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王国の行く先



「これでいいの、オルタ?」


「うむ。そこの持ち手の水晶に向けて、火の魔術を使うのじゃ」


 ぼくは『デック』の力を使わず、炎の魔術を使用した。

 やや置いてピストンが軋む音が聞こえ、エンジンが駆動する。

 蒸気エンジンによって歯車に押された車軸が回り、車体がゆっくりと前進した。


 馬を使わずに魔術で動く馬車。魔道具ではない、ともすれば水車以来となるこの世界の『機械』の誕生に、エルフたちだけでなくオルタに着いて来た宮廷魔術士たちも唸り、やがて大きな歓声を上げた。


「おお、動いたぞ!」

「やった、成功だ!」

「ふむふむ。……まずは一歩前進と言うところかの?」


 皆に混じってつぶやくオルタの声にも、喜色が滲んでいる。

 蒸気機関による蒸気自動車、その試作品一号の駆動実験を、エルフの里の広場で行っているのだ。


 王国北方のグルタール領とエルフの里が交流を結んでから一ヶ月、王国と里には大きな動きがあった。

 ボルヘス侯爵の資源提供と、ぼくの地球の技術提供により、バルバレアでの蒸気機関の試験製造が始まったのだ。

 開発自体は宮廷魔術士主導で行われたが、バルバレアで地球の技術を一番理解しているのはオルタだ。彼女の監修と、若干のぼくの指導の下に、バルバレアは幾度かの失敗の末、自国での蒸気機関の開発に成功した。


 蒸気機関の仕組み自体は単純だが、鉄と銀の硬度の違いによる蒸気圧への耐久性や、動力を車軸に伝える大小の歯車の製造等、壁はいくつもあった。

 実験中に蒸気圧で爆発が起こり、重傷者の治療にオルタがぼくを呼びに来たことも何度かあったほどだ。


 動力伝達用の歯車の製造に関しては、エルフの里とグルタール領の冶金技術が大きく貢献した。今では(ポータル)で各所をつないでいるけど、門の設置はぼくの知っている場所に限られるため、わざわざ二週間かけて、馬車でグルタール領を訪れたりもした。

