お金持ちになったらしい
社長たちのところに行ってみると、村長さんは春村会長に対して今度の準備の賠償で相談しているようだった。
春村会長は里のために自腹を切って装備や資材を用意してくれたので、王国から支払われる黄金でその謝礼をしたいということらしい。会長は大した出費ではないと笑い飛ばしていたけど。
うん、まぁ。
会長の個人資産から考えると、里の年間予算を払っても懐は痛まなさそうだ。
それでも、村長さんと会長は今や友人同士だ。親しき仲にも礼儀ありということで、使った額を補償することで決定したそうな。
「おお、繋句くん。嫁さんたちも勢ぞろいで、そっちの問題は解決したかね?」
「はい、会長。この後、アルマとオルタの二人を日本に連れて行こうと思ってます。オルタの幻術で、ミスティたちの耳を隠せるらしいので」
「もうすぐ夕方だぞ、繋句。これから行くと泊りがけになるんじゃないか?」
「そうなんですよね、社長。ぼくの家にこの人数は泊まれないので、里に帰ってくることになると思うんですけど」
社長は直帰扱いで良いと言ってくれ、里中さんに連絡してタイムカードを押してもらうよう念を押された。一度会社に寄らなくていいなら、時間の余裕も出来るかな。
「公爵の服装って何が良いと思います、社長? お姫様扱いはしないと言っても、安物の服を場当たりに渡すのは、少し気が引けるので」
「ああ。それなら、ベル・エ・キップの六階に良い店があるわよ、繋句くん」
解決策を出してくれたのは、武田さんだった。
ロアルドさんと腕を組み、久しぶりの再会を楽しんでいるようだ。
武田さんはまだ怖気づくオルタの顔を覗き込み、にこりと相好を崩す。
「こんなに可愛らしいんだもの。きっと、あの服装が似合うわ」
「お、お主のような美貌に可愛らしいと言われても、皮肉にしか聞こえぬが……」
オルタの泣きそうな声に、きょとりと目を丸める武田さん。
そして、言葉の意味を理解したのか、けらけらと笑って武田さんはオルタの頬を撫でた。
「あはは。繋句くんから聞いてない? 私の容姿はね、日本では逆なの。生まれてからこの世界を知るまで、私はずっと醜い化け物扱いされてきたのよ? そうね、言うならば、あなたと似たような境遇かしら」
私は元の世界では美人と認められないのよ、と武田さんが説明すると、オルタは興味深そうに目を瞬かせていた。
同じ境遇と聞いて思うところがあったのか、それまで怖気づいていた彼女の空気が少しだけ軟化する。
「皆の話を聞いていると、妾たちは生まれる世界を間違えたとしか思えぬ……タケダ殿も、この世界に生まれていれば王族の花嫁として迎え入れられる容姿じゃのに」
「そうね。でも、私たちには繋句くんがいるわ。私もロアルドと出会えたし。貴女も、繋句くんに日本に連れて行ってもらえば、きっと幸せが見つかると思うわよ」
にこりと微笑む武田さん。
その言葉に希望を感じたのか、オルタの表情がきらきらと輝いていった。
まぁ、これまで辛い思いをしてきた分、彼女も幸せなことに巡り合わないとね。
「じゃあ、ぼくは一足先に日本に戻りますね。帰りの門は、ぼくが戻るまでそのままにしておきますから。後日にでも、皆の分の門はまたつなぎ直します」
「ああ、お待ちくだされ、ツナグ殿」
「はい、何でしょう?」
ぼくを呼び止めたのは、村長さんだった。
春村会長と視線を合わせ、互いにうなずいている。何だろう?
「こたびの一件では、ツナグ殿の力で里の危機が救われたと言っても過言ではありません。ですので、王国からの賠償金の一部を、ツナグ殿に受け取っていただきたいのですが」
「金銀じゃと扱いに困るじゃろうから、わしが換金して渡そうと言う話になったんじゃ。繋句くんもこれから物入りじゃろう? 遠慮せずに、受け取っておきなさい」
寝耳に水な話だった。
確かに、里の経済は充分に回っているところに、余剰な賠償金が転がり込んでくるのだから、里はとても裕福になった状態だけど。
良いのかな? と躊躇うも、村長さんと会長の笑顔を見ると断るのも申し訳ない。
一部と言うなら、そんなに大金じゃないだろうと思い、ぼくはうなずいた。
「ありがとうございます、村長さん、会長。いくらぐらいですか?」
「うむ。日本円で、税金を引いて二億六千万というところかの」
さらりととんでもない金額を口にされた。
ちょっと待った。なにその金額?
「一部と言うよりは、半額ですかな。本来は全額お渡しすべきだと思ったのですが、言ってもツナグ殿が受け取らぬだろうとハルムラ様が仰るので。せめて半額くらいは受け取っていただきたいと、そう相成りました」
「待ってください! いきなりそんな大金を渡されても、扱いに困りますよ!?」
「何、税金の処理はわしがやっておくでの。心配はいらん。繋句くんなら節度を見失うことも無かろう、自由に使いなさい」
「にしても、額が額です! 大きすぎますよ!」
「そうか? 国と一自治体の間の賠償金額じゃぞ。むしろ、かなり少ない方じゃろう」
当たり前のように言われてるけど、震えが走る金額だ。
ぼくはすっかりうろたえて、助けを求めるように社長を見た。
けれど、社長は、
「受け取っとけ、繋句。お前は欲が無いから自覚して無いだろうが、お前の能力は本来、この何百倍も金を産める能力なんだ。これからのために、少しは金の使い方を覚えろ」
忘れてた。
この人もかなり良い家の三男坊なんだ。今は自力で稼いでるとは言え、角田社長も大きなお金の扱いには慣れてるんだっけ。
周りにお金持ちしかいない。
四面楚歌の中で、ぼくは大金を受け取ることを了承させられた。
「……社長は、これで貯金が出来たのでぼくが会社を辞める、なんて思わないんですか?」
「安心しろ。たとえ、うちが株式化してお前が大株主になったとしてもこき使ってやる。お前だって、里や王国をほったらかして仕事を辞める気なんて無いんだろう?」
「……まぁ、そうですね。安定した収入も大事ですし、辞める気はさらさら無いです」
里の未来の問題はまだ解決には至っていない。
王国や獣人たち、他の種族と友好的な関係が結べるか、あるいはエルフたちが幸せに暮らせる世界を見つけるまで、ぼくは仕事をやめるわけにはいかないだろう。
そう考えると、現状のやるべきことは特に変わっていないように思えた。
お金があれば、生活費のことは心配しなくて良いし、ありがたい話なのかもしれない。
「家でも買ったらどうだ、繋句? 五人で住むには、今の部屋だと狭いだろう?」
「ああ、そうですね。会社に近いところがあるかな」
家を買う、というのは良さそうだ。
オルタは王宮に住むのかもしれないけど、それでも全員が日本で過ごせる場所は必要だろうし。
将来的には、子どもの部屋も必要になるかもしれない。どちらの世界で育てるか、は後で考えるとして。
「まぁ、まだお金も入ってきてないし、受け取ってからですね。考えるのは」
「そうだな。ある程度の使い道は決めとけよ。来年には免許も取ってもらうからな」
そう言えば、そんなものもあったな。
やっぱり、お金はあるに越したことは無いのかもしれない。