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行商人とエルフ



「……今の声は?」

「お父様だわ。行商で、何かあったのかしら」


 ぼくとミスティは、思わず顔を見合わせた。

 聞こえてきた村長さんの叫び声は怒鳴り声というよりは悲鳴じみていて、ただならぬ事態を感じさせた。

 いくら静かだとは言え、村の端まで聞こえる大声だ。とっさに出たと言うなら、これは絶対に尋常なことじゃない。


「他の村の人たちも、村の入り口に向かってる。ぼくらも行こう、ミスティ」


「ダメよ、ツナグ! もしも貴方の正体が行商人に知られたら、いったい何をされるか!」


「何も言わなければ、ぼくの見た目は平凡だよ。人族だから怪しまれるかもしれないけど、魔術士だとは思われないと思う。それよりも村長さんたちに何かあった方が大変だ。今の村長さんの叫び声は、普通じゃない」


「それは……確かに、そうだけど」


 ミスティも、家族のことが心配だったんだろう。

 ぼくのことを考えて渋りはしたけど、逡巡の果てに顔を上げてうなずいた。


「目立っちゃダメよ、ツナグ。みんなに紛れて、様子を見に行きましょう」

「うん!」



*******



 村の入り口に行くと、村人たちの人だかりが出来ていた。

 村長さんとロアルドさんが、ヒキガエルみたいな見た目の人族と向かい合っており、村人たちは遠巻きにその様子を見守っていた。

 村長さんとロアルドさんは顔を隠すためだろう、仮面を被っている。

 あのヒキガエルみたいな人が行商人なんだろう。微妙な顔立ちのお伴を数人引きつれ、積荷を載せた馬車を後ろに、鷹揚にふんぞり返っている。

 その前に、肩を落とした村長さんとロアルドさんが立っていた。

 何があったのか、わからない。

 成り行きを見守る村人たちに紛れ、ぼくら二人も聞き耳を立てて様子を伺った。



「――半分しか塩を売れないとは、どういうことだ!」


「どういうことも何も、我輩は売らないとは言ってませんよ。今月から値上げすることにしたんです。今までどおりの量の塩が欲しいなら、倍の魔物の素材を持ってきていただきたい」


「魔物の数はそれほど多くない! これでも、精一杯の数を狩っているんだ。これ以上乱獲したら、あっという間に魔物は姿を消してしまう!」


「王都に魔物の素材を高く買い取ってくれる客がいましてねぇ、在庫はいくらあっても足りないんです。今までどおりの商いの規模じゃ、我輩が商機を逃してしまうことになる。我輩にみすみす損をしろと?」


「だからと言って、倍は無茶だ! いきなり言われても数が揃えられないし、それに乱獲で魔物が絶滅したら、我々が食べる肉が無くなり、餓えてしまう! 魔物は我々の食糧でもあるんだ!」


「餓えればよろしい。我々の食糧が減るわけじゃありませんからねぇ、嫌なら塩の取引を止めてもいいんですよ? ――勘違いしているようだな。儲けが出なければ、誰がお前たちのような醜い存在の元へ足を運ぼうとするものか! 身の程をわきまえろ!」


「ま、待ってくれ。これから夏が来る。夏場は汗が増え、塩を摂らねば倒れてしまう。塩を売ってもらわねば、我々は生きていけない!」


「だったら、魔物を狩ってこい! 貴様らが生きようが死のうが知ったことか、ここで取引が出来なくなれば森に狩人を派遣するだけだ! それが嫌なら、黙って我輩に儲けを運んでこんか!」


