ケチャップを作ろう
異世界のエルフの里は、鉱山地帯であるボルヘス侯爵領との交流を始めて、多数の亜人種の姿が見られるようになっていた。
そのほとんどは領主に雇われた労働者である獣人族だ。
けれど、中にはずんぐりむっくり、子どもみたいな背丈なのに筋骨隆々という冶金種族、ドワーフ族も多くいた。
小柄なのに筋肉量が他の種族の倍くらいあるので、筋肉の達磨のような印象を受ける。
顔は長く豊かなひげに覆われているけれど、その顔つきは厳しく、いかにも熟練の職人という感じにゴツい容姿だった。
美しさの基準が地球とは反対のこの世界では、たぶん、強面のドワーフたちは周りから美形種族に見られてるんだろうな。
綺麗な顔が逆転評価されて、化け物と恐れられるエルフ種族とはえらい違いだ。
ところが、ドワーフ族は予想外にエルフの里に好意的だった。
外見の美醜より鍛冶の技量や腕っ節、という実力主義を貫く種族なので、エルフたちの見た目にも頓着しなかったのだ。
そのため、普通の村人にはそっけないけど、同じ製鉄技術を持つ鍛冶職のエルフたちには敬意を払って対等に接している。
種族に好意的というより、お互いに職人として通じるものがある、という感じだ。
そのドワーフ族の態度に引っ張られて、冶金技術を習う立場である獣人たちも、エルフに対する忌避感を押さえ込んで表面上は大人しく教えを受けていた。
良い傾向だと思う。
エルフの里の皆は良い人たちばかりだから、偏見を超えて行動を積み重ねていけば周囲の評価も人柄に応じたものになっていくんじゃないかな。
外見という大きな垣根を越えて、エルフたちが他の種族に受け入れられる第一歩だ。
そんな獣人やドワーフたちと交流を深めるため、里ではあるイベントが企画された。
料理会だ。
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「ツナグ様、本日はお招きありがとうございます」
「ボルヘス侯爵、お久しぶりです。今日は材料の提供をありがとうございます」
遅れてやってきたボルヘス侯爵と握手をする。
相変わらず仁王像みたいな人だ。
料理会はすでに始まっていて、広場にはぼくの魔術を熱源にした簡易かまどがいくつも並んでいる。
その中で、メインの鍋を担当するのはシャクナさんだ。
古物商の店番をミスティに任せ、日本の味を知っている料理上手なシャクナさんに本日の調理をお願いした。
周囲では、手伝いのエルフたちが魔物の肉を細かく刻んだり、パン生地をこねたりしている。
里に住む獣人たちを始め、ボルヘス領の獣人やドワーフたちも興味津々で遠巻きにその光景を覗き込んでいる。
その中に混じってうきうきと表情を輝かせている王族が一人。
オルタだ。
なぜオルタが料理を心待ちにしているかと言うと、
「ツナグ? トマトは刻み終わったよ。調味料の内容を教えてくれないかい?」
「楽しみじゃのぅ、シャクナ。これで、あの美味なる『けちゃっぷ』ができるのかぇ」
そう。
今日の料理のメインは、オルタの大好きなトマトを使った、手作り『ケチャップ』だ。
というのも、ボルヘス侯爵領は山岳地帯と言うことで、トマトの栽培に環境的に適している。そのため、トマトの普及に熱心なオルタが、侯爵領産のトマトを使ったレシピを希望したのだ。
トマトソースでも良かったけど、侯爵の領地は平地が少ないため、穀物を使ったパスタが作り辛い。
それで、調味料として使用できるケチャップを選んだのだ。
「えーと、調味料は塩、砂糖、酢、コショウだね。あと香り付けにローリエ……乾燥させた月桂樹の葉。これはこっちの世界の香草で良いと思う。はい、レシピ」
