楽園の使者
王は居並ぶ貴族たちを控えさせ、毅然とぼくの前に歩み出た。
「異界の大魔術士殿。そなたの実力はよくわかった。我が国では、そなた一人の魔術の前に勝てぬだろう。――その上で、伏してお願いする」
がばり、と王はその場に片ひざをつき、ぼくに平伏する。
「姉上の魔術はこの国の安寧に無くてはならぬ力。失ってはならぬ方なのじゃ! 凡愚な王など、代わりはいくらでもおる。代償に誰かの首が必要なら、それは姉上でなく国の主たるこの愚王の首であるべきだ。どうか、姉上の代わりにこの首でお許し願いたい!」
「……あんたが、この子の代わりになるって言うの?」
ぼくが冷徹に尋ねると、王は無言でうなずいた。
その瞳は真っ直ぐで、決然とした意思が感じられる。心から国の行く末を思っての発言なんだろう。
ぼくはしばし押し黙り、呼吸を整える。
「……二度と、エルフの里を襲撃しないと約束してくれますか?」
胸の内の怒りが、王の献身に揺らいでいた。
ぼくは静まり始めた胸の炎を必死になだめ、努めて冷静に話しかける。
「これからは、他種族を無闇に虐げないと約束してください。……それができないならば、ぼくは今度こそこの国を燃やし尽くします。その方が、幸せになる命が増えるから」
「や――約束する! 我が名に懸けて! 王命による宣旨をもって、議会に諮ろう!」
「なら、後は当事者として、彼女にエルフの里への謝罪を要求します。他にも賠償は必要でしょうが、その条件を飲むなら、ぼくはこれ以上魔術を振るいません」
ぼくの敵意が治まったことを感じたのだろう。
王は崩れた顔の一面に冷や汗を流しながら、胸を撫で下ろした。
「……感謝する。異界の大魔術士よ。余の名に懸けて、賠償を含めた約束は守ると誓おう」
「エルフの里は経済的に自活してますから。経済的な負担は少ないと思いますよ」
ぼくが視線を向けると、王を取り巻く貴族たちは怯えたように一歩たじろいだ。
言いたいことは多いけど、命を投げ出した王の言葉を信じよう。
もし他者のために命を差し出すこの王様の首を落としたなら、自分のために命を奪うこの貴族たちと何が変わるだろう。ぼくにはそんな理不尽な選択は出来ない。
エルフたちも、そんな結末は望まないだろう。
「……残った問題は、一つだけか」
ぼくは、呆然と立ち尽くす小柄な彼女に、視線を向けた。
「きみは、どうする? エルフの里に来て謝罪はしてもらうけれど。その後はどうするの。この王城に留まる? ずいぶん、肩身が狭そうにしてるから」
彼女は力なく笑い、うつろに涙した。
「はは……放逐させたければ、好きにすれば良い。どのみち、もはや二度と表に出ることは叶わぬ。この王城で、天候を治める籠の鳥として生きる他はあるまい」
「もしきみが、今回のことを心から悔い改めるのなら、きみを受け入れる場所に、きみを連れて行けるけど?」
「な、何を……? いや、予想はついた。エルフの里じゃろう? 同じような容姿の者たちの中ならば、妾の容姿も気にならぬと、そう言いたいのであろ?」
「違うよ。ぼくは異世界から来たと言ったよね。異世界は価値観が違うとも言った。もしきみが望むなら、きみを受け入れる価値観の世界に連れて行くこともできるよ」
「何と! そんな世界が、あるというのか!?」
ぼくの言葉に、彼女のみならず、王や周囲の貴族たちの間にどよめきが走った。
賢姫の容貌を受け入れるとは、魔界か何かか。と、想像すらできぬ世界に畏怖と嫌悪を抱いているようだ。
ぼくは否定的な貴族たちに聞こえないように、小声で王と賢姫に話す。
「ぼくの国は法で戦争を禁じてる。争いの無い、平和な国だよ。魔術は無いけど文化はこの国より発達していて、長く住むのは難しい代わりに、住みやすい国だ」
ぼくの説明に、王と賢姫は言葉を失っていた。想像もつかない世界なのだろう。
やがて、我に返ったように賢姫は笑い出した。
「は、はは! 戯言じゃろう? 妾のこの容姿を受け入れる世界などあるものか。お主も表面は平静にしているが、内心では醜いと妾を蔑んでおるのだろう――?」
彼女はかたくなに、ぼくの言葉を受け入れようとしない。
貴族として生まれた分、周囲の美しいとされる者たちの中で隠れ潜むように生きてきた人生が彼女を信じさせないんだろう。環境の犠牲者というべきか、彼女も容姿の差で傷ついてきた一人だ。
その涙が、美しいエルフの少女と重なる――
ぼくは、無言で彼女に歩み寄り、頬に手を添えて口付けした。
「な、な、な、大魔術士殿――!?」
「関係ないね。ぼくにこの世界の基準は通じないと言ったろ。ぼくが嘘を言っているなら、こんなことができると思う?」
頬に手を当てて真っ赤になる彼女に詰め寄る。
胸の内の苛立ちを吐き出すように、ぼくは彼女を見据えた。
「次はどこが良い。手? おでこ? 口はダメだよ、そういう関係じゃないから。それとも、いっそのこと、こうした方が良い――?」
ぼくは、彼女の華奢な身体を思い切り抱きしめた。
中学生のような小柄な体躯から、ふわり、と柔らかい匂いが鼻先をくすぐる。
「は、はわ!? お、お、おとこのからだ!? はぅ、いいにおいがして、たくましくて! あ、あったかい……はぅ、はうぅ――!」
ぼくの腕の中で、小柄な美少女が、目を回さんばかりに悶え狂った。