争いの顛末
「我、蒼嵐の賢姫こと、オルティミシア・レウル・ロアーヌ・バルバレアは、始祖魔術士の後継者ツナグ・タカマチ様を師と仰ぐ! これよりかの方は国家の鎮護たる我の師である! かの方に対する不敬は妾が許さぬと心得よ!」
「国家の主たるアウグスタス・クデス・ロークス・バルバレア三世の名によって、ここにこれを承認する! 一同、異議のある者は申し立てよ!」
二人の声が、天井を失った王城に響き通る。
賢姫はフードをかぶって素顔を隠していたけど、彼女に対する周囲の反応はやはり芳しくない。
けれど、王がその宣言を承認したことで、誰も不満を漏らす者はいなかった。
あるいは、彼女の実力を考えれば、この場にいる貴族くらいは独力で黙らせられたのかもしれない。
「そんな名前だったんだね。オルティミシア? きれいな名前だね。長いからオルタって呼んで良い?」
「それで構わぬぞ、我が師よ。……男に、あ、愛称を呼ばれるなど、胸がきゅんとするの。はぅぅ……師の芳しい男の身体に抱かれる日が、楽しみでならぬぅ」
小声でささやきあう、ぼくとオルタ。
彼女は何を妄想しているのか、くねくねと身を捩じらせていた。
何にせよ、ぼくは年齢の問題で今すぐ嫁を娶るわけにはいかないと伝えると、蒼嵐の賢姫ことオルティミシアは、ぼくとの立場の差を明確にしたいと、ぼくに師事することを表明した。
国の重鎮たる魔術士が弟子入りする、さらに高位の魔術士。
その存在を王が承認したのだ。これで、ぼくはこの国に属さずして、この国で最高峰の魔術士の位を得たことになる。
表向きの権力は無いけれど、国の最高権力者二人に傅かれているのだ。
どれほどの権威か想像もつこうと言うもので、居並ぶ貴族たちは揃ってぼくに片ひざをつき、平伏していた。
権力の使い道はあまり思い浮かばないけど、これで無闇な侵略は控えさせることができるだろう。
半壊した王城の始末を王に任せると、ぼくはオルタを連れてエルフの里に戻ることにした。彼女に頭を下げさせて、約束したエルフの里の賠償を取り交わせば、今回の件は一応の解決を見るだろう。
……婚約者が一人増えちゃったけど。
ミスティとシャクナさんに、なんて言おう?
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「ツナグ! 心配したのよ!?」
門をくぐってエルフの里に戻ると、ミスティとシャクナさん、それにアルマが、目に涙を浮かべてぼくに駆け寄ってきた。
突然目の前から消えたのだ、さぞ心配をかけたことだろう。ぼくは自分の無事を伝えると、心から頭を下げた。
「繋句。無事だったか!」
「突然姿を消したと言うから、心配したぞい」
「何事も無くて、本当に良かったわ」
何と、角田社長に春村会長、武田さんも村長さんの家に集まっていた。
ああ、そう言えばぼくが里に来たときの門、消してなかったな。
話を聞いてみると、ぼくが消えたことに慌てたミスティとシャクナさんが、急いで日本に帰っていないか確認しに行ったとのこと。
それで社長づてに連絡を取ってみたところ、誰のところにも現れていないということで、これは一大事と、残した門から皆で里に集まってくれたのだそうだ。
「ただいま帰りました、皆さん」
ぼくは皆に礼を言い、今までの経緯を説明した。
王城での召喚と、ぼくの魔術の行使、そしてエルフの里への賠償の取り付けと、不戦の確約。
王城を半壊させた話をしたときには皆の顔が強張っていたけど、何とか死人も怪我人も出さずに済んだことを伝えると、全員が安心したように息を吐いた。
「……ところで、その一緒にいるローブ姿の魔術士は、どなたですかの?」
村長さんが不思議そうに尋ねる。
ぼくはつないだ手を引き寄せ、オルタを皆の前に出させた。
「彼女が今回の里への襲撃を命じた本人です。さぁ、オルタ。顔を出して」
オルタはおずおずと歩み出て、フードを脱ぎ去った。
その容姿に、――主に地球組の三人から――驚きの声が上がる。
彼女は心苦しさに目を伏せ、そしてゆっくりと深く、頭を下げた。
「現王の姉、ロアーヌ公爵家の当主であり、宮廷魔術士の筆頭、オルティミシアと申す。この度は、妾の都合で里に多大な被害と迷惑をもたらしたこと、心よりお詫び申し上げる。我が師との約定により、二度とこの里には刃を向けぬゆえ、どうかお赦し願いたい」
「現王の姉!?」
「公爵とは……そんな方が謝罪に!? どういうことですか、ツナグ殿!?」
村長さんとロアルドさんが、突拍子も無い地位の人物の登場により、面食らっていた。
ぼくは彼女の動機を説明し、頭を下げたままの彼女の背に手を添える。
「彼女も、自分の居場所を作るために大変だったみたいです。この通り、反省はしてますので何とか穏便に話し合えませんか」
「ふむ……オルティミシア様と申されましたか?」
「う、うむ……」
厳しく口を引き結んでいた村長さんは、怯える顔を上げた彼女の目を見ると、にこりと表情を和らげた。
「我々の里は、ツナグ殿のおかげで無傷で救われました。そのツナグ殿が話し合えと仰るのです。どうして恨み言を申せましょうか。遺恨は水に流し、平和的にこれからのことを話し合いましょう」
その言葉に、ぼくのみならず、オルタや、里の皆もほっとした安堵の表情を見せた。
里のトップの意見により和平会談は穏便に行われ、賠償として王国からはいくばくかの金銀を支払われることが決定した。
金はともかく、鉄ではなく銀の支払いで良いのかと彼女は眉根を寄せていたが、ぼくの了承の元に、里と交易する日本という異世界が、鉄が安く銀が高いと種明かしをした。
里も素材としての銀の供給元を欲しがっていたし、王国側であるオルタとしても、賠償の一部が安価な銀であることで経済的負担が軽減され、ほっと胸を撫で下ろしていた。
決定した額程度では、国庫に大勢は影響しない、ということで問題なく支払われることで合意する。
「本当に済まなんだ、エルフの里の民よ。妾は、もう二度とそなたらと争うような愚かなことは……」
「――それなんですけど、村長さん。ウッドフォックスの毛皮って、残ってます?」
「ありますぞ。各家でも、冬用の衣類のために備蓄しておると思いますが」
「彼女に全部譲ってくれません? もちろん、代わりの毛皮は用意しますから」
「構いませんぞ。別にウッドフォックス以外にも、毛皮はたくさんありますので」
「え? えっ? そんなに簡単に?」
そういうことになった。
自分の命じたことは何だったのかと呆然とする彼女に、周囲の全員が苦笑する。
何となく毒気を抜かれ、エルフの里を襲った初めての戦争は、何だか間の抜けた感じで終わりを迎えた。
さて、残った問題はただ一つ。
ぼくは覚悟を決めて、ミスティとシャクナさんに向き合った。
「どうしたの、ツナグ? そんな真剣な顔をして?」
「何か言いづらいことでもあるのかい?」
「ごめん。実は……里の和平のために、オルタとも婚約することになったんだ」
笑顔のまま、二人の空気が凍る。
その形容しがたい雰囲気をぶち壊したのは、アルマだった。
「酷いです、ご主人様――っ! わたしだけ結婚してもらえないんですかっ!?」
うん、まぁ。
きみは五年後まで待とうね、アルマ。