裏から手を回す国造り
最近、ぼくの仕事がさらに増えた。
通常業務に加え、オルタの国政改革にも相談に乗っているからだ。
主にオルタの視察した地球の文化に対して資料を揃え、翻訳して読み聞かせるのが主な業務となっている。
相手はオルタが主だけど、ときには王様に説明に行ったり、研究職の宮廷魔術士たちに資料を読み聞かせて物理的な理論を説いたりしている。
と、言ってもぼくは物理学者じゃなくまだ高校生なので、計算的なものは本職である魔術士たちに任せて、概念と理屈を説明するだけだけど。
「――いや、ロアルドさんがいてくれて本当に助かってますよ。何でも、藤巻市の住民票を獲得したんですって?」
「そうです。これで、ツナグ殿とは同郷人となりますな。具体的にどのような手段で取得したのか、ユメコが言葉を濁していたのが懸念されますが……」
たぶん、相当強引な手を使ったんだろうな。
とは言え、敏腕副市長である武田さんの手腕だ、うっかりロアルドさんの正体がバレることは無いと思うので、その点だけは安心している。
ロアルドさんとの結婚に向けて、着々と足場を固めて行ってるなぁ。
「ぼくがあまり営業に出られてないんで、ロアルドさんが回ってくれるのは助かります」
「藤巻市民になったことで納税の義務も増えましたので。いまだ勉強中の身の上ですが、せめて給与分は役に立たせていただくよう、粉骨砕身する所存です」
意気込むロアルドさんに、ぼくはぺこりと頭を下げる。
日本語の勉強も進み、業務書類の書式も覚えてきているので頼もしい限りだ。
「ツナグ殿は、これから王城ですか?」
「そうです。オルタとの約束で、資料を届ける予定です」
「わかりました。日本の営業はお任せください。何かあれば、この『すまほ』で、社長にご報告いたしますので」
「お願いしますね、ロアルドさん」
ぼくは笑顔で挨拶を交わし、里の門に向かった。
いつの間にか、電子機器まで使いこなしてるんだもんなぁ。元は里の運営の補佐をしてたぐらいだし、やっぱり有能なんだな、ロアルドさんは。
しばらくは、ぼくも王国の案件に専念できそうだ。
*******
「師よ! 待っておったぞ!」
里から研究室に着くや否や、ゴスロリ姿のオルタが飛びついてきた。
猫のように頬を摺り寄せてくるので、空いた手でヘッドドレスで飾った銀髪を撫でる。
「やぁ、オルタ。研究は順調?」
「うむ! 師の言っておった『空冷魔術』が完成したぞ。これで、希少な氷の魔道具を使わずとも安価な風の魔道具で食材が保存できる目処が立った!」
何と、オルタはぼくの説明した冷蔵庫の原理を、魔術で再現したらしい。
冷蔵庫やクーラーの冷却の原理は同じだ。
空気は質量に対して熱を保持している。そこで、空気を圧縮すると熱が寄り集まり、体積内の温度が相対的に上がることになる。
熱は同じ温度になるよう周囲に拡散するので、圧縮空気を放熱して冷やしてやる。
そして、平温になった圧縮空気の密度を元に戻してやるとどうなるか。
圧縮時と同じ平熱しか持たないのに体積が大きくなる、つまり熱密度が薄まり――
要するに冷える。
これが圧縮空気を使った冷却法だ。
一般的な冷蔵庫やクーラーでは、フロンガスやその代替品でこの原理を実践する。
氷の魔術は水や大気中の水分の分子結合を変化させることで熱量を操作する魔術なので、それとは根本的に理論が違う冷却法が確立したことになる。
「良かったね。食材が保存できれば食糧事情も改善されるだろうから、国力は上がるよ」
「うむ。後は流通の問題じゃのぅ。師よ、頼んでおった『ジョウキキカンシャ』の資料は、持ってきてもらえたかの?」
「うん。書籍をいくつかと、市の図書館でコピーを取ってきたよ」
手に提げたビジネスバッグから、オルタ宛の資料の束を取り出す。
