女子会プラス一人
きっかけは、一人の発言だった。
「この、ぷろしゅーとってのは、味わい深くて酒が欲しくなるねぇ」
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「ツナグ、のんでる? のんでないの? なんで? のも?」
「ごしゅじんさまぁ、めのまえがふわふわするですー。けづくろいいたしますねー」
「師よ、そなたのぬくもりがわすれられぬ……わらわのみみもとで、むつごとをささやいてくれぬか……?」
「ええと、皆さん。落ち着きましょう」
大丈夫だ。まだ慌てる時間じゃない。
冷静になれ……るか、こんなの!?
「あっはっは。皆、酔いやすいねぇ?」
「のん気に笑ってないでくださいよ、シャクナさん! 皆に飲ませたのシャクナさんでしょ!? どうするんです、これ!」
ぼくは酔っ払った女性陣三人にしなだれかかられていた。
ひざの上にはアルマ、左右にはミスティとオルタ。全員、見事に酔っている。
シャクナさんが注文したワインのマグナムボトルはすでに空になっていた。
主犯はシャクナさんで、次いで量を空けたのがオルタとミスティ。
アルマは舐める程度しか口に含んでいないのに、すっかり出来上がってしまってぼくの首筋にちろちろと小さな舌を這わせている。毛づくろいのつもりなんだろう。
シャクナさん以外、どう見ても未成年だから飲酒は止めたんだけど。
安くて美味しいと評判のチリワインをシャクナさんが美味しそうに空けるものだから、興味を持った三人が節度を越えたおかげでこの有様だ。
赤ワインって、それなりに強いんだよ?
「師よ、師よぉ……」
「オルタ。ぼくの腕を抱きしめて変なことをしないように」
「身体の火照りが止まらぬのだ、はぁっ……わらわを、みじめに思わないでほしい……」
切なそうに顔を上気させるオルタ。ぼくの抗議はまったく届いていない。
ブースで区切られて人目は無いとは言え、公共の場なのに。
どうしよう?
「ツナグ。のませてあげるね? んー」
ミスティがグラスから口に含み、ぼくの顔に手を添えてくる。
未成年の飲酒は禁止されてます。ぼくが人差し指で口をふさぐと、ミスティは残念そうに口の中のワインをごくりと飲み干した。
ぐんにゃりしているオルタを自分の席に帰らせ、テーブルにうつ伏させる。
ぼくに擦り寄ってくるアルマの頬をぺちぺち叩き、正気に返らせて席で休ませた。
死屍累々とはこのことか。まさに地獄絵図である。
「師はひどいのじゃー、わらわにだけ口付けをしてくれぬー」
「わたしもされてないですー。ごしゅじんさまぁ、ちゅうー」
「そうだねぇ。あたしも、夜の営みをどれだけ待たされたことか。ツナグはもう少し、自分に正直になっても良いんじゃないかい?」
「えへへー、私は、あと半年でツナグとひとつになるもーん」
「うらやましいのじゃー。わらわも、わらわも早よぅ抱きしめて欲しい……」
「そもそも、半年ってのも長すぎるよねぇ? その場で押し倒すくらいじゃないと」
「おしたおされたらー、ぎゅって抱きかえしてー、受け入れちゃう! にゅふふ」
「わたしはー、ごねんもまてっていわれましたー」
「おお、アルマよ。わらわたちは新参ゆえ、その悲しみをわかちあえるじゃろう。こちらへ来やれ、よしよし」
「オルタおねーさまー。ふえーん」
これは酷い。
皆、欲求不満が溜まっているようで、ぼくの話題で盛り上がっていた。主にぼくの心によろしくない方向で。
そりゃ、ぼくだって溜まってないわけじゃないけど。一度振り切ると、歯止めが利かなくなりそうなんだよね。
男の子ですもの。
お酒を通じて意気投合している女性陣を前に、ぼくは自分の不利を悟ってそっと席を離れた。このままだと何を約束させられるか、考えただけでも恐ろしい。
いや、社長辺りに言わせれば、放置せずに何とかするのが男の甲斐性、と言われるかもしれないけど。
トイレに行こうとこっそり席を立つと、離れ際にシャクナさんと目が合った。
シャクナさんは酒精に顔を染めながらも、魅力的な瞳を片方閉じて、ぼくにウィンクを投げかけた。酔ってない。あれは全部わかってて要求してる顔だ。
あと半年、襲われずに済むかな?
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ほとぼりが冷める頃合を見計らって席に戻ると、三人は強制終了していた。
お酒に強いシャクナさんだけが、酔い覚ましのフルーツジュースに口をつけている。
「気は済みましたか、シャクナさん」
「まぁねぇ。あたしたちも、ほら。いつまでも黙って待ってるわけにも行かないからさ。たまには女同士で騒がないとね」
「息抜きは、ぼくのいないところでしてもらえるとありがたいんですけどね……」
「そういうわけにも行かないだろうよ、皆あんたが大好きなんだから。ね、色男?」
からかうようなシャクナさんの言葉に、ぼくはそれ以上何も言えずにミスティたちを起こした。
テーブルの上には、パスタ、ピザ、アクアパッツァ、プロシュート、チーズ等の空いた皿が並んでいる。皆、何だかんだと騒ぎつつも料理を堪能していたようだ。
ぼくは半分くらい食べそびれたけど。
未成年の飲酒は、異世界人だからということで許してもらおう。
意識を失ったオルタを抱え起こそうとすると、彼女の薄い唇が動いた。
「師よ……師は……妾で良かったのか……? 本当は……」
それは、彼女の本音なんだろう。
容姿を受け入れられなかった彼女たちは、総じて自分に自信が無い。オルタもきっと、表面上は毅然としていたけど、内心は不安でいっぱいだったはずだ。
ぼくは無言で、彼女の唇にそっと自分の唇を重ねた。
オルタが心地良さそうに、唇を押し付けてくる。王族の彼女が内側に隠した、見た目どおりの幼さがぼくの心をくすぐったように感じた。
彼女とはきっと、長い付き合いになるのだろう。
それは、他の皆にも言えることだけれど。彼女だって例外じゃない。
心配はいらないよ。これから、傍にいる時間がたくさん増えていくはずだから。
これからよろしくね、オルタ。