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あべこべの論理



 その後、何やかやと数日が経過した。

 賠償金の話は一度王城に戻ったオルタが手を回し、トップダウンで採決されたらしい。

 たぶん王様の意向だろうな。貴族たちはオルタに反感を持っていたけど、王様はオルタを敬愛していたみたいだから。


「師の世界の技術の一端を話したら、即決じゃったぞ。是非にも友好的な関係を築いて、王国の発展に寄与して欲しいと頭を下げられたわ」


 彼女の研究室で、金銀の山を前にして言うオルタ。


 他の人間が出入りできないのを良いことに、ここに里との(ポータル)を繋いでいる。

 この財貨を届けて調印書にサインすれば終わりということだ。

 使節団を派遣しようにも費用がかかるため、ぼくと彼女の仲が良好で門による受け渡しが可能なら、これで済ませてもらいたいということらしい。

 王国とエルフの里の間の壁は、未だ低くは無いようだ。


 調印が済んで一連の後始末が終わり、里には財がもたらされた。




「やぁ、繋句くん。連絡を聞いて、繋句くんの取り分は口座に振り込んでおいたからの。向こうに戻ったら確認しておくれ」


 お茶を飲みがてら里にやってきた、春村会長が朗らかにそう言った。

 これでぼくも億万長者ということだ。改めて考えても震えが来る。

 二億六千万円。

 普通に働いてたら決して一度には得られない大金だ。


「生涯賃金を超える額なんですけど、まるで現実感が無いですね」


「そんなものじゃろう。通帳の数字のままでは実感など湧かぬよ。じゃが、これから必要なものを揃えるたびに感慨も湧いてこようて。生活の自由度が違うからの」


 ばしばしと肩を叩いてくる会長。

 せっかくなので家の購入の相談などを済ませたりした。


「なんじゃ、師よ。何か良いことでもあったのかのぅ?」


 王城から帰ってきたオルタが首をかしげて尋ねてくる。

 ことの仔細を説明すると、貴族のオルタはにこりと笑ってうなずいた。


「うむうむ、師のような人物が生活に縛られるというのはもったいない。その持ちうる力を考えれば当然の権利じゃろうとも。もっと堂々とされるが良い!」


 まぁ、確かに彼女の言いたいこともわかる。

 この世界じゃ、人族の高位の魔術士は高給取りらしいし。

 これから皆にもっと贅沢をさせて上げられると考えれば、悪いことじゃないだろう。


 日本に戻り、皆にそのことを説明すると、アルマ以外には喜ばれた。

 アルマだけは金銭の価値や事情がよく飲み込めていなかったが、美味しいものがたくさん食べられるよ、と説明するとぼくに飛びついて歓声を上げた。


 さて、仕事するか。



*******



 ミスティとオルタ、アルマを連れてデパートに市場調査に乗り出した。

 シャクナさんは事務所一階のショップで店番のお留守番だ。

 オルタが日本文化をもっと見て回りたいというので、ミスティがお守り役になり、アルマがおまけについてきた。


 ミスティとアルマの耳は、オルタの化粧品で隠してある。

 ウッドフォックスの毛皮を溶かしたこの化粧品は、傍目からはまるで見分けがつかないように外見を変化させている。もちろん触ると実際の耳があるんだけど、元から人間に近かったミスティも、熊耳のあるアルマも、一見では普通の人と見分けがつかない。


 おかげで、行きの電車でもデパートでも、美少女三人組は目だって仕方が無かった。

 表通りを行く途中、芸能スカウトの人に声をかけられたほどだ。


「よもや妾が、大勢の人前に立って魅了せよと言われる日が来るとはのぅ?」


「私たちがそんなに評価されるなんて、向こうの世界じゃ考えられないわよね!」


「えへへー、わたしもきゅーとだって褒められました! きゅーとって何ですかね?」


 アイドルという仕事を説明され、それに自分たちが勧誘されたということに三人は興奮していた。身元の関係で誘いに乗ることはできなかったけど、人前に立つ仕事に選ばれたという事実は魅力的なんだろう。


