姫様のお着替え
オルタとアルマに言語と健康の恩恵を渡し、一度ぼくの部屋で着替えてからデパートへ出かけることになった。
アルマはぼくが渡した服を着ているので、着替えるのはシャクナさんとミスティだ。
オルタの服装は迷ったけど、宮廷魔術士のローブは生地の質も良く、装飾も入ってるので豪華なパーカーの親戚に見えるだろう、と服を買うまでは押し切ることにした。
まぁ、まず真っ先にオルタの服を買うし。
二人が着替えている間に、もう何度目になるのかわからないけど、日本の説明を軽くオルタとアルマにしておいた。
アルマは良くわからず、カトラシアとの景色の違いに興奮していたけど、オルタの方はそうはいかない。
電化製品や建築技術という、王国とかけ離れた文化の説明を受けて、あまりの技術格差に呆然としていた。
魔法も魔術も無く、庶民の生活上の労力がほとんど軽減された、人力に依らない文明的な社会と言うのは衝撃的だったようだ。カトラシアじゃ、貴族は着替えるにも他人を使うらしいからね。そういう点で雇用を生み出しているのだとか。
営業時間的に交通手段を使って移動している余裕が無いので、門を使って移動する。
デパートの威容を目にしたときも、オルタは固まっていた。
「こ、ここはこの国の王城か……? いや、他にも同じような規模の建造物がある。ど、どういうことなのじゃ? この国では、これが普通なのか?」
「一般的ではないけど、普通だよ。都市区では商業施設や商会の施設なんかは、だいたいこの規模で作られてる。日本は国土が狭くて、自然災害も多いからね。建築技術は発達してるんだ」
日本の耐震構造は世界的にも結構な水準で、隣の大陸なんかだと倒壊するような震度でも平然と建ち続けてるそうな。
バルバレアだと戦火や魔術の余波が多いので耐震構造の詳しい理論を聞かれたけど、ぼくの専門外なので後日調べることにして許してもらった。
建材について問われたので、鉄筋構造とコンクリートという素材の説明をしておいた。
確か古代ローマでもローマン・コンクリートは普及してたはずだけど、バルバレアにはまだ無い建材らしい。村長さんもセメントを知らなかったもんな。
その後もおのぼりさんの珍道中を繰り広げながら、何とか六階にたどり着く。
目当ての店を見つけて、女性陣全員の目が輝いた。
そこにあった店は、華やかなフリルに満ちた、いわゆるゴシック・ロリータ専門店――
ゴスロリショップだった。
なるほど、確かにゴスロリなら先鋭的だけど貴族風と言えなくもない。
何で武田さんが知ってたのかは不思議だけど。実は興味あったのかな?
ビスクドールみたいな格好をした店員さんに声をかけ、オルタを前に出す。
「すみません。初心者なんですけど、この子に合う服を全身見立ててもらえますか?」
「まぁ、すごく可愛らしい子ですね。妹さんですか? 任せてください!」
店員さんは意気込んでオルタを店の中に引きずり込んでいった。
銀の髪と紫の瞳は気にならなかったようだ。こういうところに来るくらいだし、染髪とカラーコンタクトとでも思ってくれたのかもしれない。今の服装も西洋風だしね。
物珍しげに店内を見回る女性陣と離れて、オルタの付き添いをする。
彼女は何もわからず、店員さんの勧めるままにうなずいていたけど、試着室の姿見には大いに驚いていた。ガラスで保護された歪みのない大銀鏡は、珍しかったのかも。
「師よ、師よ」
試着室の中から、声がする。
「何か呼んだ、オルタ?」
「この、がーたーというものの着け方は、これで良いのかの?」
しゃっ、と試着室のカーテンが開き、オルタが姿を現す。
彼女はガーターベルトとニーソックスを着けただけで、他は素っ裸でした。
成長しきっていない膨らみや華奢な体つきだけでなく、レースに彩られただけの無毛の下半身まで無防備に晒した彼女に、ぼくは小声で慌てる。
つるぺたでした。色んな意味で。
「お、オルタ! オルタ! 隠して!」
「な、なんじゃ、やはりこの身は醜いかのぅ……?」
「いや、綺麗だけど! そうじゃなくて、他人に簡単に裸を晒しちゃダメ!」
「着替えの時にはいつも、侍女に裸身を晒しておるぞ? 素顔は仮面で隠しておるがの」
「異性相手なんだから、少しは控えて!」
しまった。貴族だから裸を見られる羞恥心が薄いのか。
店員さんは、ミスティたちに商品を案内するのに夢中でこちらを見ていなかった。
幸いにも誰にも見られてないことに安堵し、彼女に身体を隠させる。
すると、カーテンに身体を隠しながら、オルタは恥ずかしそうに言った。
「その……良ければ、服を着るのを手伝ってもらえんかのう……?」
ぼくは思わず、頭を抱えた。
高貴な育ちの彼女に、店員さんから見つからないようにショーツやブラ、薄いビスチェなんかを着させていく。
できるだけ目を逸らそうとしたけど、試着室は壁一面が姿見になっているので彼女の裸が隅々までばっちり飛び込んできた。
後は衣服だけ、という段階になり、平静を装って店員さんを呼びに行く。
着付けの仕方を本人にしっかり覚えてもらわないと、これじゃ身が持たないよ。
「どうじゃ、師よ?」
試着室から出てきたオルタは、人形のようなゴスロリモデルに変身していた。
パニエで膨らませた上下一体のジャンパースカートをまとい、胸元にはジャボと呼ばれる、中心をカメオで飾った大型の黒いフリルリボン。
夏らしくノースリーブで露出した腕先には袖止めと呼ばれる飾りを着けている。
頭には布製のカチューシャを思わせる細く豪奢なヘッドドレス。
白地に黒の縁取りを基調として、全身をフリルで華やかに彩っている。
モノクロの色彩の中に銀の髪と紫の瞳が映え、西洋風の顔立ちが高貴さを演出していた。
装いは先鋭的だが、まさしく異国のお姫様、と言われても納得する容貌だ。
「よく似合ってるよ、オルタ」
「ふ……ふふ……照れるのぅ。妾が、まさかこんなに瀟洒に着飾る日が来ようとは。行ったことは無いが、この服装なら夜会にも出られそうじゃ。スカートがひざまでしかないので、小言を言われるやもしれんがの」
姿見を前に、くるくると踊るように回りながら、彼女は自分の服を見てはしゃいでいた。
笑顔でそっとその手を取ると、貴族の令嬢らしくその場で恭しい挨拶を披露してくれる。
黒い艶のあるピンヒールのカツン、カツン、という靴音が、夜会の鐘の音のようだ。
「この後は、皆でお食事でもどうですか、お嬢様?」
「お招きに預かり光栄じゃ。麗しきひとときを過ごさせていただこうぞ」
彼女は咲き誇る華のように笑った。
この貴族ごっこの一瞬は、彼女の、失われた王族としての時間を取り戻すものだったのかもしれない。
彼女は何かから解き放たれたように、愛くるしい笑顔を浮かべた。