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第60話 日常に囲まれて


 朝、目が覚めると、ぼくの身体は金縛りにあっていた。

 霊的なものでも、精神的なものでもない。


 布団の上で、物理的に四人にしがみつかれて、ぼくは薄目を開けた。


「――広い寝室のある家、買わなきゃ」


 右手にミスティ、左手にシャクナさん、腰にはオルタが抱きつき、足元にアルマが転がっている。

 上体を無理に起こして見下ろすと、全員ネグリジェ一枚という色っぽさなのだけど、汗で濡れた髪を頬に張り付かせて、全員見事に寝乱れていた。

 寝苦しい。

 色々な意味で。



 季節は夏に入っていた。



*******



「やー、日本の夏は凄いねぇ。ツナグの話は、大げさでも何でも無かったんだね」

「これでまだ涼しい方だって言うんだから。都市部は凄いわね、シャクナ姉さん」


 シャクナさんとミスティ、二人のエルフ美人が、キャミソールの胸元をぱたぱたと扇がせながらつぶやく。

 スイカ並みに出るところが出ているシャクナさんの谷間が覗き、ぼくは目を背けた。

 ミスティもミスティで、人並よりはかなり大きい。濡らした小さなハンドタオルで、胸元に溜まる汗を拭っていた。


「ねぇ。二人とも最近、恥じらいって言葉を忘れてない? 一応、ぼくも男なんだけど」

「ツナグ、触ってくれる?」

「恥じらいながら胸を差し出さなくて良いからね、ミスティ。そういう意味じゃなくて」


「でもねぇ、仕方ないよ、ツナグ。森の中での暑さとはまったく違うんだからさ」


 シャクナさんが、気だるげに言った。


 梅雨を越えてからこちら、連日、外気温と湿度は上がり続けている。

 ぼくのマンションは国道に近い住宅街にあるものだから、ヒートアイランド現象で熱されて仕方ない。マンションの上階は、下から建材で焼かれた熱が昇ってくるのだ。


 木立を抜ける風で和らげられた暑さとは違う、サウナのように焼け付く暑さだ。

 異世界の大森林で暮らしていたエルフの婚約者二人は、初めて体験する日本の夏の暑さに音を上げていた。


 おかげで、我が家のエアコンは除湿機能を含めて朝からフル稼働だ。


「そんなに暑いなら、夜はエルフの里で泊まろうか? 向こうの方が涼しいでしょ」


「うーん。里にエアコンは無いからねぇ」


 里は里で、電化製品が無いので寝苦しい。

 寝るときはタイマーで冷房をかけているので、眠りに就くときの快適さは日本の方が上だ、という意見のようだ。痛しかゆしである。


「ダメじゃ、里のシャクナの家は寝具の広さが足らぬ。妾が一緒に寝られぬのじゃ!」


 ネグリジェ姿のままのオルタが、ぼくの提案に猛然と抗議した。


「というか、オルタは何でぼくの家に泊まりに来てるのさ? 王宮の自分の寝室なら広くて豪華だし、エアコン機能のある空冷の魔道具も完備してるでしょ?」


「妾だけ一人寝は嫌じゃ! せっかく指輪ももらって、嫁と認めてもらえたのじゃぞ? 妾も、師とともに夜を過ごしたいのじゃー……」


 そう言ってぼくに肩を寄せてくるオルタ。

 寝汗に濡れたオルタの、甘い体臭がふわりと鼻をくすぐる。

 一国の王族とは思えない甘えぶりだ。わがままを言う姿は、それらしいと言えばそうだけど。


「はいはーい! オルタお姉さまの寝室で、みんなで寝ればいいと思います!」


 そう言って手を挙げたのは、アルマだった。

 獣人として熊の耳をぴこぴこと動かしながら、子どもらしくはつらつと答える。


「良い考えじゃが、朝は早くに侍女が起こしに来るでの。師を他の女に触れさせても良いと言うのなら、構わぬが」


「あはは。そんなの、ぼくは考えすぎだと思うよ、オルタ」


「そうかい? 嫁が増えそうな気がするから、やめといた方が良さそうだけどねぇ。ツナグも向こうの王国で一廉(ひとかど)の立場なわけだし。良からぬ考えを持つ侍女がいてもおかしくないと思うよ」