 愕然とうなだれる村長さんを前に、行商人は地面につばを吐き捨てた。

 その視線には隠されもせず侮蔑と嫌悪の表情が浮かんでおり、譲歩する姿勢など見せようともしていなかった。

 聞いていて胸糞が悪くなる。

 これは商売じゃない、搾取だ。

 エルフを蔑み、塩という命綱を握って虐げているのと何が違うんだ。

 周囲を見回してみると、周りのエルフも悔しそうに歯噛みをしていたものの、視線は地面に落とされ、行商人に歯向かう意思もなく一様にうつむいていた。


「集まってくるな、エルフどもめ! ――ごぇっ、貴様らの素顔を見ているだけで吐き気がする! 塩の値段は三倍だ、これの三倍の素材を持ってこい!」



「あの、ちょっといいですか?」



「――!? ツナグ殿、いけません!」

 静止する村長さんの声も聞かず、人だかりの中から歩み出る。

 いくら何でも、行商人の一方的な物言いは腹に据えかねていた。


「なんですか、貴方は? ……人族?」

「昨夜から、この集落にお世話になっている旅の者です」

「それは物好きな。見たことのない服装ですが……顔立ちは凡庸ですね」


 美しさの基準が逆な異世界でも、美少年とは言われないぼく。

 ぼくが美少年といわれる世界なんてどこにもないだろう。

 知ってた。

 まぁ、今はそんなこと、どうでもいい。


「向こうでお話を伺っていたんですが、さすがに、準備もできていないのに数を増やせと言うのは無茶ではありませんか?」

「エルフの肩を持つのですか? こんな気持ちの悪い種族を……」


 行商人は不快そうに顔をしかめたが、ぼくが取り合わないで真顔のまま見つめると、気を取り直して続けた。


「まぁ、いいでしょう。――何、今すぐに狩って来ればいいだけのことです。それに、村にも予備の備蓄くらいあるでしょう。あるいは、今、それぞれの家で使っているものをかき集めてもいい。準備がないと言うのは、甘えた世迷言です」


「よしんば家庭に在庫があるとしても、それは生活に必要なものではないでしょうか? それを突然に吐き出せと言うのも筋が通りません。それに、いきなり倍や三倍というのも急すぎます。値上げするにしても、無理の無い量を徐々に提示していくことが、長い目で見ればお互いの利益になるのではありませんか?」


「奴隷にもならないエルフを労働力として扱うのに、長い目など必要ですかねぇ? 重要なのは我輩に儲けが出るかどうかです。それでエルフごときが餓えて滅びようと、こんな醜い忌み嫌われた種族が潰えるのは、むしろ大陸の利益というものですよ」


「ッ! そんなの――」

「――ツナグ殿!」


 食ってかかろうとしたぼくを、今度こそ村長さんが引きとめた。

「行商人の機嫌を損ねれば、我々に生きる道は無いのです……」

「村長は、よくご存知のようだ」


 行商人が、下卑た笑顔で鼻を鳴らす。

 ぼくは、思い直してこの場で行商人を説得することを諦めた。このヒキガエルは自分が美しいとでも思ってるんだろう、エルフを蔑んで慮ろうとしない。

 世の中には、何を言っても通じない身勝手な人間がいるけれど、それは異世界でも同じらしい。ぼくに魔法をくれたおじいさんの嘆きを、思い出す。

 深呼吸して、決意する。


「……わかりました。では、今日のところはせめて、この素材と作物で買えるだけの塩を譲っていただけますか?」

「ほう。追加の素材は用意できない、と?」


「魔物の数は少ないようです。群れを見つけ、狩りをするには時間がかかるでしょう。仮にお時間をいただいても、貴方が満足する量の品物を用意できるとは限りません。それならば、一月の間、塩を控えて時間を作るほうが現実的です」


「ふむ。どうしても現物が無い、というのでは仕方ないですね……村長、それでよろしいのですか?」

 にやにやと、面白がるような気色の悪い笑みを村長に向ける行商人。

 塩を控えるエルフに、真綿で首を絞める嗜虐心を感じているのだろう。こいつ、本当に下衆だ。性根が腐ってやがる。


 村長さんは明らかにうろたえていたが、素顔を隠す仮面越しにぼくがうなずくのを見ると、やがて一拍の間をおいて、決心した。


「……その旅のお方の仰るとおりです。足りない量でも、無いよりは良い。間を空けて再度お越しいただくのもご足労でしょう。値上げを受け入れ、買えるだけの塩をいただきたい」


