目覚める古代
「これは、神殿かな?」
ぼくは塀の中の巨大な建築物を見上げながら、つぶやいた。
大きな円柱が何本も天井を支え、外壁は無い。古代ギリシャのパルテノン神殿みたいな造りをしている。
表面に印章の類は無く、無垢の柱だったけれど、その機能性に欠けた簡素なデザインは宗教性を感じさせた。
市庁舎の可能性もあるけど、それなら遺跡の装飾文化の跡が見られるだろうしね。
「うむ。これだけ大きな都市なら、宗教が発達しててもおかしく無さそうじゃの」
「オルタ、ツナグ、入ってみる? 宗教施設なら、祭事用の燭台もたくさん置いてあるんじゃない?」
宗教行事用の燭台は、形状的に使えないと思うけど。
これだけ大きな施設なら、晩餐用のものは置いてあるかもしれない。宗教的な施設から発掘するのって、盗掘みたいで気が引けるなぁ。って、今さらか。
「中に魔物の気配は少ないから、入ってみようか。明かりはぼくが用意するよ」
魔術を起動し、周囲に光源として火の玉を浮遊させる。
懐中電灯も持ってきているけど、これなら魔物の奇襲に対する迎撃にも使える。
「中はすごく広い空間ね。天井も高いし、聖堂……か、講堂かしら? きっと、たくさんの人が集まる宗教だったのね」
「国教だったのかのぅ。この規模だと、古代の魔術資料や魔道具なども残っておるかもしれんな。思わぬ楽しみが増えたわい」
入り口の大ホールらしき空間を進んでいると、オルタがそんな弾んだ声を出した。
ミスティが意外そうに尋ねる。
「オルタ、そういう昔の資料に興味があったの?」
「何を言う、ミスティ。これでも魔術士としての研究は欠かしておらぬよ。古代の魔術は精神魔術などを含め、失われた魔術も多い。今の魔術に満足しておる者が多数派じゃが、妾は昔の魔術文明にも価値があると思うておる」
この世界では特異な、歴史に価値を持つ現王家ならではの意見だ。
この大陸は権威の保全を目的として、現存するものにしか歴史的価値を認めない風習があるから、一般的な魔術士はこういう古代文明に興味を持たないんだろう。
歴史の価値を知り、王権の強化を目的とする王族ならではの興味かもしれない。
「じゃあ、余裕があればそういう資料も探そうか。――皆さん、建物の中を一回りしますんで、はぐれないようについてきてください」
エルフの男手衆たちも、半数が武器を弓から片手剣に持ち替え、警戒の姿勢を取る。
もしはぐれても、魔術で探知できるから心配は要らないかな。
玄関ホールから建物の奥に入り込んでいくと、様々な部屋が並んでいた。
多くは礼拝堂や事務室のような構えだったけど、進んでいくうちに目当ての食堂と倉庫を見つけた。
晩餐会場に使われていたらしく、小食堂と大食堂の二部屋があり、その脇の食器保管庫に目当ての燭台を大量に見つける。
宗教者らしく清貧を旨としていたのか、鉄の燭代はほとんど見受けられなかった。
ただ、表の柱とは違って、見つけた銀の燭台にも装飾が入れられていたので、この文様は流行的なものではなく何か哲学的な意味がある文化だったのかもしれない。
その辺りは、資料か古代文明の人の証言が無ければわからないことだ。
「意外にあっさり見つかったね」
「ツナグ、これで数は足りるんじゃない?」
ミスティの確認にうなずく。
良かった、とりあえずこれで目的は達成だ。
持ち帰るのは門を使うとして、一度他の廃墟から見つけた品を集めた方が良いかな。
そのことを提案すると、今まで手持ち無沙汰だった男手衆が、自分たちだけで充分だと名乗り出てくれた。
道中の魔物はほとんど退治してあるから、回収だけなら大した手間は要らない。
「じゃあ、お願いしますね。ぼくとミスティは、オルタの資料探しに付き合います。危険があれば、即座に撤退してください。遠隔魔術で援護しますから」
男手衆はうなずき、神殿の外に出て行った。
こういうとき、人手があると楽でいいね。
「さて、それでは古代のお宝探しと参ろうかの!」
うきうきと足取りを弾ませるオルタの背を見ながら、ぼくとミスティは顔を見合わせて苦笑した。
何か、見つかるかな?
*******
結論から言うと、お宝探しは豊作だった。
資料は例によって羊皮紙がダメになっていたけど、宝物殿らしき場所に多数の魔道具らしきものが安置されていたのだ。
中には魔力を持たない宝飾品もあったけど、それらは放置して研究に役立ちそうなものだけを選んできた。
「大漁じゃ! 研究するのが楽しみじゃわい!」
「良いのかしら、正体も良くわからないものを、迂闊に持ち出して……」
ミスティが不安そうにつぶやく。
ぼくもそう思うけど、オルタのあの表情を見てたら止めるのもはばかられる。
「この宝石箱などは、封印が施されておるな。まぁ、古代の封印術の解析には役立とう。中身を解き放たねば危険はあるまいよ」
「封印って、オルタ。魔術で封印されるほど危険なものがあるの?」
「あるとも、師よ。古代の秘儀や秘法が主じゃの。稀に封印を解いた者に仇なすものもある。呪術と呼ばれるものじゃが、前例が少なくてのぅ。疫病の類だったこともあるかの」
「そんな物騒なもの、置いていこうよ」
「ううむ。ここで研究できれば良いのじゃが、妾は魔法が使えん以上、次にここに来れるのはいつになるかわからんでな。疫病ならば師の治療魔術もあるし、問題はあるまい」
まぁ、傷病の類なら大抵の重傷は治せるんだけど。
即死級の猛毒で命を落とさないとも限らない。そうなったらぼくにも手の施しようが無いので、できればリスクは避けて欲しいところだ。
「絶対に開けちゃダメだからね、オルタ」
「わかっておるよ、ミスティ。封印術は凶暴な魔物やドラゴン相手にも有効じゃ。解析して普及させられれば市井や兵士の安全も増すじゃろう」
「そう言われると、無碍に止められないなぁ」
意気揚々と進むオルタとは対照的に、ぼくらは渋々とその姿を黙認する。
神殿関係だし中身は案外、貴重な経典や回復の秘術かもしれない。ともあれ、危険が無いことを祈るばかりだ。
「魔術の気配――? 二人とも、ちょっと待って。気をつけて」
不意に、ぼくの探知網に反応があった。
近くで魔力が揺らいでいる。しかし、この入り口の大ホールには何も見当たらない。
「――上か!」
ぼくらが天井を確認すると、天井から剥落するように大量の金属塊が落下してきた。
幸い、位置は離れていたので潰されることは無い。
「な、何!? 崩落したの!?」
「いや、柱は崩れておらん! 宝物庫から持ち出す盗人への罠か!?」
「……二人とも気をつけて! あの金属の塊、動いてる!」
魔力の反応がする。いくつもの金属塊は床の上を転がり、一つの山になった。
そして形を変えたその姿は――
「……ゴーレム!?」
金属で出来た、無骨で巨大な人形。
ファンタジーに出てくる、ゴーレムそのものだった。
遺跡のボスと、こんなところで対面か!