国主代理と女騎士
クルトさんとエルミナさんに連れられていったのは、街を望む高台にある城だった。
街中を走る馬車を乗り継いで移動し、遥か頭上までそびえ立つ公宮の門をくぐる。
門番の衛兵は、二人の顔を見るや一礼して道を空けた。
この二人、予約無しで国主代理に謁見できるほど高い地位にいる人たちなのか。
「クロアは探索士の資格を持っててね。クルトは、クロアの師匠なんだよ。あたしたちは一緒に探索もしたし、何度も公宮からの依頼を受けてるんだ」
こっそりと、エルミナさんがぼくとアルマに耳打ちしてくれた。
ぼくとアルマは、顔を見合わせて粗相の無いようにしよう、とお互い念を押し合った。
怪しいのはぼくの方だ。
この世界に来てから、アルマはクルトさんやエルミナさんの前では借りてきた猫のように大人しくしている。大事な話のときに口出ししない、という奴隷時代の躾の名残りなんだろう。
ぼくも宮廷作法なんてろくに知らないし、アルマを見習って行儀よくしないと。
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メイドさんに促されるまま、待合室で謁見の間に通されるのを待っていると、突然、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「待たせたわね、二人とも! 私が来たわよ!」
来ちゃった。
精緻な刺繍の入った純白のプリンセスドレスに、黄金のティアラ。
あ、紹介されなくてもわかります。この人が、国主代理のクロワーゼさんですね。
ぼくはあまりの唐突な展開に、呆気に取られていた。
本当に良いんだろうか、こんな登場で。
「あー、ツナグさん……お察しの通り、これがうちの国主代理です。何かすみません、こんな荒唐無稽……ええと、ろくでもない国のトップで」
「言い繕って酷くなってるわよ、クルト!? ろくでもないってどういうこと、日々の公務を投げ出したいのを我慢してる、こんな真面目な私に!」
まず投げ出そうと思わないでください。
ぼくとクルトさんの思いが重なった気がした。二人で、微妙な顔を見合わせる。
歳はクルトさんよりも低く、ぼくより少し上くらいだろうか。
次期公主ということで、金色の長い髪をなびかせてオルタ並みに整った顔をしていた。
登場の仕方から見て分かるとおり、どこかのヒーローロボットのように腕組みをしてふんぞり返る姿は押しの強さを感じさせる。
正直、ぼくの苦手そうな人だ。
クロワーゼさんは、お供に騎士らしき女性を連れてきていた。
ショートの赤毛の、生真面目そうな人だ。長身で某歌劇団女優のように見栄えしている。
騎士の女性は、何だかぼくを見るなり、微かに頬を赤くして視線を伏せた。
……何だろう? 気のせいか、意味深な気配を感じる。
「エクトルテも大変だね、クロアのお守りでずっとついてなきゃならないなんて」
「気にするな、エルミナ。これが私の務めだ。国主代理の側近を務めるなど、騎士として誇りに思いこそすれ苦を感じることは無い」
エルミナさんの労いに、厳然と返す騎士の女性。エクトルテさんって名前なのか。
エクトルテさんは、ぼくをちらりと見やって、口の端を持ち上げた。
「……それに、こうして可愛い幼子を客人に迎えることもあるのでな」
ぞわり、と言い知れぬ悪寒がぼくの背を駆け上った。
え、何? 何でぼくを見てそんなにうっとりした表情をするの、エクトルテさん?
