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ココロダイバー



 クルトさんとエルミナさんの誘導に従って、目を閉じて意識を集中する。


 視界が閉じるにつれ、意識を暗闇が覆う。

 クルトさんの説明いわく、これは(よこしま)な意味を持つものではなく、『不明』の暗闇なんだそうだ。


 人は自分を知ることが出来ない。未来を知ることが出来ない。

 知らないものと相対するとき、人は暗闇の中に飛び込む。

 心の中を覗くとき、人は皆、不明の暗闇をくぐるのだそうだ。




 闇が晴れたとき、ぼくは広大な空間の中にいた。

 辺りには何も無く、無人だけれど、建物としては大規模な展示会を行う催事場と言えばいいだろうか。古物商の納品の仕事や営業で、よく目にする光景だ。

 デパートのフロアというより、空っぽの大型イベント施設みたいな広さだ。


 まるで日本に戻ってきたかのような錯覚を覚え、ぼくは周囲を見渡した。


「――見たことのない建築様式ですね。ぼくらの世界のものじゃない」


「これは、他の世界から来たって話に、信憑性が出てきたかなぁ?」


 声がしたほうを振り向いてみると、クルトさんとエルミナさんが立っていた。

 クルトさんは白衣姿ではなく、ノースリーブのシャツに黒い手袋をはめている。


 二人とも、武器を携えていた。

 クルトさんは腰に左右合わせて六本の細い片手剣を。

 エルミナさんは、身長ほどもありそうな大剣を背負っていた。

 これは、この心の『迷宮』に入る際に、二人が準備していたものだ。『迷宮』には、入る際に手にしていたものだけが持ち込めるらしい。逆に心の中からは手に持っていたものを持ち出すことができるそうだ。

 二人は、腰に下げている袋にいくつかの薬品を準備していた。傷薬なのだとか。


 ちなみに、戦闘があるそうなのでアルマはお留守番だ。

 意識を内側に向けて無防備な、ぼくの身体を現実で見てもらっている。


「クルトさん。ここがぼくの心の中――『迷宮』で間違いないんですか?」


「そうです、ツナグさん。『迷宮』の第一層は、その人の心象風景を表すことが多いんです。ここは、きみと関わりが深い場所なんでしょうか?」


「関わりが深い……というか、仕事で来ることが多いので。広い場所を思い浮かべたとき、ぼくが一番に連想する場所ということなんでしょうか」


「あらら。ずいぶん真面目だね? もう少し、仕事以外で遊んでもバチは当たらないと、おねーさんは思うよ?」


 大剣を背負ったエルミナさんがからかうように笑う。不快な印象を受けないのは、この人の気性のおかげだろう。陽気な性格の人みたいだ。


「お二人とも、その……誰の姿も無いみたいなんですが。『悪鬼』ですか? というのは、どんな姿をしてるんでしょう?」


「第一層に『悪鬼』が出ることは稀です。『悪鬼』は負の感情が生み出すものですけど、人は誰しも、表面上は穏やかでいたいと思うものですから」


 なるほど。負の感情が露出していれば、この階層から敵が出ることもあるわけか。


「探索はこれからですよ、ツナグさん。下の階層に行く前に、ここで『道具(アイテム)』を探して採取してから行きましょうか。広いけど、余計なものは無いので探すのも簡単でしょう」


 クルトさんに言われて辺りを見回してみると、催事場の床の上に、ぽつぽつと何かが散らばっているのが見えた。

 あれが『道具(アイテム)』。ぼくの心が生み出したものということか。


 クルトさんとエルミナさんに付き従って、落ちている道具を拾って回る。


「明かりになる『白石灯(はくせきとう)』が人並みの量、悪鬼避けになる『好水(こうすい)』が倍くらいの量……他には、『傷薬』がもの凄く多いですね」


「あはは。性格が良くわかるねぇ、良いことだよ」


「性格? この『道具』って、何が落ちてるか、人によって変わるんですか?」


 クルトさんは、採取した道具を腰の鞄にしまいながら、ぼくの方を振り向いた。


「そうです。どんな『道具』が採れるか、どんな『悪鬼』が出るか、はその人の人柄によって違います。……『迷宮』は人の心を映すんですよ」


「人の心には共通する感情も多いからね。採れる『道具』も共通してることが多いよ。そういうものを『共通品(コモン)』、生まれや育ちで変わる珍しいものを『非共通品(アンコモン)』、その人の心の中にしかない、一度しか採れない一点ものを『希少種(レア)』っていう風に分けられてるんだ」


 なるほど。

 すると、診察室で出されたゼリー風の食べ物も、何か一般的な感情の塊だったのかな。

 食べると元気が出た気がしたから、『激励』とか『応援』とか。


「あたしのこの首飾りも、クルトの下げてる緑の首飾りも、それぞれ『希少種(レア)』の一つなんだよ。ね、クルト?」


 エルミナさんは、首元に下げた、白みがかった水晶のネックレスを指し示しながら自慢げに語る。


「効果はまだ内緒ね。こういうのは、切り札になるから無闇にしゃべるもんじゃないし。機会があれば、効果を見せてあげるよ」


 笑って言ってるけど、そこにはプロの慎重さが見て取れた。

 武器を持ってるくらいだし、危険のある職業だから企業秘密は開示できない、というのはぼくにだってよく分かる。それ以上は、あえて聞かなかった。


「その、一番多い『傷薬』っていうのは、どんな感情の塊なんですか?」


「うーん。それは……まだ、秘密です」


 クルトさんは、微笑みながら口元に指を当てた。

 何だろう。多く出てるってことは、一般的な感情のはずだけど。


「それでは、下層に潜りましょうか。一応、本人が同行している場合の説明をしますので、よく聞いてくださいね。同行者への説明も、探索士の義務なので」


 クルトさんが、丁寧に説明をしてくれる。


 いわく、迷宮は心の具象化だけど、迷宮自体の損傷は精神に影響しない。

 影響するのは、迷宮の中に姿を結んでいる、ぼくのこの身体が傷ついたときだ。


 迷宮内での身体が受けた傷は、心の傷になり、ときには現実の身体にも影響する。

 焼け火箸の暗示ではないけど、身体を動かす神経系に影響が出るんだろうと理解した。


 大きく傷を負った場合、行動不能になった場合、迷宮から弾き出される。

 現実に帰るということだ。

 これはクルトさんたち、他人が潜る場合も同じで、クルトさんたちが迷宮で行動不能な怪我を負うと、その姿が迷宮から消える。


 ぼくが行動不能になって、クルトさんたちが無事な場合。

 これは、ぼくだけが現実に帰り、クルトさんたちは依然として残ったままになる。


 迷宮からは、いつでも自分の意思で現実に帰れる。

 だから、危ないと思ったら無理せずにすぐに脱出するよう、念を押された。


 ただし、一度現実に戻った場合、もう一度迷宮に入っても、その人は元の第一層からの再スタートになる。

 患者によっては心の奥深くまで潜って治療しなければならないこともあるそうで、行動不能にならずにどれだけ下層深くまで潜れるかは、探索士の腕次第、だそうだ。


「ツナグさん。きみの魔法は、戦闘に使えますか?」


「はい。他の世界で、魔物と呼ばれる獣を相手にしたこともあります」


「それは結構です。前衛はぼくたちが務めますが、もしもの場合は自衛の心構えを持っていてください。自力での『悪鬼』との戦闘が困難だと担当探索士が判断した場合には、本人の同行を拒否できるんですが……その必要は、無さそうですね」


 クルトさんが安心したように胸を撫で下ろした。



 気を取り直して、ぼくの心を探る『探索』が開始する。





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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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