新たなる世界
エルフの里の村長さんの家で、ミスティは眠りに就いていた。
その横にはシャクナさんとアルマが着いている。
ミスティが倒れてから、治療の目処が立たないということで、介抱のために二人を呼びに行ったのだ。
シャクナさんが店番を離れる際に社長も事情を聞き、一緒に見舞いに来てくれている。
「すみません、社長。わざわざ来ていただいて」
「他人行儀に気を使うな、繋句。従業員が倒れたと聞けば、駆けつけるのは当然だ。一番しんどいのはお前だろ、無理すんな」
社長はそう言って、厳格な顔のままぼくの肩に手を置いた。
あくまで仕事で来ているという姿勢を崩さない社長の冷静さが、今は頼もしかった。
「入院の手続きを取るか、繋句? 保険証が無くても、個人病院なら俺や春村会長の伝手で何とかなるが」
「そう……ですね。でも、治療方法が見つかるかどうか……」
「治療方法に関して言えば、お前の魔法以上の技術は、地球上には無いと思う。そっちの方はすまんが期待しないでくれ。代わりに、点滴を打つなんかの長期的な対処療法は医療設備の整った日本の方が良いかもしれん」
情報の外部流出のリスクはあるが、看護師の手も借りられる。
社長はそう言った。動揺してまるで頭の回っていない僕の代わりに、解決案を提示してくれる。
誰にも気づかれないよう、下げた拳を握り締めていることから、ミスティのことを案じてくれていることがわかる。平静を装っているのは、ぼくや、周囲のためだ。
「すまぬ、師よ。妾のせいじゃ。妾が古代の資料を探しなどしなければ……」
「オルタは国のためを思ってやったんだ。気にしなくていいよ、これは事故だ」
うなだれるオルタの銀色の髪を撫で、諭す。
彼女にしてみれば、あれだけ遺跡で一緒に騒いでいたミスティが、突然こん睡状態に陥ったんだ。
ショックも大きいだろう、その衝撃が自責の念に変わっている。
もしも、自分が神殿の奥を探そうとしなければ。
もしも、自分があの宝石箱を見つけなければ。
もしも。
ぼくも同じだ。
安全の確保されていない都市遺跡で、不用意に在庫を集めようとしなければ。
ミスティは、こんなことにならなかったかもしれない。
「ツナグ。ミスティの様子はあたしとアルマが見てるよ。あんたは少し、休みな」
「ご主人様! あとはわたしとお姉さまに任せてください! じゃないと……ご主人様、今にも泣きそうな顔してます……」
シャクナさんとアルマが、ぼくを気遣ってくれる。
ありがとう。でも、無理だよ。
「ツナグ殿。ご自身が仰られたように、娘のことは事故です。どうか気に病まれないでください。娘も、呪いを受けたのがツナグ殿ではなく自分で安心していると思います。どうか、ご無理を成されぬよう」
村長さんが、悲しみを押し殺してそう言ってくれた。
大事な娘が意識を失って、一番不安と悲しみを抱いているのは親である村長さんのはずなのに。
ミスティ。ぼくがこの世界で始めて会った人。
ぼくと仲良くなりたいと言ってくれた人。
ぼくを愛してると、ぼくの心に寄り添いたい、そう言ってくれた人。
ぼくの一番近いところで、ぼくの心を支えてくれた人。
ぼくの大好きな人。
その笑顔がもう見られないだなんて、考えられない。
「……ミスティは、絶対に助けてみせる」
ぼくは、決意とともに告げた。
ぼくの力は、ぼくの魔法は何のためにあるのか。
今、この世界でどうにもできないことがあるのなら――
どうにかできる世界を、探せば良い。
「みんなはここで待っていて。必ず、ミスティを助ける方法を探してくるから」
世界は一つじゃない。
カトラシアでも、地球でもない、数多ある無数の世界。
その世界を渡る術を、ぼくは持っている。
対象を設定。願え。
彼女の眠りを覚ます方法のある世界。彼女の呪縛を解くことのできる世界。
願え。
行き先はランダムだ。魔法に法則性があるのかも知らない。けれど、
願え!
――彼女を、救える世界に!
「開け、世界の門!」
*******
辿りついた場所は、町の中だった。
石畳に煉瓦作りの町並み。
大きな広場には観賞用の池が作られ、移動用の馬車が街中を闊歩するのどかな景色。
通りを歩く人たちは中世よりはもう少し近代的な、ジーンズなどのデザイン性の大きい衣装を着ている。
遠く広場の反対側には、露天に組み上げた屋台の立ち並ぶ、人の賑わう市場が見えた。
「カト……ラシア?」
ぼくは、呆然とつぶやいた。
いや、少し違う気がする。
どこが、とは言えないけど、この景色は中世的ながら、バルバレアよりもう少し近代に近づいて発展している。十八、十九世紀初頭辺りの風景だろうか。
その証拠に、まだバルバレアでは普及していないガス灯らしき柱が道端に見えた。
人族最大国家のバルバレアより発展した町並み。そんな場所あり得ない。
ここは、似ているけどカトラシア大陸ではなく――
「ご主人さまーっ!」
「わっ、誰! あ、アルマ!?」
考えていると、後ろから背後から腰に抱きつかれた。
振り返ると、ネクタイにフレアスカート姿のアルマだった。
どうやら門を消す前に飛び込んできたらしい。
「ついてきちゃったの!? 待っててって言ったのに!」
「シャクナお姉さまやカドタ様から頼まれました! ご主人様に無茶させないように、って! わたしもご一緒しますです!」
化粧を落としていたのか、熊耳をぴこぴこさせながらアルマが笑顔を見せる。
参ったな。もしものときは自分ひとりなら魔術でどうにかなると思っていたけど、これじゃアルマを守ってあげないといけない。
見知らぬ世界に渡るときは、ぼくと友好的な関係を結べる相手の近くにたどり着く。
それがぼくの持ってる恩恵だけど、牙ウサギに襲われたときのように、危険が無いとも限らない。
まぁ、平和そうな町並みだし、こんな人目の多い場所で危険があるとも思えないけど。
そう思ったのも束の間、
「――きゃあぁぁぁっ!」
「危ない、逃げろ! 刃物を持ってるぞ!」
新たな異世界に辿りついたばかりのぼくらの前に、騒動が巻き起こった。