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迷宮探索の結末



 ミスティを捕らえる黒い呪いの茨。

 その本体を守護する巨大な黒騎士との戦いが始まった。

 背の高いクルトさんやエルミナさんよりさらに倍は大きい、黒塗りの騎士。片手に大きな騎士剣を持ち、もう片手には黒金の盾を構えている。ラウンド・シールドと呼ばれる円形の盾だ。


 騎士はその兜の下で獣じみた雄たけびを上げ、ぼくらに向けて剣を振りかぶり、襲い掛かってきた。

 距離を詰められる前に、エルミナさんとエクトルテさんが斬りかかる。

 黒騎士の剣とエルミナさんの大剣がぶつかり、激しく火花を散らした。


 騎士の上段からの一撃に、無双の筋力を持つエルミナさんが吹き飛ばされる。

 エルミナさんの腕力でも当たり負けする相手。近接戦だとかなりの強敵だ。

 すぐにエルミナさんは体勢を整え、騎士の追撃を受ける。横から、エクトルテさんの鎖が伸びて加勢していた。


「クルトさん。高威力魔術を使います、エルミナさんたちに距離を取るよう伝えてください!」


「難しいですね。相手の動きが機敏すぎる。距離を取る前に、詰め寄られかねません。今、エルミナたちは相手をこちらに近寄らせないように注力してるはずです」


「なら――」


 炎の中級魔術を即時起動(クイックスペル)と合わせて起動する。

 けん制を目的とした、小規模火力による精密射撃だ。けれど、黒い金属の鎧は多少の炎などものともせずに弾き返してしまう。

 大規模魔術を使えば撃墜できるだろうけど、発動までのラグで距離を詰められるとぼくには手立てが無く、かと言って、今のままではエルミナさんたちを巻き込んでしまう。


 エルミナさんとエクトルテさんの二人がかりで均衡を保っているところに、相手に加勢が現れた。

 神殿を埋め尽くした黒い茨が這いずり出し、意志を持つようにエルミナさんたちに向けて伸び始めたのだ。

 いけない。あの茨に捕らわれれば、動きが止まり、均衡が崩れる!


 二人がたたらを踏んだ瞬間、クルトさんが叫んだ。


「エルミナ! とどめはツナグさんがやってくれる! 相手の動きを止めろ!」


「あいよ! ――エクトルテ、ふた呼吸分だけ足止め任せた!」


「任されようとも! 守護剣(ティルフィング)、我が心を燃やし尽くすが良い!」


 宝剣から現れる鎖が倍に増え、遠距離から黒い騎士に絡みつく。

 その瞬間を見計らって、エルミナさんが黒騎士から離れ、大剣を振りかぶった。

 エルミナさんの胸元に下げられた白い水晶が、眩い光を放つ。



「出番だ、相棒! ――行くよ、『氷水晶(エクリオス)』!」



 ぼくの目に、信じられない光景が映った。

 エルミナさんの振り下ろした大剣を起点に、鋭利な氷の柱が生まれた。冷気が駆け抜けるように地面が瞬時に凍りつき、氷柱とともに神殿の床を氷結させていく。


 瞬く間に、巨大な黒騎士も、地面を這う黒い茨も、分厚い氷に包まれていた。


 ぼくは思わず目をみはった。

 この威力、氷の大規模魔術並みだ。

 発動と凍結の速度を考えると、魔術を超えるかもしれない。


「あれがエルミナの持つ『希少種』の能力です。ツナグさん、今のうちに!」


 クルトさんに声をかけられ、ぼくは我に返った。

 相手の動きが止まって、エルミナさんたちと離れているなら話は簡単だ。

 あとは、ぼくの本領だ。魔術の炎が煌々と燃え盛る。


 ミスティの救出を阻む呪いを、溶かして燃やし尽くす!


