魔術を極めし者
「馬鹿な……始祖魔術士じゃと!? そのような話、信じられるか!」
「近衛騎士! あの魔術士を捕らえ、ひれ伏させよ!」
ぼくの言葉を信じていない王や宰相たちがわめき騒ぐ。
号令一下、部屋の外から、豪奢な甲冑に身を包んだ兵たちが大挙して部屋になだれ込んできた。装飾の施された装備は、王を護る近衛騎士ならではということだろう。
実に豪華な装備だ。
本当に。
――鉄製の。
「即時起動、磁性結合!」
ぼくの起動した魔術が放たれる。
輝きの鈍さから、装備が鉄製だと言うことは容易に見て取れた。この世界では鉄は高級品だし、硬度自体も銀より高い。
王の側近としてはべる騎士の、最高級の装備と考えれば当然の選択だろう。
でも、それが命取りだ。
「――な、身体が!?」
「剣が、鎧が! くっついて離れない!」
電流は磁力を発生させる。電磁石の原理は雷の魔術の範疇だ。
騎士たちは近くの同僚と一塊に身を寄せ合い、身動きが取れなくなっていた。全身を包む鉄の甲冑や剣を、強磁力で結合させたのだ。
「全員、そこでじっとしてろよ」
怒りが覚めやらず、ぼくは冷酷に騎士たちに向けて告げた。
暴力ですべてが解決すると思ってるなら、圧倒的な力の前に屈すると良い。
「なぜ、そんな速度で魔術を使える……? まさか、本当に……?」
「この場には、ぼくが手を汚すことで心を痛める優しいエルフたちはいない。お前たちが、呼び出される側の都合も考えずに、ぼくを勝手にこの場に呼び出したからだ。傲慢の報いを受けろ」
命は奪わないでおいてやる。
その代わりに、この国のすべてを燃やし尽くす。
ぼくはそのつもりで、大規模魔術を起動させた。
「――残酷な流弾」
天空の色が変わる。青から赤へと。
大気が魔術によって灼熱し、気流の中で炎を混じらせて渦巻く。雲も無い空は陽炎によって大きく歪み、やがて燃え盛る炎に充ち満ちた。
「――いかん! 水よ、天を鎮めよ!」
「降り注げ……」
天空に渦巻く炎の海から、焦熱の雨が降る。
王城すべてを焼き溶かそうとした炎の矢の雨は、しかし、直前で発動した水魔術による巨大な水幕に、遮られた。
王城全体を覆う大規模な水の天蓋が、降り注ぐ炎の雨を受け止めて瞬時に蒸発する。
水蒸気爆発による轟音が鳴り響き、周囲が蒸気の濃霧に満たされた。
あの女魔術士の仕業か。
女魔術士は、視界がふさがれることを嫌ったのか魔術の風で室内を満たす熱蒸気を吹き飛ばす。
蒸気の晴れた後には、腰を抜かした貴族や王たちを護るように、召喚者を筆頭とした魔術士の部隊がぼくの前に立ちはだかっていた。
王が、頭を抑えて床に這いつくばったまま、搾り出すような叫び声を上げた。
「なぜだ! なぜ、これほどの力を持ちながら、野蛮なエルフなどに加担する!?」
「何をもってエルフたちを邪悪や野蛮と決め付ける? 欲望を抑えようともせずに他人を襲う、あんたたちの方がよっぽど獣のようじゃないか。エルフたちは、少なくとも無用に他人を傷つけようとはしなかったよ」
「し、しかし! エルフたちは現に醜く――」
「ぼくから見れば、あんたたちの方がよほど醜いよ。美しさなんて、どこにも無い」
ぼくの言葉に、居並ぶ王も貴族も、全員が言葉を失っていた。
まるで自分たちの矜持を、根本から否定されたかのような愕然とした表情をしている。
見た目の美醜で人をはかる気は無いけど、見事に一人残らず酷い顔をしていた。見た目だけで内面を決め付けるという相手の流儀に則るなら、この場の全員が有罪だ。
けれど、そんなに根が浅い問題ならどれだけ楽か。
見た目の美しさに驕った醜さ。それが、この場の貴族たちを蝕む罪だ。
「あんたたちが自分を美しいと思ってるのは、よくわかったよ。じゃあ、その価値観が絶対だと誰が決めたんだ? 神様? それとも、神様の言葉を騙ったどこかの宗教家?」
自分たちが正当だと主張するのなら、その正当性は果たして普遍的なものか。
答えは否だ。
「世界を渡れるぼくが保証するよ、この世界の美しさの基準は狂ってる。あなたたちは、身も心も、その行いも汚い、ケダモノ以下の集団だ」
王が、蒼白の表情で叫ぶ。
「だ、誰か! こやつの持つ邪悪な思想を誅せよ! 魔術士たちよ、この魔王を滅ぼせ!」
その言葉に我に返ったように、魔術士部隊が魔術を発動させ始めた。
ぼくは起動させたままのデックの能力を使い、その魔術を解析する。
水の魔術。氷の魔術。ぼくの魔術が炎の系統だと思い込んで、それに相反する魔術をぶつけようとしているらしい。
魔術自体を消すことも出来るけど、それだとただの力比べだ。
異世界には、科学と言う魔術に劣らない技術がある。
「水よ! あの者を押し流せ!」
「氷よ! あの者を穿て!」
「やめぬか、お主ら! 魔術は、この者には通じぬ――」
「……『電気分解』」
魔術士たちの放った水や氷が、雷に撃たれて霧散する。
水分の分子結合を分解したのだ。必然、場には酸素と水素が混合した大量の可燃性ガスが立ち込める。
「火花」
指先から放たれた小さな火花が、爆炎となって弾けた。
その光景を、『蒼嵐の賢姫』と呼ばれた女魔術士は、瞠目しながら見ていた。
「な……何をした、お主……!?」
「水を火に変えただけだよ」
「水を火に……馬鹿な! そのようなことが……!?」
「ぼくは異世界から来たと言ったろ? 異世界には、万物の性質を解き明かす学問がある。どれもこれも、あんたたちが知らない常識だ。あんたたちの知る常識だけが、すべてじゃないんだよ」
ぼくは、あらん限りの怒りを瞳に湛え、王国の人間たちを見据えた。
「さぁ――真に邪悪なのは、ぼくか、偏見に凝り固まったあんたらか。決めようじゃないか」