熾烈なる戦い
「なるほど。事情はわかりました、さっそく手配しましょう」
里に戻って村長さんに相談すると、村長さんは快諾してくれた。
鍛冶師のクダンさんに燭台を発注し、里の男手を集めて遺跡探索の準備を進めてくれた。王国の方はオルタが侍女に言付けて大量発注してくれたので、期間を気にしなければ商品は揃うだろう。
これから行く遺跡に在庫が見つかれば、言うことは無いんだけど。
事態の経緯を一度日本に戻って社長に報告し、ぼくは慌しく遺跡行きの準備をした。
里に戻ってくると、ミスティを含めたエルフの探索団が準備を済ませていた。
これにオルタとぼくを加えたメンバーで、遺跡へ向かう。
遺跡の倉庫へは、エルフの里の倉庫から門をつないでいる。
この門、便利なんだけど、どうやら無限かつ無制限というわけではないらしい。
最近、各所を同時につないでいるせいか、ぼく自身に疲労が募るようになった。
また、一度設置した門も半永久的と言うわけではなく、数週間から一月余りで消えてしまうようだ。
一度春村会長の家と里をつなぐ門が消えたので、慌てて繋ぎなおしたことがある。
疲労が募るといっても日常生活に支障が出ているわけではないから、設置個数にはまだまだ余裕があると思われる。けれど、無制限に設置できるわけじゃない以上、使用はぼくの知っている相手だけに限った方が良さそうだった。
以前、オルタから門を使った王国中をつなぐ流通網を相談されたのだけど、断らざるを得なかったのはそういう理由だ。
けれど、日常的に使うには便利極まりない魔法だ。
最初は時間をかけて辿りついた遺跡の倉庫まで、徒歩数歩でたどり着くのはやはり魅力だった。
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「さて。久しぶりの魔物相手だから、皆、気をつけてね……と言いたいところだけど。このメンバーならそんな心配も無いか」
遺跡の倉庫の扉を開けて開始一分。
すでに倉庫近くにうろついていた三頭の魔物を、ミスティの弓とオルタの魔術が秒殺していた。
「はっはっは! 他愛も無いのぅ!?」
「やるわね、オルタ。負けないわよ!」
危険という言葉から縁遠い二人の実力に、村長さんのつけてくれたエルフの男手たち四人は乾いた笑いを浮かべていた。
一応、全員が鉄製の武器を装備しているので、高い防御力を誇る遺跡の双頭狼、バイファングなんかも怖くはないのだけど。護衛の男手たちの出番は無いかもしれない。
「師よ、この即時起動とピンポイント狙撃の組み合わせは最強じゃのぅ!」
制御魔術の精密さを手にしたオルタは、水を得た魚のように生き生きしていた。
ぼくと違って魔術士の経験が長いから、慣れるのも早かったみたいだ。
水魔術で、対象の口の中にピンポイントで水弾を発生させて溺死させてるんだよ。本当にえげつない。肺呼吸する生物に対しては無敵なんじゃないかな。
「……とりあえず、領域掌握網で遺跡の中を把握するから、ミスティもオルタも護衛よろしくね」
呆れながら、制御魔術システム『デック』を起動する。
ちりちりと微かな火花とともに、大気中の電子を介して知覚の網が広がる。
遺跡都市内を検索してみたけど、さすがに無機物である銀製品の在り処まではわからないみたいだ。
電気抵抗も低いし磁性も少ないから、雷系の魔術だと察知できないんだよね。
ただ、周辺で動く魔物の位置は大雑把に把握できたので良しとしよう。
「じゃあ、大きな建物を順に見ていこうか。倉庫があれば良し、古代の貴族の屋敷なんかでも目当ての物があるかもしれないから」
そのまま連れ立って、都市遺跡の通りを歩いていく。
ダンジョンじみた遺跡だけど、罠が無いので魔物にさえ注意していれば危険は無い。
その魔物も位置を把握しているものだから、警戒は最低限で済んだ。
「そこの角を曲がると、獣型が二体。空を飛んでるのが三体いるよ」
「ふははは! この狩りの成果に正妻の座を賭けようぞ、ミスティ!」
「ふざけないでよね、オルタ! ツナグの第一夫人は私なんだから!」
瞬殺でした。
ミスティの放つ矢の巻き起こす風の刃が野鳥型の魔物を切り伏せ、オルタの水の魔術が巨大な水球で獣型の魔物を押し潰した。
この最強の二人は、どうやらぼくの婚約者のようです。
助けて、アルマ。シャクナさん。
「ふっ! 師の貞操の守りに比べれば、片腹痛いわ!」
「ツナグの婚前交渉の頑固さに比べたら、手応えが無いわよ!」
もう泣きたい。
二人とも欲求不満なんだね。ごめんね。
こんな酷いダンジョン攻略があって良いのかってくらい、二人は苦戦も無く大暴れしている。
しかも、その快進撃の原動力は、ぼくが手を出さないことに対する鬱憤晴らしみたいだ。
周りのエルフの男手たちが向ける、ぼくを慰めるような視線が心に痛かった。
その後は、大きな家を回って発掘を続ける。
目論見どおりに各家々の跡からは、保管されていた銀の食器と似た文様の燭台が発見された。一軒辺りの発掘数が少ないので、一度廃墟の前に出しておいて、後で集めることにする。
ミスティたちエルフが立ち入ったことのある区画は意外と狭くて、中盤以降は未開地域を探索することになった。
と、言っても食器倉庫周辺とあまり変わらなかったけど。
「棲息してるのが森の中の魔物と同じだから、あまり相手にならないわね」
「つまらんのぅ。もっとこう、巨大な遺跡の番人みたいなのはおらんのか?」
なんでそんなに危険を求めるんですか、奥様方。
「安全で良いじゃない、二人とも。怪我が無いのが一番だよ」
「それはそうなんだけど……」
苦笑するぼくに、ミスティはもじもじと恥じ入るように言い淀んだ。
ぽつり、とぼくの方に目をやりながら、頬を赤らめる。
「せっかくの狩りだから、ツナグにいいところ見てもらいたいんだもん……」
どきん、とぼくの胸が高鳴る。
可愛いなぁ。最近、ファンタジーな狩り装束のミスティを見る機会が無いから、何だかとても新鮮な姿に見えてしまった。
「妾も、師とは戦う前に降参してしもうたからの。ここらで実力を見せて、師に妾を評価してもらわねばならん!」
「ちょ、ちょっと、オルタ! 私の出番を取らないでよ!?」
「何を言う、早い者勝ちじゃ! 師と過ごす夜を求めておるのは、ミスティ、お主だけではないぞ!」
「オルタはツナグと王国の仕事をしてるでしょ! 私は、店番ばっかりでツナグと一緒に働ける機会なんて滅多に無いんだからね!?」
オルタが横から割り入って、フリルリボンに飾られた胸を反らせる。
ミスティが慌ててオルタの肩を掴んで揺さぶり、二人はぎゃあぎゃあと、ぼくら男衆を置いてきぼりにして騒いでいた。
何だかなー。
どうにも、女性同士の戦いは熾烈なようです。