 夜は自宅に帰れるとは言え、長旅に耐えた甲斐があったよ、本当。


 オルタの情熱とグルタール領の技術、宮廷魔術士たちの努力が結実して、一月の期間を経た今、蒸気自動車はこうして日の目を見た。


 ぼくは蒸気自動車を操作しながら、広場を一周した。

 その速度はゆっくりと遅く、ぎこちなかったけど、確かに動いている。


 蒸気自動車をオルタの前に止め、ぼくは運転席からひらりと飛び降りた。


「師よ。どうじゃな、でき栄えの方は?」


「うん、上々だね。ぼくも実際に蒸気機関に触るのは初めてなんだけど、『機械』の形にきちんとできてると思う。後は、出力の問題かな」


「まずは形を作ることが先決じゃ。道は通してしまえば踏み慣らせる。拡張することもできる。今、妾たちが、この大陸において新しい概念を形にできたということが重要じゃ」


 熱のこもったオルタの言葉に、ぼくは無言でうなずいた。

 今はまだ馬力に劣る出来だけど、バルバレア王国の技術が発展するにつれて、もっと高機能なものができるだろう。これは、その一歩目に過ぎない。

 高機能化された蒸気機関は、やがて馬車に代わって人々の移動の労力を短縮し、流通を整備していく。

 ボルヘス侯爵領の鉱山のように、人力ではこなせない重労働も負担していくはずだ。

 人が人を虐げる社会から、人が機械を活用する社会へと、バルバレアは進歩する。


 これからバルバレアでは、未知の概念である『科学』が研究されていく。

 その先端を走るのはオルタだ。

 彼女の向かう結末が、導く王国の行く末が、科学兵器を濫用する軍事国家へと曲がらないよう願うばかりだ。


 そんな暴走を食い止める舵取りは、この大陸に科学を持ち込んだぼくらの役目だ。

 これからオルタと二人、王国の暴走に備えた抑止力となる定めを背負うべく、ぼくは心を決めた。


「オルタ。手を出して」


「何じゃ、師よ?」


 オルタが、成功の興奮冷めやらぬ顔で振り向く。

 ぼくはその手を取り、右手の細い薬指に用意していた指輪を通した。

 彼女の紫色の目が瞬く。


 やがて、ミスティやシャクナさんが同じものを着けていたことに思い至ったんだろう。

 日本製の、こちらでは貴金属である鉄の婚約指輪だ。

 顔を赤くして、オルタは驚嘆の表情を浮かべた。


「師よ、これは……っ!」


「オルタ。これからきみの背負う重荷を、ぼくも背負うよ。だから、これを受け取って欲しい。これから――ぼくと、同じ時間を過ごしてくれますか?」


 フードの下の、オルタの瞳が潤む。

 彼女は宮廷魔術士や王城関係者のいる場所では、いつも顔を隠している。集まった宮廷魔術士たちは今は実験の成功に我を忘れているけれど、それでもエルフたちに好意を持とうとはしていない。木石を相手取るように、無関心なのだ。

 オルタに対しても、本心はそうだろう。


 そんな孤立した環境で、過酷な役目を背負う彼女を孤独にはしない。

 ぼくの決意を、彼女は笑顔で受け入れてくれた。

 涙に崩れた、くしゃくしゃの笑顔で。


「……幾千、幾万の苦難があろうとも、師とともに歩む道ならば、妾に後悔は無いっ。無いともっ。孤独と言う、死に至る病から救ってくれたそなたを、わ、妾はっ、心から――心から、愛し続けるっ!」


 オルタは全力でぼくの胸に飛び込む。

 ぼくは彼女の華奢な身体を支え、抱きしめた。

 勢いのままにフードがはらりとめくれたが、素顔を晒すことも厭わずに、オルタはぼくに熱烈な口づけをした。ぼくも目を閉じて、それに応える。


「贈り物は、これだけじゃないんだよ、オルタ」


「何じゃ? こんなにも大きな幸せの他に――まだ、妾に何かをくれるのか?」


 ぼくは優しく微笑み、そして魔術を起動させた。

 魔術の淡い燐光が腕の中のオルタに移っていく。言語の恩恵。健康の恩恵。ぼくが複製して渡せる魔術は、それだけじゃない。

 世界を渡る魔法以外のすべての魔術は、ぼくの制御魔術の管理下にある。


 ――その、制御魔術自体すらも。


「……『デック』は、きっとこれからのきみの役に立つ。持っていて」


 ぼくは、自分の持つ制御魔術をすべて写して、彼女に渡した。

 ぼく自身のみならず、これでオルタもぼくと同等の制御魔術を使えることになる。


 魔術を掌握する魔術。それを自在に行使する魔術士――


 それは、この大陸の魔術士たちの頂点に立つと言うことだ。


 世界を渡る魔術士から、その新たな妻になる彼女への、結納品だ。


 彼女は呆然と自分の姿を見下ろし――そして、ぼくを見上げて微笑んだ。

 満ち足りた笑顔で、彼女は尋ねる。



「……妾は、偉大な大魔術士たるそなたにふさわしい女子(おなご)になれたかの?」



 ぼくは返答の代わりに、もう一度彼女に口づけをした。

 オルタは夢心地のような表情で、一心にぼくに唇を押し付けてくる。



 デック。いつも、ぼくを助けてくれてありがとう。

 これからは、どうか彼女も助けて欲しい。

 一つの国の先頭に立って、民の未来を導く、この愛すべき可憐なお姫様を。



 抱きしめ合うぼくらに、周囲のエルフたちから万雷の拍手が贈られた。

 つられて、宮廷魔術士たちも手を叩く。その顔には苦笑がにじんでいたけれど、決して気分の悪そうな表情ではなかった。


 里のエルフたちと、王国の宮廷魔術士たち。

 その日、二つの温かな拍手の海に浸り、ぼくとオルタは穏やかに笑い合った。

 いつまでも。



 いつまでも――





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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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