそ。休暇だと思ってくつろいでいってください。エルフの里の文化だけでなく、日本の文化も見てもらうつもりですから」
互いに握手を交わし、里を案内する。
村長さんの紹介は済ませているので、日本人として角田社長と春村会長を紹介した。
互いに会釈していたけど、エルミナさんだけ仕草がぎこちない。
自由奔放な分だけ、かしこまった場が苦手なんだろうなぁ。
ひとまず里の中を見学して回って、村長さんの家での昼食会となった。
二人の関心は、やはりと言うか、魔術にあるようだった。
「その点に関しては、専門家に話してもらいます。――お願い、オルタ」
「承った、師よ。ここより離れたバルバレアという人族の王国で筆頭宮廷魔術士をしておる、ロアーヌ公爵位、オルティミシアじゃ。よろしくお頼み申す」
「アーケンハイド大公家の名代、伯爵位を拝しますエクトルテ・シュトレーズにございます。公爵閣下にはご機嫌麗しく」
座礼を交わし、互いに居住まいを正す。
エクトルテさんたちの要求はわかっていた。
アーケンハイド――向こうの世界で、魔術を普及させられないか、という話だ。
「うむ。結論から言うと、個人差はあるが可能じゃろう。エクトルテ卿には魔力の兆候が見られる。魔力の有無はほとんどが先天的なものじゃ。万人が使えるとは限らんが、素質のある者ならばそちらの世界でも使えよう」
ぼくに魔術を渡した先代の存在を考えても、魔力というのはカトラシア特有のものではなく、人や生命の持つ能力の一つだと思われる。
ちなみに角田社長、春村会長、武田さんは、揃って魔術を覚えるには向いてないという太鼓判が、かなり前にオルタによって押されている。
オルタの回答に、エクトルテさんの表情が心なし輝く。
言外に才能が無い、と告げられたエルミナさんは残念そうだ。
「では、オルティミシア閣下。その技術を教授してもらうわけにはいかないだろうか」
「オルタで構わんよ。――軽々に頷くことはできぬが、対価として『迷宮』と『道具』に関する知識や技術を、この里の者に教えてもらうのが妥当かの。……のう、師よ?」
「……オルタ。そこは、王国の人に教えるんじゃなくていいの?」
ぼくが素朴な疑問を口にすると、オルタはゆっくりと首を振った。
「やめておいた方が良い。バルバレアには、まだ奴隷制が残っておるでな」
「……あ!」
ぼくは思わず、日本にいるアルマのことを考えた。
そうだ。心の中から物資を採れるということは、人が畑になり、鉱山になるということだ。人の存在そのものが、直接的な資源になる。
奴隷制が存在する場所でその法則が適用されるということは、人間を資源を生む家畜として囲い、虐げることを促進する結果につながりかねない。
「エクトルテ卿。アーケンハイドでは奴隷制は……?」
「二百年ほど前、奇跡が法則を変えてから二十年たたずに全世界で禁止された。資源を生む、人の数が国の豊かさに直結するのでな。闇商人による奴隷狩りがはびこった歴史があり、国力低下と戦争を防ぐために、奴隷制度は国際的にも最大の罪となっている」
エクトルテさんは奴隷制がまだ残っているという事実に、微かに眉間にしわをつくりながら憮然と答えた。
オルタが神妙な表情で、予想通りと言わんばかりにうなずく。
「じゃろう。じゃから、奴隷思想とは無縁なこの里の内に留めた方が良い。『道具』とやらを流通させるのは賛成じゃが、出元と生産方法は秘した方が良かろうな」
「オルタ卿。失礼ながら、この里に奴隷は?」
「おらぬよ、エクトルテ卿。この里と日本には奴隷制が無い。バルバレアの者としては複雑な思いじゃが、この里と日本を窓口に交易されるのがよろしかろう」
オルタはたぶん、ぼくの立場を考えてそう言ってくれているんだろう。
学問的な魔術の研究は、バルバレアが随一だ。奴隷化も含めてバルバレアで利益を占有することも可能なのに、仲介するぼくの立場を考えて互いに遺恨の残らないよう最適な答えを提示してくれている。
感謝を内心に秘めてオルタの方を見る。
と、考えていることが伝わっていたのか、オルタはしたり顔で片目を閉じた。
可愛らしいその答えに、ぼくは笑顔を返す。
里と日本の現状を聞いて、エクトルテさんの表情もいくらか和らいでいた。
魔術と探索技術の取引は、互いに明るい空気で話が進んでいった。