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ショート・グッド・バイ


「この笛の名は、『呼び声の笛(ローレライ)』。効果は周囲の獣を呼び寄せることですね。挑発的な意味でなく、気性をなだめる効果があるので獣を飼い慣らす場合に使うと良いでしょう。暴れる獣に襲われた場合に、落ち着かせることもできます」


 クルトさんが、緑の首飾りに触れながらそう教えてくれた。


 ぼくらが今見ているのは、ミスティの神殿に祀られていた『希少種(レア・アイテム)』だ。

 帰り際に回収してきた希少種の能力を調べるべく、鑑定してもらっているのだ。


 ホイッスルのような小さな笛だけど、効果は意外に幅広そうだ。

 狩りにも牧畜にも、いざというときに森で身を守るにも使えるという便利な笛なので、説明を聞いたミスティは嬉しそうに表情をほころばせていた。


 さすが『希少種』、便利だなぁ。


 ちなみに、どうやって調べたかというと、


「これが僕の希少種、『記憶石(トリスメギストス)』です。能力は周囲にある『道具(アイテム)』を探知して、その効果を文章化・記憶すること。エルミナたちの戦闘用希少種に比べると効果は地味だけど、とても便利ですよ」


 クルトさんが、首から提げている緑の首飾りを示しながら言った。


 さしずめ『鑑定』の能力持ちだろうか。

 本人の言うとおりに一見地味に思えるけど、これはとんでもない特殊能力だ。初見じゃ使い方のわからないものの価値を正確に測ることのできる、事象の情報化と言える。

 物の価値と情報の重要性は、古物商に勤めるぼくはよく知っている。

 ぼくや角田社長を始め、商売人ならのどから手が出るような能力だ。


「まぁ、僕としてはこの『積土』のサンプルが貰えたのが一番大きいですけどね」


 クルトさんはそう言って小さな布袋を持ち上げた。

 中に入ってるのは、第一層の森林から採れた土だ。これも立派な『道具(アイテム)』で、効果は植物の成長促進。要するに腐葉土のような肥沃な肥料だということだ。


 おそらく『根気』の象徴ではないかとクルトさんは分析しているけど、本来『根気』や『忍耐』は別の道具が現れるとか。

 その話を聞いてぼくは、この世界で虐げられても耐え続けたエルフたちの心が結実したものなんじゃないかと思ってる。

 クルトさんも初めて見た道具だそうで、興味深そうに観察していた。


「さて、美味しい朝食と昼食をありがとうございました。僕らは、これで自分たちの世界に帰ろうと思います」


「え、もう帰っちゃうの、クルト!?」


 意外そうに叫んだのは、エルミナさんだった。日本の調味料と調理法を気に入っていたようで、後ろ髪を引かれる思いが顔に出ている。


「そうですよ、クルトさん。もう少しゆっくり休まれていってください」


「ありがとうございます、ツナグさん。お気持ちは嬉しいんですけど、僕も自分の世界にたくさんの患者さんたちを残してきてますので。僕を頼って待ってくれてる人たちを置き去りにするわけにはいきません」


 クルトさんは、心理医療職である探索士として、誇りに満ちた笑顔で言った。

 そうだよね。クルトさんは向こうで先生と呼ばれる立場の人だ。

 多くの人に慕われていて、その期待に応える誠実さを持ってる。

 名医と言うべき立場の人だろう。


「私も、クロワーゼ様に報告せねばならぬので一度帰ろう。少年の提案は伝えておく」


「残念です、エクトルテさん。でも、とても助かりました。どうかクロワーゼさんにもお礼を伝えてください」


 あくまで職務を優先する二人を引き止める言葉を持たず、ぼくは深々と頭を下げた。もう少し、こちらや日本の文化を楽しんでいってもらいたかったけど。


 そう寂しい気持ちに包まれていると、エルミナさんが寄ってきてぼくに耳打ちした。


「ツナグくん。守護剣(ティルフィング)みたいな『希少種』ってね。本人の精神力で動かすんだ。疲労は『ぷるぷる』で回復するけど、精神の消耗はそうは行かないからね。エクトルテも平然としてるけど、本当はやせ我慢だと思うよ」