蒸気機関車の構造は単純化してしまえば、水を石炭で熱して蒸気の圧力で車輪に繋がるピストンを動かすという、それだけのものだ。
地球では燃料資源が大量に必要になるけど、ここカトラシアでは炎の魔術士という人的資源で代替できる。
また、炎の魔術は軍事用に推奨されているため習得者が多く、国防に回す分を差し引いても余剰人員があぶれ、その魔術士たちの仕事をどうするかという問題も持ち上がっていたらしい。
「水を介して、火を動力に変えるとはのぅ……この仕組みを考え付いた者は、天才じゃの。いや、これも『カガク』の力か。水の性質を熟知しておらねば、この機構は出来ぬ」
「蒸気機関は地球でも技術革命の一種だからね。この国でも有用だと思うよ」
「……問題は車体と線路の強度じゃのぅ。師よ、これはやはり鉄で無ければダメか?」
「うーん。計算が出来ないから、その辺はなんとも。ただ、蒸気機関の圧力が大きいから、強度は余裕を見た方が良いだろうね。あと、線路は銀でも耐えられるかもしれないけど、熱伝達率が高いから摩擦熱で寿命が短くなる可能性は大きいと思うよ」
いきなり大規模な鉄道の敷設は問題点が大きいので、ぼくは地球にも一時期存在した蒸気乗用車の開発を提案した。
すぐにディーゼルエンジンに取って代わられたけど、燃料が魔術なカトラシアなら不便は少ないと思う。
雷の魔術が一般的なら電気分解による水素エンジンも使えるかもしれないけど。
ぼくの知識が乏しい上に、雷の魔術は電気という概念が希薄なせいで一般的ではない。
「地球はうらやましいのぅ……鉄が豊富とは。我が国にも、かような鉄資源があれば」
「代わりに銀が豊富なんだから、となりの芝生が青く見えてるだけだよ。銀は伝導率が高いから、電気が普及したらカトラシアの特性が活かせるようになるかもしれないね」
ちなみに、バルバレアとの鉄と銀の交易はお断りしている。
さすがに国を相手の取引量となると、銀の相場が崩れて地球の経済が混乱するからだ。
バルバレアに対する技術支援は、エルフの里の地位向上のためという理由が大きい。
エルフの里を窓口にして銀製品を交易するには、資源の購入など、エルフたちの社会的地位も必要になるからだ。日本の直接的な利益は少ない。
これには、日本の経済界の一員である春村会長にも納得してもらっている。
「うぬぬ。これは、また日本を訪れねば。ということで、師よ! 夕食は向こうでの食事を所望するぞよ!」
「ははは。本当は、そっちが目的でしょ」
バレたか、とオルタは小さな舌をぺろりと出した。
こういう何気ない仕草が可愛らしく、素顔を隠していたのがもったいないと感じる。
「向こうの食事は、こっちより味付けが豊富で美味しいものが多いのじゃ。特に『とまと』と言うたかの? あの酸味と旨味は癖になる、こっちでも栽培したいくらいじゃ」
「ナス科の植物だから、病害虫とか土とか栽培は難しいと思うけどね。いいよ、今度苗を買いに行こうか」
オルタは初日に食べたイタリアンの味にハマったらしく、ピザやパスタのトマトソースにいたく関心を示していた。
貴族と言えど、平時はそう豪華な食事を取れるわけでもないようで、日本の標準的な食文化の豊かさにオルタは夢中になっていた。
できれば将来は、仕事を誰かに引き継がせて日本に住みたい、とこぼすくらいだ。
「のぅー、師よー。食べたいのじゃー、『とまと』料理、食べたいのじゃー」
「はいはい。こっちでも作れるレシピがあるから、色々試しに行こうね」
ぼくに甘えかかって、ぽかぽかと胸元を叩いてくるオルタを抱きしめる。
すぐに大人しくなってうっとりとぼくに寄り添う様子は、彼女をとても幼く見せる。
彼女の幼さの発露は、日々の仕事の、忙しさの反動なのかもしれない。
今までずっと、気を張り通しの毎日だったろうしね。
まぁ、こんな彼女も可愛いと思うよ。