現れた守護者
そびえ立つ威容。
鋼の樽を組み合わせた巨腕。
緩慢な動作の中に引き絞られた力強さを見せ、物言わぬ平面の面貌が無言の威圧を漂わせる。
鈍色に輝く装甲に包まれたそれは、硬質で巨大な無機の兵士。
空想に語られる鋼鉄の巨兵、ゴーレムだった。
「――傀儡人形兵か! 油断したわ!」
「二人とも、走って!」
オルタが叫び、臨戦態勢を取る。
同時に、ゴーレムがその太い鋼の腕を振りかぶり、こちらに駆けて来る。
期せずして、怪物との戦闘が始まった。
相手の攻撃を避けるのは簡単だった。大振りな一撃を、走って回避する。手に持っていた荷物を反射的に投げ捨てることになってしまったけど、命には代えられない。
ゴーレムの拳がぼくらのいた床を叩き、地響きのような振動がホールを揺らす。
「ぼくらに襲い掛かってきてる……やっぱり、宝物庫を漁ったからか!」
「じゃろうな。許可無く宝を持ち出す盗人を襲う、古代の魔道具で作られた兵士じゃろ。まさか、こんな完全な形で稼動しておるとは。貴重な研究資料なんじゃがのぅ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、オルタ!」
ミスティが叫びながら、弓を引き絞る。
放たれた矢の一撃は、ゴーレムの装甲に突き立つも、貫いて動きを止めるほどではない。風の魔術で倍化された矢ですらも、ダメージを与えるには至らなかった。
「銀じゃないわ、あの人形兵……鉄で出来てる!」
「さっきの拳の一撃からするに、中まで鉄の塊だろうね。あの質量が人型で動くなんて、魔道具ってどうなってるんだ!?」
ゴーレムの次の拳がぼくらを襲い、慌ててその場から逃げ出す。
動力が不明の金属の塊に、どうやって有効打を与えるか。ぼくは一計を案じ、オルタを呼び寄せた。
「オルタ。今から説明する魔術をデザインして。大丈夫、難しい理屈じゃないから、制御魔術で新しく組み合わせられると思う」
「し、新魔術の創造は、力量的に自信が無いんじゃがのぅ?」
オルタは水の魔術で、空中に巨大な水球を出現させた。
ぼくはその水球にゴーレムの拳で砕けた床の砂を投げ入れ、混ぜる。
「ツナグ? 水で、鉄を錆びさせるの? そんな悠長なこと、してる場合じゃ……」
「いや――あのゴーレムを、解体する。オルタ!」
「ええい、出たとこ勝負じゃ! 師を信じるぞ、風よ、水を圧縮せよ!」
風の魔術が、空中に浮遊する水球を圧し縮めていく。人の背丈ほどあった水球は、見る間にバスケットボール大に圧縮された。
「撃って!」
「水よ、敵を斬り裂け! ――水流刃!」
高圧力で圧縮された水流が、一点から噴出する。その勢いは金属をも両断する、日本の工業で金属加工に使われる技術、ウォーターカッターの魔術だ。
おまけに、水の中に不純物を混ぜて研磨剤代わりに威力を高めている。
果たしてその威力は、鉄のゴーレムをたやすく両断した。
「……おお!」
どぉ……と、バラバラに寸断されたゴーレムの巨体が、床に落ちる。
魔術で動く鉄の人形兵は、解体されてその姿を鉄くれと化した。
「やった――倒したの?」
ミスティが尋ねてくる。
残念。ミスティ、それはフラグだよ。そう言っちゃったときは、大抵倒せてない。
ぼくの嫌な予感を裏付けるように、無数の鉄塊はふわりと宙を浮いて、やがて元の形に結合した。そんな非常識な!?
どんな物理法則だよ、これだから魔術は!
「何と! 剣では刃が立たず、魔術で倒しても復活してくるとは厄介な!?」
「ど、どうやって倒すのよ、こんなの!?」
オルタとミスティが、狼狽して叫ぶ。
その瞬間、ぼくは見た。
ミスティの放った矢の鏃が、ゴーレムの鉄の肌にぴったりと張り付いている。突き立っているのではなく、張り付いている。
「……ミスティ。鉄の矢をもう一発、加速しないであのゴーレムに撃ってみて。ただし、当てないようにぎりぎりで」
「あ、当てないの? ……良いけど」
ミスティが弓を引き絞り、矢を放つ。ゴーレムの頭上を外れた矢は、しかし空中を通過せず、軌道を変えてゴーレムの頭に張り付いた。
やっぱり。
ミスティの鏃は鉄製だ。
「……磁力か!」
「し、師よ。いかがするのか? 水や風の魔術では、太刀打ちできぬ相手じゃが……」
オルタが心細そうな声を上げた。確かに、厄介な相手だ。
鉄の身体に武器や土の魔術は通じない。魔術で寸断しても磁力で再結合して復活してくる。風の魔術でも水の魔術でも切り伏せられず、鉱物だから火の魔術でも燃やせない。
難攻不落の、磁石のゴーレム兵。
動力源を壊しでもしない限り無限に襲い掛かってくる、典型的な倒せない敵だ。
神殿の宝を守り、盗賊を打ち払うにはうってつけの護衛だろう。
でも、
「心配いらないよ、二人とも。もう勝った」
ぼくは勝利を確信して宣言した。
仕掛けが磁力だとわかれば、後は簡単だ。
ぼくは相手から距離を取り、魔術を起動する。
「炎の魔術!? 相手は鉄じゃ、燃えはせぬぞ! 溶かすのか?」
「溶かすまでも無いよ。――灼熱させろ、紅蓮の嵐!」
宣言に従い、猛火の火柱がゴーレムを包み込む。
ゴーレムは熱にも強いのか平然と耐えてはいたが――
やがて、変化が起きた。
ゴーレムがひざをついたと思った瞬間、がらがらとパーツごとに自壊を始めたのだ。
炎の中で崩れ落ちていくゴーレム兵。こちらを掴もうと挙げられる巨大な手が、断末魔のあがきに見えた。
やがて、あっけなく熱された鉄くれの集まりと化す、元は怪物だったもの。
溶かすまでもなく、高温の炎の魔術によって神殿の脅威は沈黙した。
オルタとミスティが、呆気に取られた目でぼくを見ている。
ぼくは二人を振り返り、静かに言った。
「ね。だから、勝ってるって言ったろ?」
神殿を守護する、自己修復する磁石のゴーレム兵。
難敵だと思われた巨体の魔道具は、地球の科学知識の前にあっさりと敗北した。