「わかりました。値段は三倍です。単純に考えて、この村の半数以上が塩を摂れずに一月を過ごすことになる……楽しみですねぇ、次に来たとき、何人が生き残っているか」


 癇に障る笑い声を上げ、行商人が馬車についていたお伴に指示を出す。

 わずかな塩が荷卸しされる間に、ぼくは背後からミスティに手を引かれ、その場を後にした。

 取引の終わりには立ち会っていない。

 その必要も理由も無かった。行商人が帰るところは見ていなかったが、あれ以上あんな人でなしと、一秒でも同じ空気を吸っていたくはなかった。


 ミスティに手を引かれて人だかりに戻る途中、何人かのエルフたちが不安そうにぼくを見た。ぼくは、できる限り毅然とした態度を崩さず、小声で「大丈夫ですよ」と言って回った。

 人だかりの中にはシャクナおばさんも混ざっていたけど、ぼくはにっこりと笑顔を作って、おばさんの不安を拭うことに努めた。



*******



「あの人族は、帰ったの?」

「ああ、悪魔のような笑みを浮かべながらな」


 仮面を外したロアルドさんが、苦々しい顔でミスティに答える。

 あのやり取りを思い出すと、胸の内が苦い。


「あの行商人は、いつもあんな横暴なんですか?」

「あの行商人が、と言うより人族はみんなあんなものよ、ツナグ。――以前、私が人族の街に買出しに出かけたときも、街中で仮面を外したら石を投げられたわ。商店に行っても、罵倒されて門前払いを受けるだけだったの」

 ミスティも、あの行商人に命綱を握られる危険を自覚しているらしい。

 その上で、どうにか自分たちで塩を用意できる方法がないか模索していたようだ。結果は無残なもので、エルフの悪評を確認するだけに終わったらしい。

 ミスティが村の中でも素顔を隠すようになったのは、それからだとか。

 きっと、トラウマを植えつけられたんだろうな……


「……それにしても、とんでもないことになったな」


 ロアルドさんが、深々とため息をつく。

「ごめんなさい。止められてたのに、村の大切な商談にしゃしゃり出ちゃって」

「とんでもない、ツナグ殿! ――あの場では、ああ言うしか無かったのは事実です。どうかお顔をお上げください」

「その通りですぞ、ツナグ殿の身柄には興味を持たれなかった。ツナグ殿の安全が保たれたのなら、我々には何も悔いることはありませんとも」

 村長さんが、朗らかに笑いかけてくれる。

 うん。この人たちの笑顔は、やっぱり安心できる。

 だったら、ぼくは責任を取るべきだ。



「今後、塩はぼくが用意します。あの行商人とは、取引を絶つ方向で話を進めてください」



 ぼくの宣言に、三人は一様に驚いた顔をした。

「ツナグ殿が!?」

「できるの、ツナグ!?」

「うん。ミスティたちに、ぼくの世界に来てもらえればわかるんだけどね」

 普段は人の付き合いには口を出さないけど、今回は別だ。

 あの行商人と付き合いを持っていても、エルフたちは幸せになれない。

 たまに誤解されるけど、ぼくは縁ならどんなものでも尊ぶべきだとは思っていない。お人よしだと言われても、さすがに、そこまで考えなしじゃない。


「人族との、外との関わりを絶つ提案をするのは正直、ぼくも心苦しいです。でも、あの行商人との付き合いは、エルフにとって不幸をもたらす悪縁にしかならないと思うんです」


 良い商売とは、お互いに喜ばれるものであるべきだ。

 でなければ、ぼくを雇ってくれている角田社長や会社の仲間、ぼくを信用してくれている常連さんや仕事のお得意様たちにも申し訳が立たない。


「ミスティ、ロアルドさん。準備をしましょう。二人にぼくの持ってる恩恵をいくつか、写して渡します」

「な、何をするつもりですか、ツナグ殿?」

 うろたえるロアルドさんの目を見据え、説明する。


「泊りがけになりますが、これから、ぼくの世界に来てもらいます。――明日、この村を救う大事な商談をしてきますので、村長さんはサンプルになるものを用意してもらえませんか」


「商談、ですか――? ツナグ殿は、いったい……」

「元の世界ではただの、たくさんの人にお付き合いをしてもらってるだけの、非力な学生ですよ。でも――」

 戸惑う村長さんたちに向けて、告げる。



「きっと、この里の力になれると思います」





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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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