「ありがと。塩、砂糖、酢、コショウ……ええと、この鍋で作る分量だと……」
ネットから印刷してきたレシピを渡すと、シャクナさんが目分量で大袋から調味料を器に取り出していく。
ケチャップの作り方は意外と単純で、種を取り除いたトマトを調味料で煮込んで、使いやすい濃度まで煮詰めるだけだ。
もちろん、凝ろうと思えば各所に発展した秘伝のレシピがあるだろうけど、今回はこの大陸で初お目見えの調味料だ。基本の作り方を試してみることにした。
ケチャップを煮詰めている間に、横でパンを焼き、同時にハンバーグを作る。
本日のメニューはハンバーガーだ。
鉱山労働という屋外作業中に、作業員が手軽に持ち運べるメニューを選んだ。
今では日本でも有名な坦々麺も、元は労働の現場に商人が材料を担いでいってその場で作る軽食だったらしいし、こういうメニューが普及すると便利だろう。
「ふむ。良い匂いがして参りましたな。食欲をそそる匂いです」
「そうですね、ボルヘス侯爵。トマトは味が良いだけじゃなく、身体から余計な塩分を出して体調を整えてくれる効果もあります。栄養豊富で、身体にも良いですよ」
鉱山労働者は塩分の強い食事を好みがちなのだとか。
重労働な分、大量に汗をかくために塩分の補給は必須だ。けれど、過剰な塩分は高血圧などの原因にもなる。
トマトはカリウムや他のビタミンも豊富だし、料理に加えると単調になりがちな労働者の栄養状況を改善してくれるはずだ。
「何と、作業員の健康まで気遣っていただけるとは。さすがはツナグ様ですな!」
ボルヘス侯爵はにこにこと嬉しそうに、ぼくの手を握った。
やがて、鍋が煮詰まりケチャップが完成する。
湯気を立てるケチャップの鍋肌を、濡らしては風の魔術で乾かし、粗熱を取って完成。
本当はきちんと冷めるまで待った方が味が馴染むはずだけど、出来立てのケチャップというのもたまには良さそうだ。
焼きあがった酵母使用のバンズに、ハンバーグと葉野菜、ピクルスを挟んでケチャップをかける。マスタードは刺激が強いので、各自のお好みで。
出来立てのハンバーガーを次々に配り、いよいよ試食と相成った。
「美味いのじゃー!」
「これは! 奥深い味に、心地よい酸味が肉のくどさを消してくれていますな。調味料の味以上にソースの複雑な味は、初めて体験する美味です!」
「そうじゃろ、そうじゃろ。トマトを栽培した甲斐があったじゃろ、侯爵」
なぜだかオルタが、口元にケチャップをつけながらふんぞり返っていた。
広場を見渡すと、驚嘆の声や「美味い!」という叫びがあちこちから上がっていた。
エルフの作る気味の悪い料理だなんて野暮な感想を持つ者は誰もおらず、皆、始めて対面するシンプルな組み合わせながら味わい深い『ハンバーガー』に夢中になっていた。
お代わりを求めて、殺到した参加者が行列を成したほどだ。
さすがハンバーガー、地球で一番食べられている料理だ。
ケチャップの味も新鮮なトマトの酸味が残っており、香草の香りが調味料の味のトゲを包み込んで、かなり食の進む出来栄えだった。
美味しいね。これは、売り物にしても良いんじゃないかな?
ボルヘス侯爵に尋ねてみると、トマトを大量栽培してぜひとも領地の特産品にしたいということだった。
オルタも味に満足してるし、これから王国にケチャップが広まっていくかもしれない。
ボルヘス侯爵にとっては、わざわざ足を運んだ意義のあった食事会だったようだ。
料理を作ったシャクナさんたちのところには、味に感動した獣人やドワーフたちが詰めかけている。
同じ料理を話題に場の雰囲気は盛り上がっており、各種族の距離はほんの少しだけ縮まったのかもしれない。
エルフの里の食事会は、大成功のうちに終わった。