戦友たち
ミスティの救出を終えたとき、時刻はすでに深夜を回っていた。
遺跡に行き、呪いを受け、異世界に行き、帰ってきてミスティを助けたのは、たった一日のことだった。
長い長い、気の遠くなるような一日だった。
クルトさんたちは村長さんの家に泊まり、翌日の経過を見て元の世界に帰ると言った。
それを引き止めたのは、ぼくら全員だ。
わざわざ遠い異世界から、初対面のぼくの頼みを聞いて往診しに来てくれたのだ。
それも、身体を張って。
精一杯のお礼をせずにはいられなかった。
寝床が足りないので、ぼくは里のシャクナさんの家で泊まることにする。
ベッドを寄せて、ミスティも、シャクナさんも、オルタも、アルマも、みんな一塊になって寝た。夏なので暑苦しいだろうと言ったけれど、みんなは譲らなかった。
きっと、突然飛び出していったぼくを、本当に心配してくれてたんだろうな。
起きたら皆にお礼を言って、謝ろう。社長にも一言お礼を言っておかないと。
一緒に眠る間、ミスティは、ずっと隣でぼくの手を握っていた。
ぼくはその手のぬくもりに安心して、深い眠りに落ちていった。
*******
「うわぁ、ずいぶん豪華な朝食だね!」
翌朝、朝食の席でエルミナさんが驚いた声をあげた。
テーブルの席には、早起きした村長さんたちの手による皿が所狭しと並んでいた。
朝なのであまり重たい料理は作っていないけれど、酵母を使った焼きたてのふわふわ白パンを始め、かぼちゃのポタージュ、日本のドレッシングを使ったシーザーサラダ、冷製ロースト肉、卵の茶碗蒸し風プディングなどが並べられている。
ゼラチンを使った野菜と白身魚のゼリー寄せは、日本で食べ歩きをしているシャクナさんと、空冷魔術を使えるオルタの合作だ。
ぼくも、早朝から日本のコンビニや朝市でゼラチン等を買ってくることになった。
下処理をして盛り付けた緑黄色野菜や白身魚を、スープのゼリーで閉じ込めてある。透明なゼリーが朝日にきらめいて、具材が色鮮やかな、見た目にとても美しい料理だ。
もちろん、味だって良い。ゼリーが野菜や魚の臭みを消して、淡白な野菜や白身魚が適度な塩気のあるスープの味で引き立てられる。
冷たいゼリーのぷるぷるとした食感がのどを滑る、胃にも重たくない料理だ。
「ささ、存分に召し上がってくだされ。昨夜の大仕事で、食事も満足に摂る暇が無かったと聞いております。多すぎるなら残されても構いません」
村長さんが、心からの笑顔で三人に料理を薦める。
昨日一日の強行軍で空腹だった客人たちは、喜色満面で食器を手に取った。
「ありがとうございます。遠慮なく、いただきます」
三人は、食べ方にもそれぞれ個性が出ていた。
エルミナさんは豪快に大量に。
クルトさんは粛々と冷静に。
エクトルテさんは上級騎士という貴族階級らしく、見事な作法で食事を口にする。
「美味しいーっ! 食べたこと無い料理ばっかりだ! この世界に来て良かった!」
「本当ですね。特にこの、黄色いスープの甘さと、ぷるぷるしたものに包まれた野菜や魚の食感がたまりません。こんなに美味しい料理なら、いくらでも入りますね!」
「ふむ、まるで貴族の食卓のようだ。失礼ながら、この世界では庶民でもこのような食事を日常的に食されるのか?」
エクトルテさんの素朴な質問に、村長さんが和やかに答える。
「今日は皆様への感謝として、特別な料理を供しております。普段はもう少し質素ですとも。ですが、この里は日本というまた別の異世界と交易をしておりますので、このような食材や調味料、料理法などが手に入ります」
「へー。ニホンって美味しいねぇ、クルト!」
「いや、エルミナ。食材じゃなくて世界だろ……村長さん。そのニホンというのは、ずいぶん文化的に発達している場所のようですね?」
「はい。魔術の無い世界らしいのですが、別の技術を探求してこの世界より数百年ほど進歩しております。そこにいらっしゃるツナグ殿の故郷で、交易もツナグ殿のお力ですな」
村長さんから紹介に預かり、ぼくはぺこりと頭を下げる。
クルトさんとエクトルテさんは、ぼくを通して日本に感嘆の視線を向けていた。
ちなみに、エルミナさんは食事に夢中だ。性格が出るなぁ。
「クルトさん。この里は銀製品を対価に日本と交易しています。日本では既得権益と常識の問題で頒布は難しいんですけど、クルトさんの世界の『道具』も交易させてもらえませんか?」
「なるほど、良いお話です。ですけど、それにお答えするのは僕の立場じゃ無理ですね。……だよね、エクトルテ?」
「そうだな、私からクロワーゼ様にお伝えしておこう。色好い返事が聞けるはずだ。だが、頒布が難しいとなると小規模な取引にしかならないのでは?」
エクトルテさんがナプキンで口元を拭きながら、冷静に指摘する。
女優みたいに凛々しい上に、作法も整ってるから一挙一動が絵になるなぁ。
「大丈夫です。主な流通はこのカトラシア大陸も視野に入れてますから。場合によっては、この世界と日本とアーケンハイド、三ヶ所の三角貿易になるかもしれませんね」
「三角貿易? ……ああ、なるほど。そういうやり方もあるか」
かつて地球で行われた、イギリスとインドと中国、三カ国による貿易。
二国間では貿易収支のバランスが悪い場合に行われるやり方だけど、取引品目が明確に決まってない現状なら取り入れる余地はある。
エクトルテさんは、目から鱗が落ちたように新しい貿易方法について考え込んでいた。
「お客人、飲み物のお代わりはいかがだい?」
横から、給仕役をしているシャクナさんが飲み物を運んでくる。
朝食ということで、瓶入りのフルーツジュースだ。
「ありがとうございます。この世界の皆さんは、お美しいですね」
「あはは。そう言ってくれるのは、嬉しいねぇ」
社交辞令として笑顔を向けるクルトさんに、シャクナさんは軽く笑った。
その様子に慌てたのは、エルミナさんだ。
「な、何にやけてんのさ、クルト!? ダメダメ、いくら綺麗だからって、クルト取っちゃダメ!」
「ふむ。エルミナは相変わらず大変そうだな。クルトの顔ならば、この世界でも好意的に捉える者は多いだろう」
エクトルテさんのその言葉に、ぼくは思わずシャクナさんと顔を見合わせた。
クルトさんは爽やかな好青年を絵に描いたような、整った顔をしている。
ということは、つまり。
「あー、えっと。あの……実は、大変言いづらいんですけど」
「何でしょう、ツナグさん?」
ぼくは慎重に言葉を選びながら、このカトラシア大陸では美醜の基準が逆転していることを説明した。
その説明を聞き、クルトさんの笑顔が固まると同時に、エクトルテさんが笑いをこらえるような表情をしていた。
真っ先に反応をあらわにしたのは、エルミナさんだ。
「ってことは、この世界じゃクルトはブサイクなんだね! 良かった! クルト、良い世界だよ、ここ! いっそのこと移り住んじゃおうよ!」
歯に衣着せぬエルミナさんの喜びように、クルトさんは衝撃を受けていた。
「ぶ、ブサイク……僕は……ブサイク……」
逆転評価に喜んでいいのか悲しむべきか、クルトさんは頭を抱えていた。
本当にごめんなさい、クルトさん。
この世界だと、美形は主役になれないんです……