彼女たちの舞台
「どう、オルタ。制御魔術にはもう慣れた?」
里の広場で、積まれた資材をベンチ代わりに休憩するオルタに、ぼくは声をかけた。
蒸気自動車の実験の成功を受け、彼女には少し暇が出来たらしい。
基礎理論が実証された以上、後は強度の問題を解決すれば大規模化が可能と判断されたからだ。
計算や検証などを部下の宮廷魔術士たちに押し付けて、自分は新しく手に入れた技術を習熟すると言う名目で、よくゴスロリ姿で里の広場にエスケープしに来ている。
「むぅー。魔力が足りぬー」
黒いピンヒールを履いた足をぶらぶらさせて、彼女はぷくっとむくれた。
その眉はハの字に落ち込み、扱いが上手くいっていないことを物語っている。
「魔術の発動はスムーズなのじゃが、『でっく』をすべて活用するためには、妾では魔力の最大値がまるで足らぬ。せいぜい半分も動かせれば良い方じゃ」
「魔力の量かぁ……いまいち、実感が湧かないんだけど」
「自覚しておらぬじゃろうが、師はその身の内に『魔法』を抱えておる。魔法は魔術の到達点であり、一つの理じゃ。その身に宿した魔力の量は、常人では及びも付かぬ。神々の理に手が届く領域じゃからの」
オルタの説明に、ぼくは感嘆のため息を漏らした。
サルトルージおじいさんがぼくにくれた力は、そんなに大きな力だったのか。
それだけ、ぼくはおじいさんに期待をかけられていたんだな、と今さらながらに思う。
「はぁー……師の隣に並び立つ日は、まだまだ遠いのぅ」
「まぁまぁ。これから長い時間を過ごすわけだから。ゆっくり行こうよ、オルタ」
ヘッドドレスに飾られたオルタの頭を撫で、落ち込む彼女をなだめる。
と、後ろから誰かに抱きつかれた。
「ツーナグっ!」
「わっ!? 誰――み、ミスティ?」
そこにいたのは、日本の洋服に身を包んだミスティだった。
いつも家に帰れば彼女とシャクナさんが待ってくれているけれど、里で会うのは久しぶりだ。ミスティは子猫のようにぼくの背中に頬を摺り寄せ、歓喜の声を上げている。
でも、なんでミスティがエルフの里にいるんだろう?
この時間は、角田古物商の一階で店番をしているはずだったけど。
「用事があって、ツナグを呼びに来たのよ。オルタも、今日は時間ある?」
「うむ? 妾は問題ないぞ。何用じゃ?」
「用事……って、わざわざ何が起こったの? 深刻な事態では無さそうだけど」
「あのね。ハルムラ会長が、ツナグに相談したいことがあるんだって。わざわざ社屋まで来てくださったのよ。ツナグ、こっちにいると電話がつながらないんだもの。だから直接会いに来たの!」
春村会長が?
会長なら、電話がつながらなければ門で村長さんの家に来れるはずだけど。
それをせずに社屋に来たってことは、何か特別な事情でもあるのかな?
「わかった。じゃあ、日本に戻ろうか、二人とも」
*******
ぼくの部屋を経由して会社に戻ると、応接室には春村会長とシャクナさん、それにアルマがお茶を飲んでいた。
販売の里中さんの姿が見えない。ということは、わざわざシャクナさんと代わって店番をしているんだろう。
ぼくは不思議に思いながらも、春村会長に頭を下げた。
「こんにちは、春村会長。連絡が取れずに申し訳ありません」
「何の何の、予定無しじゃったからの。気にせんでおくれ」
「それで、どんな御用ですか? ミスティから、ぼくに相談があると聞いたんですけど」
ぼくが尋ねると、春村会長は湯飲みをテーブルに置き、うむ、と小さくうなずいた。
「正確に言えば、繋句くんの奥さん三人と、アルマちゃんに頼みたいことがあっての。急ですまんが、繋句くんに了承して欲しかったのじゃよ」
「頼みごと、ですか? 構わないと思いますけど。何でぼくの了承が?」
「うむ。実は……四人に、わしのデパートでコンパニオンをやって欲しくての」
春村会長の話はこうだ。
ベル・エ・キップ一階にある特設ステージで行われるイベントで、予定していたコンパニオンの女性が事故に遭って来られなくなったらしい。
所属する事務所に抗議したところ、代わりの人材がいなくて平身低頭されたとか。
そこで、ミスティたち四人に急遽アルバイトしてもらえないか、となったわけだ。
「でも、ミスティたちはイベントスタッフの仕事なんてやったことありませんよ?」
「それは大丈夫じゃ、司会の女性タレントだけは確保したからの。欲しいのはステージ上での雑用係、と言えばいいかの。展示する商品や小道具などを入れ替えたり、客に粗品を配ってくれたりすればええ」
とにかく背筋を伸ばして笑顔を振りまいてくれれば、四人の容姿なら格好が付く、とのことだ。
「こう言った小さなイベントでは代理は良くあることでの。社員が代わりにスタッフをすることも多いんじゃが、せっかくなら四人に頼んだ方が豪華になると思うてな。一日限りの日雇いじゃから、履歴書なんかも要らんじゃろう」
日当はポケットマネーから弾むぞい、とにこやかに迫られた。
それは確かに、日本人離れした四人の容姿ならステージは華やかになるだろう。
でも、問題もいくつかある。
四人の戸籍上の身元が不確かなことに加え――
「……どうする? たくさんの人の前に立って、目立ちながら笑顔でいなきゃいけないんだけど」
最初に答えたのは、ミスティだった。
消え入るような声で、ぼくの目を見ながら訴えてくる。
「ツナグが許してくれるなら……私は、やってみたい。お店でお客さんに喜んでもらえると、すごく嬉しくなるの。私も、ツナグみたいにたくさんの人を笑顔にしたい。上手くできないかもしれないけど……」
「あたしも、受けてみたいねぇ。接客業って言うなら、ツナグの実家で給仕をしたときとそんなに変わらないだろ? 違う部分は、何事も経験さ」
シャクナさんも豊かな胸の前で腕組みしながら、答える。
アルマは元気良く、無邪気に手を挙げた。
「はいはーい! わたしは、お姉さま方といっしょなら大丈夫です! ご主人様が喜んでくださるなら、いっしょーけんめいがんばります!」
残ったのは、一人。
「……む? 何じゃ、妾が人前に立つのが心配かの?」
オルタは深くうなずき、そして黒リボンに彩られた薄い胸を張りながら言った。
「妾はこれでも王族じゃぞ。民草の前に立つことを恐れていては、国政は務まらぬわ! ……まぁ、素顔を晒して立つのは、初めてじゃがの」
聞こえてる。最後のつぶやき聞こえてるよ、オルタ。
オルタも聞かれたことに気づいたのか、羞恥に顔を染めながらも眉を吊り上げた。
「と、とにかく気遣いは無用じゃ! 師のためならば、それくらいこなしてみせようぞ!」
ぼくの心の中には、四人に対する懸念と心配があった。
けれども、四人は全員が全員とも、やりたがっている。
なら、ぼくが彼女たちを止めるのは余計な気遣いというものだろう。
「わかったよ。四人とも、しっかりね!」
ぼくが大きくそう言うと、四人の間に笑顔が溢れた。
その様子を見て、春村会長が横で満足そうにうなずいていた。