理解者はそこに
「師よ、会ってほしい人物がおるのじゃ」
ある日、ぼくはオルタの頼みにうなずいた。
相手は大森林から離れた山脈地帯に領地を持つ、バルバレアの貴族らしい。
自分に反感を持っているはずの、貴族の一員を紹介するなんて、どういうことだろう? とぼくは首をかしげたけど、オルタには考えがあったようだ。
ぼくは黙って、オルタに告げられた予定の日時に、彼女の研究室を訪れることにした。
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「ロアーヌ公爵閣下にはご機嫌麗しく。そして異界の大魔術士殿、お目にかかれて光栄です。某はバルバレア北部に位置するグルタール領の領主、候爵位を拝しますボルヘス・バロル・グルタールと申します。どうかボルヘスとお呼びください」
彼女の研究室で引き合わされたのは、いかにも武人と言った体の剛健な貴族だった。
顔の造りは角田社長に似ていて、ごつごつと仁王像のように無骨だ。
体格も大きく、腕の太さはぼくの胴回りくらいある。長い髪をオールバックにして撫で付けており、これが貴族服に脚絆といった正装でなければ、すわ鉱山夫か山賊かと言われても納得する巨体である。
「師よ。ボルヘス侯爵は亜人保護を掲げる穏健派の筆頭じゃ。領地に銀と鉄の大鉱脈を持ち、金属資源の供給を支えておるため妾たちも下には置けぬ。先だってのエルフの里への進軍も、侯爵は頑として協力せなんだ」
「そうなんですね。初めまして、ボルヘス侯爵。よろしくお願いします。ぼくのことは繋句とお呼びください」
ぼくが会釈すると、侯爵も恐縮したように再度頭を下げた。
威風堂々とした体躯だけれど、威圧的な傲慢さは無い。誠実な人柄に見えた。
「それで、ボルヘス侯爵は亜人保護を掲げられているということですけど……」
「はい。我が所領は少々特殊でして。冶金に長けたドワーフを始め、亜人種の体力や技量の恩恵に支えられております。鉱山夫は重犯罪者である人族の終身奴隷が多いため、人族よりも亜人種の方が平均的に地位が高い、そのような土地となっております」
「なるほど。土地柄、亜人に対する偏見の無い領地なんですね」
ドワーフか。ミスティたちから話は聞いてたけど、本当にいるんだな。
会ってみたい気もするけど、そういう土地があると知れただけでも朗報か。この人の領地なら、エルフ種族に対する抵抗も少ないかもしれない。
でも、そんな独立独歩の侯爵が、何でぼくに会いに?
「このたびは、ロアーヌ公爵閣下とツナグ様に、お礼を申し上げたく馳せ参じました」
「え? お礼、ですか?」
「ふふ。師よ、先日から色々と、師の手引きで技術や作物の種を導入しておるじゃろう。その件じゃよ」
ぼくの疑問に答えたのは、オルタだった。
彼女はフード付きのローブの下でいたずらめいた笑みを浮かべ、続けた。
「蒸気機関の開発には、資源的な問題で、まずボルヘス侯爵に話を通さねばならんかったでの。その際に日本の作物の一部や、師より預かった資料から起こした図面などを実験的に渡したのじゃ」
「ええ。我が領は山岳地帯ですので、平地が少なく、穀物があまり作れません。ですが、このたび荒地でも育つ『じゃがいも』や『さつまいも』なる作物の苗をいただけたことで、食糧事情に改善の目処が立ちました」
また、恩恵はそれだけではないそうだ。
手押しポンプは鉱山内の地下水の排出に役立ち、何より蒸気機関による籠吊り型のベルトコンベアは鉱石や排出土砂の効率的な搬出に役立つ。
素晴らしい発明だ、と侯爵はぼくの手を握って感動してくれた。
「鉄道の先駆けとして、侯爵は鉱山内に『とろっこ』なる移動手段も試してみたいとのことじゃ。重い鉱石を運ばせるには、役畜や魔獣ではすぐに力尽きるでの」
