探索士たちの流儀
その後は、特に危なげなく三層まで探索し終わった。
二層・三層は、巨大施設の広さを持った一層目よりもさらに広かった。町内の一区画くらいはあったんじゃないだろうか。
これが心の中の広さだと言うから驚きだ。クルトさんいわく、迷宮の広さにも個人差はあるけれど、いわゆる懐の深さと言ったものは関係なく、俗説に過ぎないらしい。
複雑な心を持った人間ほど迷宮の広さが変わるようで、ぼくの迷宮は人並みの広さだった。
それでも、狭い通路で区切られた迷宮は歩く距離が長く、かなりの広さに感じた。
クルトさんは指笛で地形を把握できるから良いけれど、これで『悪鬼』の出現を警戒しながら全ての小部屋を把握するのは、本当に戦闘や探索などの実力が問われる。
下層に下りる階段は必ず小部屋に存在するため、四層に降りる階段を確認して、ぼくらは現実に帰還した。
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「はぅ、ご主人さまぁ……」
目を覚ますと、アルマがぼくに抱きついていた。
「……アルマ?」
「ご主人様!? 良かった、目が覚めたんですね!」
アルマの表情がぱっと華やぐ。どうやら意識を失っている間、心配をかけていたようだ。
でも、少し残念そうなのは何で? ぼくの意識が無い間、何してたの?
「ただいま、アルマ。心配かけたね」
遅れて、クルトさんとエルミナさんが目を開く。
二人も無事に戻ってきたようだ。
「お疲れ様でした、ツナグさん。初めての『探索』はいかがですか?」
「驚きました。まるで現実にしか思えません。自分の中に、あんな場所があるなんて」
「まぁ、驚いたのはあたしたちもだけどね。魔法って、本当に便利だねぇ。あんな力が自由に使えたら、悪用されると治安が大変なことになるんじゃない? あ、でも皆が使えるんならそうでも無いかな?」
エルミナさんは、ぼくが迷宮内で見せた魔術に関心を持ったみたいだ。
言葉には出さないけど、クルトさんも同じだろう。表情が物語ってる。
「はは。悪用はしないように務めてますけど……」
「ああ、それは大丈夫。きみのことは信用してるよ! 違うか。信用した、と言った方が正しいかな?」
エルミナさんが笑顔で言った。
クルトさんが白衣を着込みながら、言葉を継ぐ。
「黙っていてすみません、ツナグさん。今の探索は『診断』と言って迷宮の構造や悪鬼・道具の分布から、その人の人となりを判断するものだったんですよ」
言われて、ぼくは初めて思い至った。
そうか。『迷宮』が人の心を映すなら、そういう心理分析も可能になるんだ。
本当にお医者さんみたいだ。
「それで……クルトさん。ぼくの診断結果は、どうだったんでしょう」
「良好です。何かに切羽詰っている以外、『悪鬼』も、探索者を陥れる罠もほとんど出現しませんでした。これは、ツナグさんが普段いかに他人に悪意を持たずに生きているかということです。また、『道具』の分布も、人柄を表していました」
「傷を癒す『傷薬』が多くて、楽な探索だったからね。あんなに多い人は珍しいよ!」
「結局、その『傷薬』というのは、どんな感情の塊なんですか?」
ぼくが尋ねると、クルトさんはにこりと微笑んで、一言告げた。
「――『優しさ』です」
真顔で告げられ、思わずぼくの顔が赤くなる。
クルトさんは鞄の中から採取した道具を机に並べ、ぼくに向き直った。
「さて、これで僕はきみが嘘をついていないと判断します。……それで、魔法を使えるきみが、僕たち二人に頼みたいこととは、一体どんな内容でしょう?」
もう後戻りはできない。
ぼくは、二人にすがるように、呪縛を受けたミスティのことを話した。
全ての事情を聞き終わった後、クルトさんは腕を組んで押し黙っていた。
二人の力を借りられれば、ミスティを救えるかもしれない。
けれど、そのために見知らぬ異世界に来て欲しいという頼みを、二人が受けてくれるかどうかは、ぼくにはわからなかった。
やがて、クルトさんがエルミナさんに向けて尋ねる。
「エルミナ。どう思う?」
「またまた。答えは決まってるんでしょ、クルト?」
エルミナさんは、自信に満ちた笑顔できっぱりと言った。
「『迷宮』なんてそれぞれ造りが違う、元から別世界みたいなもんじゃないか。あたしら探索士は、たとえ知らない場所でも、違う世界に飛び込むのがお仕事だよ!」
胸を張るエルミナさんに、クルトさんは満足そうにうなずいた。
「そうだね。そこに患者がいるのなら、助けに行くのが僕ら探索士の役目だ」
「――ッ! クルトさん、じゃあ!」
ぼくは思わず身を乗り出した。クルトさんはぼくを安心させる名医のような穏やかな笑顔で、コクリと一つ首を縦に振った。
「ええ。行きましょう、ツナグさん。力になれるかはわかりませんが、診てみます」
「そうと決まれば、急いで準備しないとね!」
気合充分に腕を回すエルミナさん。
その意気込みを、クルトさんがふと苦々しげに止めた。
「待った。直接は行けないよ、エルミナ。こんな、違う世界からの来訪者だなんて重大事、『クロア』に報告しないと」
「あ……!」
エルミナさんの笑顔が固まる。
何だろう、クロアって。人の名前かな?
「……ど、どうすんのさ、クルト? クロアのことだから、絶対に興味津々で、自分もついていくって言い出すに決まってるよ!?」
「問題はそれなんだよな……どうやって引き止めたものか」
頭痛をこらえるように、眉間を指で押さえるクルトさん。
何だか雲行きが怪しくなってきた。ぼくは不安をこらえながら、二人に尋ねた。
「あ、あの。そのクロアさんって、どういう方なんですか?」
「はぁ。この国は、正式名称を『アーケンハイド公国』と言いまして、クロアというのは本名をクロワーゼ・リズ・アーケンハイドと申します」
クルトさんは、困り果てたように、顔をしかめながら答えた。
「――この土地を治める大公の令嬢で、現在の国主代理なんです」