エルミナさんが、頬を引きつらせながらぼくに耳打ちする。
「気をつけてね、ツナグくん。エクトルテって何ていうか……きみみたいな年頃の、素直そうな少年に目が無いんだ。困ったことに」
助けてミスティ。この世界、変な人しかいない。
エストルテさんはぼくを見ながら、陶酔するように頬を緩めていた。
「幼子って歳じゃないですよ、ぼく。十七歳です」
「え、成人してるの!? その見た目で!?」
エルミナさんが、ぎょっとした目でぼくを見る。
この世界も成人は十五歳とかなのか。
これはアレかな? 日本人は海外じゃ若く見られるという、例の法則。
ぼくはこの世界の人に比べて背も高くないし、子どものように見られてたんだろうか。
そのやり取りが聞こえていたのか、エクトルテさんは目を見開きながらぼそりと、
「幼い見た目の成人男性……悪くない。むしろ、外聞的に問題が無くなる……!」
凛々しい少年趣味女性騎士って誰が得するの、ねぇ!?
異世界で貞操の危機を感じました。本気で! 怖い!
あまりのぼくの怯えぶりに、アルマが必死にかばうように、ぼくの前に立っていた。
でもエクトルテさんは子どもなら男女問わないのか、アルマを見てもにやけている。
もうダメだこの人。会ったばかりだけど。
「それで!? クルトもエルミナも、いきなり私に何の用かしら。話がしやすいように謁見の間じゃなくて、わざわざ私が出向いてあげたんだから、遠慮は要らないわよ!」
ぼくはクルトさんを見た。
エクトルテさんの視線に気おされてしまったけど、この話はミスティを救うために、何としても了承してもらわなきゃいけない話だ。
信用のあるクルトさんから話してもらった方が良いだろう。
ぼくの意図を汲み取り、クルトさんはクロワーゼさんにぼくの事情を全部説明した。
結果は、
「行きましょうッ! 彼方の世界の、囚われのお姫様を救う勇者になるのはこの私よ。冒険が待ってるわ!」
「却下するよ。せめて名代を派遣して、クロア」
クロワーゼさんもクルトさんも、お互いに即答だった。
きっとこんなやり取り、何回も交わしてるんだろうな。
「つまらないわ、クルト」
「つまらなくても、国のトップを安全が保障されてない場所に行かせるわけには行かないだろ! もし万が一があったら誰がこの国を運営するんだよ、クロア!?」
「外遊よ!」
「国交結んでないから! 先に大使を派遣して!」
お互いに喧々囂々と相手を説き伏せようとする二人。
やがてエルミナさんと、護衛であるエクトルテさんも反対の意思を示して、クロワーゼさんはしぶしぶと引き下がった。
「仕方ないわねー、エクトルテ。貴女を私の名代に派遣するわ。向こうであったことは、全部私に報告するようにね。私の護衛は代わりを用意しておくから」
「かしこまりました。クロワーゼ様」
恭しく頭をたれ、エクトルテさんが拝命する。
結局、クロワーゼさんは同行しないのか。
当たり前だよね。国主代理なんて重要な立場にいる人が、相手にとっては未知の場所に飛び込むわけには行かない。
正直、このご令嬢が来ると里が大混乱になりそうだったので、生真面目そうなエストルテさんが選ばれてホッとしたのは秘密だ。
「安心しなさい、少年。きみの想い人は我々が救おう。騎士の剣と、誇りにかけて」
毅然と言い放つエクトルテさんの表情には、先ほどまでのにやけた邪気は感じられず、騎士という称号の見合った凛々しさに満ちていた。
意図せず、ぼくの頬に涙が一筋、伝う。
「しょ、少年!?」
「ツナグさん!?」
「ご主人様!? 大丈夫ですか!?」
周りの狼狽する声が聞こえる。
心配してくれる皆には申し訳ないけど、安堵と、嬉しさがぼくの胸を満たしていた。
出会ったばかりの、見知らぬぼくの窮地に力を貸してくれる人たちがいる。
クルトさん。エルミナさん。エクトルテさん。
それは、三人の職業の、プロとしての誇りからくる助力なのかもしれないけど。
医師に助けられる病人のように。警察に助けられる民間人のように。
ぼくにはそれが、心から嬉しく、頼もしかった。
「あ……ありがとうございます……皆さん……っ!」
ミスティ。きみを、救いに行くよ。