「良い考えですね。トロッコには人力で動かすものもありますんで、蒸気機関の完成より先に導入できると思います。線路を敷設する間に、資料を探しておきましょう」
「ありがたき幸せ! さすがは大魔術士殿。これで、領で雇っている獣人労働者の負担も減ると思います」
人力型トロッコは、てこの原理で車軸に繋がるシーソーを互いに上から押して走らせる仕組みだ。手漕ぎトロッコとも言う。上から押すので体重が利用でき、てこの原理と車輪の作用で、普通に運搬するより省力で大量の資材を運べる。
馬車がある以上車輪はあるので、後は駆動部の設計図を持っていけば良いかな。
ボルヘス侯爵は興奮を隠せず、ぼくの手を取り語った。
「口さがない他の貴族たちは、エルフに加担するツナグ様を悪鬼のごとく恐れ、公爵閣下の改革を魔界の呪術と忌避しております。ですが、これらの技術が導入された結果を想像すれば、そんな世迷言は歯牙にもかけられぬでしょう」
国内屈指の重労働職種である鉱山夫を多数抱えるボルヘス侯爵は、雇用労働者の労力を減らせないか、いつも考えていたそうだ。
鉱山には常に崩落の危険が付きまとい、体力や判断力の低下は即重傷以上につながる。
もちろん、魔術によるサポートはあるけど、鉱山は広いため手が回らない。
魔術士以外の人員が常用できる技術が何か無いか、頭を悩ませていたのだとか。
領民思いの良い領主だ。この大陸の人族の貴族にも、こんな人がいたんだな。
「それだけではないぞ、師よ。侯爵は、エルフの里とも交流を持ちたいそうじゃ」
「えっ!? 良いんですか!?」
驚くぼくに、侯爵は無骨な顔を和らげ人好きのする笑顔を浮かべた。
「ええ。聞くところによりますと、ツナグ様の守護するエルフの里は製鉄技術を持たれるとか。製鉄は今のところドワーフの秘奥とも言うべき技術でして。技量的に独占状態にあるのですよ」
「なるほど。交流して、人族や獣人族にも学べるようならば習得したい、と。しかし、エルフの里も無償で技術を開示してくれるかはわかりませんよ?」
「わかっております。冶金技術の交流を足がかりとし、すでにエルフの里に導入された技術を、実例として参考にしたいというのが本心ですな。対価としては、銀などの金属資源の供給を考えております」
これは悪い話じゃない。
里は日本に対して、将来的に自作の銀製品を売って生計を立てるつもりでいる。
その際、大規模な銀の供給元が確立されているかいないかで、商売の規模と商品製作の自由度がまるで違ってくる。
何より、亜人種に好意的なボルヘス侯爵とつながりを深めるのは、エルフという種族にとって決してマイナスにはならないだろう。
「わかりました。侯爵に時間はおありですか? 里の村長さんに紹介したいと思います」
「ありがとうございます。某はあと数ヶ月、この王都に滞在しております。ご都合のよろしい時期を提示していただければ、大森林まで飛んでまいりますとも」
「ボルヘス侯爵。そんなまだるっこしい手続きを踏まずとも、今これから里に赴けば良いのではないかの? 話ぐらいはできるじゃろう」
オルタが苦笑しながら取り成してくる。
門を使えば徒歩数秒だ。その恩恵を普段から享受しているオルタにとって、里はすでに庭みたいなものと化している。
まぁ、ぼくもこれから行くつもりで打診したんだけど。
侯爵は、彼方の大森林の中に数歩で行けるという説明に、唖然とした顔をしていた。
「じゃあ、侯爵。護衛の人を呼んできてもらえますか? 危険は無いですけど、侯爵のお気持ちが固まり次第、とりあえず話だけでもしに行きましょうか」
簡単な準備の時間を設け、その後ぼくらは里に赴くことになった。