迷宮進撃
第二層は上階の森とは変わって、ぼくのときと同じ石造りの迷宮だった。
迷宮の構造は、きっとある程度共通しているんだろう。
指笛を使おうとするクルトさんを止めて、ぼくは『デック』を起動した。
出し惜しみはしない。異世界の大魔術士の本領発揮だ。
――制御魔術、『領域掌握網』。
「……この階層は把握しました。敵を殲滅します」
電子の動きに合わせて、火花が、ちり、と弾ける。
周囲が燃えない石造りなら、遠慮なく火力が使える。
炎の魔術、紅蓮の嵐。
魔術の光に包まれるぼくの姿を見て、三人は言葉を失っていた。
やがて遠隔魔術を起動し終え、ぼくは状況を説明する。
「ツナグさんは、そんなことができるんですか。規格外にも程がある……」
「あはは、楽で良いね! こりゃー、あたしたちの手は要らなかったかな?」
「愛らしい見た目に強力な奇跡……神話に出てくる、精霊のようだ……良い……」
エクトルテさんが夢中になった目をしているけど、気にしないことにした。
ともあれ、これで階段までの経路と道中の安全は確保した。
今回は『呪縛』からの解放が目的ということで、道具の回収は必要最小限という方針に納得してもらう。
最優先は呪いの甲冑の排除と、『迷宮』の深層への到達だ。
「道具の補充は進路上にあるものだけに限定します。一気に駆け抜けましょう!」
ぼくの誘導にしたがって、クルトさんとエルミナさんを先頭に、迷宮を駆ける。
途中、排除したはずの甲冑たちが復活していた。
駆ける勢いそのままのエルミナさんの一撃の前に霧散したけれど、それでも倒した敵が復活するのは脅威だ。
クルトさんによると、『迷宮』内では頻繁にあることだという。
「『悪鬼』を倒せば気分は晴れますが、心根や性格が変わるわけじゃありません。新しい悪鬼が湧き出してくるのは茶飯事です」
「この場合は、大元の『呪縛』を何とかしないと、すぐに湧いてくるだろうね!」
「案ずるな、少年。それら有象無象を片付けるために我々がいる」
エクトルテさんの言葉通りに、道中を塞ぐ甲冑たちは前衛の三人がすぐに対処してくれる。一撃で打ち漏らせなかった敵は、クルトさんたちが足止めしている間にぼくが魔術で撃ち抜く、というコンボが成立した。
二層を駆け抜け、三、四階も同様に最短距離で攻略していく。
そして、第五層に辿りついた。
「……あれ?」
領域掌握網を発動して、ぼくは眉根を寄せた。
エルミナさんが不思議そうに尋ねてくる。
「どうしたのさ、ツナグくん? 何か問題あった?」
「いや……この階なんですけど、他の階と造りがまったく違うんです」
「どんな風にだ、少年?」
「この通路の先に、大きな部屋と建造物みたいな反応があるだけです。何ていうか、他の階みたいに、通路と小部屋で区切られてません」
ぼくの曖昧な説明に、三人は顔を見合わせた。
エルミナさんの表情が厳しくなり、クルトさんも神妙な表情をする。
「クルト」
「間違いない。――『神殿』だ。違う世界の、違う種族にも存在するのか……」
神殿? というのは、宗教施設だろうか。
でも、ここは『迷宮』だ。決して宗教的意味合いを持つ建造物とは限らない。
疑問の表情に浮かべるぼくに、クルトさんが教えてくれた。
「『神殿』というのは迷宮の到達点です。人の心の聖域……とでも言えば良いんでしょうか。誰の心の中にもあり、そこには『希少種』の道具や、希少な知識が資料になって祀られています」
「知識、ですか?」
「天啓と言えばわかりますかね。その人の奥底にある、何かしらの答えが石碑となる場合があります。学者に多いですね、なので『希少種』は万人が持っているとは限りません。場合によっては天啓の方が有用ですが」
知識が力になる、というのはバルバレアでの国政改革でぼくも熟知している。
アーケンハイドの文明の進歩や『迷宮』に対する理解は、そうした天啓が深く関係しているのかもしれない。
天啓というより、ブレイクスルー的な閃きが迷宮の力で形を成してるんだろう。
ともあれ、この先がミスティの『迷宮』の最深部ということだ。
ぼくらは気持ちを整え、三人は手にした武器を構え、その先へと向かうことにした。
その部屋は、荘厳な空間だった。
大森林の地下の都市遺跡を思わせる高い天井に広大な広場。
その中に、石柱で囲われた大理石らしき白い神殿がそびえ立っていた。
だが、その白であるべき『神殿』は、今は黒く染め上げられている。
石柱を這い、神殿の中を覆う黒い茨で埋め尽くされているのだ。
その茨の中心に取り込まれるように、眠れる彼女の姿があった。
「――ミスティ!」
紛れも無く、ミスティ本人だ。
黒い茨の塊に埋もれるようにして、上半身だけが露出している。
「参ったね、クルト。実像が捕らわれてるよ」
「そうだね、エルミナ。――『精神汚染』だ。一刻も早く、救出しないとマズい。精神に実害が出る」
戦慄するように、二人がつぶやく。
ぼくの隣で護衛してくれていたエクトルテさんが、長剣と宝剣を手に一歩歩み出た。
「どうやら、威力偵察では済まなくなったな。二人とも行けるか?」
エクトルテさんの確認に、クルトさんとエルミナさんがうなずく。
「……その、コンタミネーションって何なんですか?」
「通常、『迷宮』には自分の意思以外で実像は結べません。奇跡の法則的に精神は不可侵のものとして保護されているんです。でも、稀に実像が『悪鬼』に捕らえられ、現実に帰還できなくなる場合があります」
「『悪鬼』に触れてる場合は、迷宮から離脱できないんだよ。だから、ああして実像を捕らえられちゃうと、精神が直接傷つけられちゃう。手遅れの場合は完治までに長い治療が必要になるね」
「そんな……!」
高い確率で最終的な安全だけは保障されていると思った『迷宮』。
けれど、離脱という最終手段が取れ無ければ、命に関わる危険な場所に変わる。
探索士という職業が、資格化されているわけだ。他人の精神に無闇に影響を及ぼさない、という職業意識だけじゃなく、地球のレスキュー隊のように高い技術が必要とされる。
「……でも!」
けれど、考え方によっては、これは窮地じゃない。
希望だ。
「ミスティがあそこにいる、ってことは、あの実像を救出して茨を駆逐すれば、ミスティが目を覚ます可能性も高い、ってことですよね?」
「そうなりますね。僕らの手が届く範囲で希望が見えたのは、僥倖かもしれません」
クルトさんが武器を構える。
エルミナさんが、エクトルテさんがそれに続いた。
ぼくらの接近に気がついたのか、神殿に満ちる黒い茨が動き出した。
その奥から、常人の倍はあろうかという巨大な騎士鎧が立ち上がり、茨を護るように立ちはだかる。
その無機質な瞳は、面貌に覆われた兜の奥で、鮮血のように赤く光を発していた。
呪縛から生まれた、巨大な黒騎士を前にぼくらは息を呑み、心を強く持つ。
ミスティを救うための戦いが、始まる。