「そうなんですか!? それなら、なおのこと休まれていった方が……」


「だいじょーぶ。もっと元気になる方法があるから!」


 いたずらめいたエルミナさんの耳打ちに、ぼくは思わず表情を引きつらせた。

 は、恥ずかしい。

 でも、それが一番エクトルテさんの元気が出るというのなら、お礼としてやらねばならないことだろうか。でも恥ずかしい。


 ぼくは躊躇を振り切って、エクトルテさんに歩み寄った。


「え、エクトルテさん」

「何だ、少年?」


 もじつく身体を抑えながら、背の高いエクトルテさんを見上げる。たぶん、ぼくの顔は今、真っ赤になってるはずだ。


「その…………助けてくれて、ありがとう。……お姉ちゃん……」


「結婚しよう、少年。幸せにするから」


 笑顔のまま、エクトルテさんは本能全開で鼻血を垂らした。だばだばと。

 ぼくに襲い掛かろうとするエクトルテさんを、クルトさんが必死に止める。


「離せクルト! この出会いは運命だ、私はこの子の生涯を守らねばならぬ!」

「落ち着けよエクトルテ、相手は立派な成人だぞ!?」

「だがそれが良い!」


 成人だから問題ない、と騒ぐエクトルテさんをなだめるクルトさん。

 常識人の懸命の説得により、何とか落ち着いたようだ。


「そ……そうだな。少年には恋人がいる。それに……私のような筋肉を鍛えた男女など、少年にはふさわしくないだろう……ふふ、やはり可憐な花は眺めて愛でるのみ、か」


 自嘲気味につぶやくエクトルテさん。

 騎士職だし、鍛えてるから男性からは色目で見られて敬遠されるんだろうか。

 そんな、卑下することは無いと思うんだけどなぁ。


「エクトルテさんは凛としていて綺麗な人だと思います。ぼく、エクトルテさんみたいな立派な人、好きですよ。とても素敵だと思います」


 年上の女性を姉のように呼んだのは、武田さん以来だなぁ。

 この人もいつか良さを認めてくれる人と巡り会って、幸せになれれば良いと思う。

 そんなことを考えていると、エクトルテさんは凛々しい顔を朱に染めて、真顔で言った。


「式はいつ挙げる、少年? 少年が望むなら、私は良き妻にも良き夫にもなろう」

「その辺にしとこうね、エクトルテ! これ以上は本気で襲っちゃいかねないからね!」


 じたばたと暴れるエクトルテさんを羽交い絞めにして、エルミナさんが無理やりぼくから遠ざけていった。えーと、あの特殊な趣味の人に、幸あらんことを。


「それじゃ帰り道をお願いします、ツナグさん。――次に来たときは、魔術を含めた医療技術なんかを学びたいですね。どうも僕らの世界は『傷薬』に頼って、医術への理解がこちらより遅れがちのように感じたので」


 その言葉に、ぼくはふと考えていたことを口に出した。


「クルトさん。人を癒す魔術が使えたら、どうします?」


「それは良いですね。今は心の調子だけですけど、僕の世界には『道具』では抗えない疫病や未解明の疾患なども多くあります。たくさんの人を、救えるようになりたいですね」


 この人なら。

 未知を恐れず心に飛び込み、他人を救うこの人なら。

 超常の力を正しく使ってもらえるだろうか。

 力を狙う悪意や不条理に抗い、志を貫けるだろうか。


 ぼくは、決意した。


「クルトさん。帰る前に、ぼくからの謝礼を代金として受け取ってもらえませんか?」


「何でしょう? 無理はしなくても構いませんよ、交易の利益が上がればクロアから代わりに受け取りますから」


 クルトさんに受け取って欲しいんです。

 魔術の無い世界で、魔術を得た人がその力を真っ直ぐに使えるのか。


「あまり大げさには広めて欲しくないんですけど、ぼくは自分の魔術を写して他人に渡すことができます。人を癒す治療魔術と、それを制御する魔術の一部を渡します」


 ぼくはクルトさんの手を取って、制御魔術を起動した。

 医療魔術と、外科・内科的な診察に使える制御魔術の一部を渡す。


 淡い光に包まれ、クルトさんは目を瞬かせた。

 突然に得た解析能力と知識に、戸惑っているんだろう。


 ぼくは、クルトさんに向かって頭を下げた。


「どうか、その力を多くの人のために正しく使ってください。見知らぬぼくの恋人を、世界を渡って救いにきてくれたクルトさんなら、それができると信じてます」


 クルトさんは、しばし呆然と自分の手を見つめていた。

 けれど、やがてクルトさんは清廉な微笑みを浮かべ、ぼくに向かって頭を下げた。



「受け取りました。約束します、この力を多くの人々のために役立てると。――ありがとう、ツナグさん。僕らにとって、これはきっと、世界が救われる贈り物です」



 ぼくらは明るい未来が先にあるよう、互いに願いながら、握手を交わし合った。


 遠い世界を隔てた、新しい友人と。




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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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