 日本人離れした美貌の三人の魅力を考えれば、むべなるかなと思うけど。


「向こうでも、こんな風に認められたら良いのになぁ」


「それは無理じゃろう、ミスティ。この国とカトラシアでは、文化も風習も何もかもが違いすぎる。奴隷なしに労働が回る国なぞ、妾は初めて知ったぞ」


 改めて考えても、カトラシアと日本の文化の違いは大きい。

 特に、美醜に関しては真逆になっているほどだ。


「そう言えば、何で向こうでは武田さんや社長みたいな顔がもてはやされるんだろ?」


「ふむ。師の質問の答えにはいくつか説があるが……一般的には、文明を持たぬ太古の時代の名残と言われておるな」


「太古の?」


「うむ。古き時代、人間の闘争は素手や道具を使うもので、魔術は存在せなんだ。素手による暴力は顔の形を変えるじゃろう。形の変わった顔は闘争の結果を示し、勇敢さの証となって周囲から褒め称えられたと言われておる」


 なるほどね。

 それで、こちらでは崩れたような顔が、あちらでは美しいとされるのか。


「家族や氏族を守る顔じゃからのぅ。古代は女も母として子を守ることが多かったらしいからの。反対に、整った顔は闘争や責任から逃げる弱い顔だと蔑まれたということじゃ」


「なるほど、歴史的な背景による価値観か。それは根が深いなぁ」


 弱肉強食の精神を持つカトラシアらしい背景と言えば、そう言える。


「妾からすれば、この世界がどうしてこのような整った顔を賛美するのか見当もつかぬ」


「うーん。一番大きいのは、宗教画の存在なのかなぁ。バルバレアに宗教はある?」


「あるとも。大森林が近いため、自然信仰の多神教じゃがの。唯一神等の偶像崇拝は邪教とみなして、排斥しておる。一神教の信者は王権神授を掲げて権力を侵食するでの」


「宗教と権力の問題は向こうにもあるのか……ともあれ、個人の見解だけど。こちらの世界では神様の使いは整った顔で描かれるんだ。人を超えた、楽園の超越的な存在は原始的な闘争も超越してるという考えなんだろうね」


「なるほどの」


「転じて、整った顔は神秘性の対象となって、美しさにつながった。あるいは、闘争による傷の無い顔の肯定というのは、弱さではなく、闘争自体の否定だろうね」


 闘争による略奪は総体的に見て生産性が無い。

 奪い合うだけの社会は既存のものが行き交い、消費するだけの社会だ。

 奪い合いを避け、知恵を用いて生産による発展とその恩恵によって社会を富裕化させ、統治する。この世界の人類は、早い段階でそうした道を選んだ。


 狩猟採集社会から農耕社会への変化。

 氷河期を契機に、闘争より生産による発展を選んだのが地球の文化とも言える。

 地球で種の平均値である容姿が美しいとされる説があるのは、多数の同族と協調しやすいという背景もあるんじゃないだろうか。


 これはオルタには言えないことだけど。

 カトラシアの人族は、未開時代から身体能力に大きな差異のある、獣人などの亜人種という他の知的種族を外敵に持っていたため、闘争的な価値基準が根強いのかもしれない。

 でも、文明は進歩する。

 いつまでも未開時代の思想のままじゃいられない。


「師の推し進める改革と同じか。……しかし、整った顔が神秘性の象徴という意見は耳に心地よい。それで、この世界の民は妾たちの容姿に憧憬の視線を向けるのじゃな」


 くふ、と抑えきれない喜びを滲ませるオルタ。


 この世界がただ醜いものをもてはやすという魔界ではなく、違う歴史の違う基準の元に自分の容姿を認めているという確信が、彼女の心をほぐすんだろう。


 化け物だから認められたのではなく、人として認められたのだと。

 これまで、彼女の中では、世界の違いというのは懐疑を引き起こすに足る重要な違いだったのかもしれない。


 ところ変われば品変わる。

 色々な世界があるもんだ。

 ぼくの魔法は、他にどんな世界を渡っていけるんだろう?






2016/6/5 感想でご意見をいただき、後半の、地球の美醜に対する繋句の私見等を修正しました。

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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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