 あたしなら襲っちゃうね、と舌なめずりをするシャクナさんに、ぼくは表情を引きつらせる。本当に男性経験無いのかな、シャクナさん。と、たまに思う。


「それに、王宮に出入りすると、アルマに風当たりのキツい人間にも出会おうしの」


「負けません! ふぁいとー」


 オルタはアルマの頭を撫でながらかばう。ぼくと出会った時期が近いからか、二人は仲が良いようだ。特にオルタは、アルマを末妹のように可愛がっている。


 オルタは人族最大国家の王族、アルマは獣人族の元奴隷、と異世界での立場の違いは大きいはずだけど、ぼくの傍にいるときは二人ともそんなこと関係なく馴染んでいた。

 ぼくにはその光景が、心から嬉しい。


「とりあえず、家は近いうちに買った方が良さそうだね。会社に近くて広い、良い物件がなかなか無いんだけど。不動産屋さんに頼んであるから、みんな、もう少し待ってね」


 オルタのバルバレア王国との関係を修復する際に、ぼくは賠償金として一財産を得た。

 それだけでなく、バルバレア王国の技術促進をはかるオルタへのアドバイザーとして、異世界に地球の科学技術を持ち込んだ功績が認められ、多額の報酬も支払われている。


 王国からの報酬は金銀の現物なので現金化は難しいけど、日本と異世界の資産を合わせると、ぼくは年齢不相応な金額を貯蓄していた。

 相変わらず現実感は無いので、今の仕事はまだまだ続ける予定だ。


 代わりの人もいないし、ぼくを信用してくれてる日本と異世界のお得意様にも申し訳ないしね。


 使い道は未定だけど、これからは大金の使い方も覚えなくちゃいけないんだろうか。

 近年、大規模災害が多いので貯金の半分を義捐金として寄付しようとしたら、窓口をしてくれた副市長、武田さんから真顔で「一桁下げなさい」と言われた。解せぬ。


 ともあれ、今後のことはこれから考えていこう。

 急に大金が必要になることが、無いとも限らないし。


「さ、シャワー浴びる人は順番に浴びてね。そろそろご飯を済ませて支度しないと、仕事に遅れちゃう。ミスティとシャクナさんも、今日は店番でしょ?」


「あ、そうね。じゃ、お先に使わせてもらうわね、ツナグ」


「あたしは、朝食を先に作ろうかねぇ。オルタも食べていくだろ?」


「無論じゃ! しかし、そのうち『しゃわー』も作らねばならぬのぅ。仕組みは単純じゃから、簡素化すれば市民の水浴びの手間も省けそうじゃ」


「シャクナお姉さま、お手伝いします!」


 それぞれ、朝の準備に向けて席を立つ。

 シャワー、料理、その手伝い、見学、と席を離れていく四人の背中を見ながら、ぼくは自分のバッグに書類を詰めた。


 王国の国政改革は一段落したけど、安定にはまだ至ってはいない。

 エルフの里も王国のボルヘス侯爵領と新しい交流を持ち始め、その折衝が必要だろう。

 角田古物商の営業の仕事は、日本の住民票を取得したミスティのお兄さん、ロアルドさんががんばってくれているけど、ぼくもそのうち相手方に顔を見せなきゃいけない。

 エルフの里の銀製品を日本で販売するブランドも、先日新しい取引先が少し増えたし、その営業も必要だ。



 やることは山積みだ。

 さぁ、今日も一日、がんばろう。



「行ってきます!」






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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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