「――煉獄の猛火(インフェルノ・ブレイズ)!」


 氷に覆われた黒騎士も、地面を這う黒い茨も、灼熱の業火による火柱に包まれた。

 全力で放った炎の高威力魔術を前に、巨大な威容を誇っていた黒騎士はあっけなく霧散し、地面を包んでいた茨も、ミスティを捕らえた部分を残して綺麗に燃え尽きた。


「エルミナさん! エクトルテさん!」


 炎が消え去った後、途端に地面にへたり込んだ二人に、慌てて駆け寄る。

 ぼくらが駆け寄ると、エルミナさんは大剣を杖のようにして、気の抜けた笑顔を見せた。


「あはは、この規模を凍らせるとさすがにしんどいねぇ。頭がくらくらするよ。まぁ、後始末を頼める人がいて良かったってとこかな」


「心配するな、少年。すぐに回復する。……想い人のところへ、行ってやれ」


 二人は鞄から『ぷるぷる』を取り出し、疲労回復のために口にしていた。

 クルトさんがうなずき、休憩する二人を置いてミスティのところへ向かう。


 黒い茨はミスティを包むように取り巻いていたけれど、もう動き出す気配は無かった。

 慎重に茨を取り外し、ミスティの身体を解放する。

 ミスティの身体を抱きかかえ、ぼくは残りの茨を魔術で焼き払った。


 茨のトゲでついたかすり傷を治療魔術で癒し、ぼくは眠るミスティの顔を見る。

 ミスティ。

 ごめんね。危ない目に合わせて。

 もう一度起きて欲しい。

 ぼくに笑いかけて欲しい。一緒に美味しいものを食べて、一緒に日本で働いて。

 同じ時間を、過ごそう。


「……ツナグ?」


 やがて、抱きかかえるミスティのまぶたが、薄く開いた。

 にこり、と目覚めたての朝のように笑う彼女。

 ぼくはその笑顔を見て、心から安心する。


「……待ってた」


「うん。迎えに来たよ、ミスティ」


 ぼくの言葉に、嬉しそうにはにかむ彼女。

 ぼくは腕の中の彼女の身体を抱き寄せ、そして愛おしさを込めて言った。



「おはよう、ミスティ」



*******



 ミスティの話によると、ずっと夢を見ていたそうだ。

 暗い海の中でたゆたう夢。渦巻く暗闇に飲まれ、何かに体中を縛られていたとか。

 けれども、意識を保てず、叫ぶことも、助けを呼ぶこともできない。


 けれど、そんな景色が急に変わった。

 散漫な意識の中に天地が生まれ、全身を呑み込む渦は束縛の茨となった。


 これは、たぶんクルトさんたちの世界の奇跡――『迷宮化』のせいだ。

 心の中に迷宮が実在しているんじゃない。

 クルトさんの世界の人たちは、そこを訪れたぼくも含め、人の心を『迷宮』という存在に具象化させる能力を得ている、と考えた方が良い。


 それはそうか。

 心の中に『迷宮』という場所が存在するなら、人間だけじゃなく獣や他の生命まで入れることになる。それは褒賞としての奇跡ではなく、ただ人類の弱点の増加だ。


 そんな考えはともあれ、ぼくらは帰還することにした。

 まだ呪いが完全に消えたと限ったわけではないので、ミスティだけを先に帰し、ぼくらは疲れをおして来た道を引き返す。確認のためだ。

 一応、クルトさんの勧めで神殿に祀られていた『希少種』だけは回収しておいた。


 帰りの道中、出てきた少量の『悪鬼』は、ぼくが探知して遠隔魔術で駆逐した。

 動く甲冑など、呪縛に由来する悪鬼たちは、もう出てこなかった。


 古代の呪縛は、完全に解くことができたようだ。


 第一層の森林にたどり着き、ぼくらは改めて現実へと帰還する。




 目を開けると、みんながぼくらを囲んでいた。

 シャクナさん。オルタ。村長さん。そして――ミスティ。


 すべてを終えて、ぼくは皆に向けて言った。



「ただいま、皆」


「おかえり、ツナグ!」



 ぼくを出迎えてくれたのは、愛しい婚約者たちからの抱擁と、優しい口づけだった。

 ようやく、帰ってこれたね。





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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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