呪いに挑む者たち
意識が閉ざされ、不明の闇が満ちる。
カトラシアでも、エルフのミスティが相手でも、問題なく『迷宮』に潜ることができたようだ。これは、迷宮探索の奇跡が『世界』ではなく『世界に住まう者』を対象としている、ということだろうか。
闇が晴れ、ぼくら四人は広大な空間で再会した。
ミスティの『迷宮』の第一層は、広大な大森林に囲まれた、草原だった。
「迷いの森にご招待、ってとこかな!」
場の空気をほぐそうとしたエルミナさんの声が草原に響く。
エルミナさんは笑顔で、背負った大剣を構えた。
第一層は、黒い鎧に身を包んだ敵で溢れかえっていたからだ。
「亡霊騎士、動く甲冑……騎士系の『悪鬼』は『傲慢』の象徴ですが、様子がおかしい。姿形が『悪鬼』のものではなく、明確に形作られている」
「ミスティの性格に、傲慢なところは無いです。これは、別の要因ですか?」
クルトさんの分析に対して、ぼくが尋ね返す。
クルトさんは短くうなずいた。
「おそらく、呪縛の影響でしょう。精神に対する束縛が、この騎士群の姿を取って現れているんです。呪い本体の防壁となる、番兵といったところでしょうか」
「全部ぶっ倒せば、問題ないよね!」
エルミナさんが大剣を手に駆け出す。軽々と振るわれた巨大な刃の一撃で、即座に二体の甲冑が黒い霧へと返った。
「エルミナは、僕らの世界で言う英雄症候群……生まれつきに人並み外れた筋力を持つ極めて稀な体質です。それが原因で本人は苦労もしてきていますが、その戦闘能力はギルドでもトップクラス。戦闘評定A+という、最高評価を持つ探索士です」
クルトさんの言葉を裏付けるように、エルミナさんは身長ほどもある大剣を枯れ枝のように軽く振り回し、縦横無尽に敵を切り裂いていく。
強い敵は自分の出番だ、と豪語した理由がわかった。
さすが本職。クルトさんの剣技をも超える、無類の戦闘力だ。
「クルト。エルミナの戦闘力は我々の切り札だ、露払いは私が代わろう」
エクトルテさんが右手で腰に下げた長剣を抜き、左手にクロワーゼさんから受け取った短剣を構えた。
二刀流――いや、盾代わりに防御に使われる短剣を、角田社長が仕入れてきたことがあったな。形はかなり違うけど、マインゴーシュ、とか言う中世の武器だったっけ。
「ツナグさん、良い機会です。よく見ておいてください。あれが僕らの世界の『魔法』とも言うべき――戦闘用の『希少種』の威力です」
クルトさんが、ぽつりと、ぼくに向けて笑顔でつぶやいた。
ぼくは意味もわからないまま、エクトルテさんの一挙一動を注視する。
エクトルテさんは短剣を天にかざし、そして叫んだ。
「行くぞ、主より預けられし宝剣よ! ――目覚めよ、『守護剣』!」
その瞬間、エクトルテさんの足元に光が走り、円陣を描いた。
円陣から縁を囲うように、白く長い光の鎖が五本、エクトルテさんを取り巻いた。
円陣と鎖はエクトルテさんの動きに合わせて移動し、地面から発生する光の鎖は自在に動いて襲い来る攻撃を阻み、逆に敵を打ち据える。
その人知を超えた光景に、ぼくは思わず呆気に呑まれた。
「……クルトさん。何ですか、あれ?」
「防御に使う短剣の機能が強化された、戦闘用の『希少種』ですね。あの鎖は宝剣を持つ者が自在に操れますし、自動で使用者を守ることもあります。エクトルテは五本ですが、クロアはもっと多くの鎖を顕現させますよ」
「はっはっは! 私と少年の行く道を阻む者はかかって来い!」
エクトルテさんは渦を巻くような動きの鎖に護られ、長剣で次々に動く甲冑たちを駆逐していく。戦いは、一方的な様相を呈していた。
驚いた。
これが希少種――異世界の魔術に近い道具か。
その守りは鉄壁というべき堅さだ。動きを見ていると、魔術とは違う方向でゲームじみた強さを感じさせる。
ぼくの出番、無いんじゃないかな、これ。
一応、磁力を使って相手の動きを止めたり相手を結合させたりしておいた。
迷宮の被害は本人に影響を及ぼさないけど、周囲は森林だ。火は使いにくい。生物系が相手ではないので雷系も効果を期待しにくく、磁力を使うに留まった。
エクトルテさんはエルミナさんを超える勢いで、甲冑の群れを駆逐していく。
その無双ぶりに、ぼくは苦笑するしか無かった。
これ、実は過剰戦力なんじゃないかな。
「クルトさん。ぼく、実は自分の世界で商いに携わってるんですけど。クルトさんの世界って、何か足りないものとか必要なものとかあります?」
「足りないものですか? 色々あると思いますけど――っと、話題に余裕が出てきましたね、ツナグさん。良いことです」
まぁ、こんなに状況が圧倒的だとね。
逆に冷静にもなろうというものです。
「『道具』がとても便利そうなので、交易したいなと思ったんですよね。でも、対価が思いつかなくて。何が良いでしょうか」
「ああ、その申し出は嬉しいですね。クロアも喜ぶと思います。そうですねー、ぼくらの世界で必要なものか……何があるかな……?」
女性二人の無双をよそに、ぼくとクルトさんは世間話に近い商談を交えていた。
あ、終わったら呼んでください。
それから数分も立たないうちに、女性陣二人は敵を一掃してしまった。
まるで適度な運動をしたとでも言いたげな、良い笑顔で帰ってくる二人を出迎える。
二人とも、ご苦労様です。
「いや、なかなかの数だったね! おねーさん、ちょっと本気出しちゃったよ!」
「これで我々の実力は少年にもわかってもらえただろうと思う。存分に頼ってくれて構わんぞ!」
思わず拍手で出迎える。
さすが異世界トップクラスの戦闘のプロたち。頼もしさが半端じゃない。
戦闘・格闘チート二人を前にして、あのクルトさんでさえ出番が無いくらいだ。
さっきまでの気負いは、一気に払拭されていた。
ミスティ、待っててね。
これなら、きっといける!