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大魔術士、怒る


 荘厳な石造りの部屋。壁には豪華な飾り布がいくつも垂らされ、明かりの射す窓の枠を始め、調度品には壮麗な意匠で飾られている。


 目の前に並び立つのは、魔術士とわかるローブ姿が数人。他はすべて、中世貴族のようなジュストコールに身を包んでいた。中世の偉人の肖像画などを思い浮かべると衣装がわかりやすいかもしれない。

 この場にいるほとんどの人間は、貴族階級ということだ。


 そのさらに奥には、玉座に鎮座した王冠を被った中年の男性が見える。

 単純に考えるなら、ここは王城か王宮で、あの玉座の人物は国王と言うことだろう。


 ぼくは、そこに召喚されたということだ。

 異世界の、勇者? として。


 ぼくの第一声を待つ周囲の貴族たちを見渡して、ぼくは気を取り直して尋ねた。


「ここは、どこですか?」


(わらわ)がお答えしよう、勇者殿。ここはカトラシアという大陸の人族の国、バルバレア王国。そなたは、どこの世界から参られた?」


「……地球という大地の、日本と言う国から来ました」


 平静を装って質問に答えながら、ぼくは自分の心が冷えていくのを感じた。

 バルバレア。

 その名前は聞いたことがある。エルフの里を攻めてきた、人族の王国だ。

 恐怖に身が凍るのではなく、ただただ心が急速に冷えていく。

 冷淡と言う言葉の意味を知る。


 この人たちが、エルフたちを隷従させようと攻めてきたのか。


 ぼくの気性が荒くないと感じたのか、玉座から立った国王がぼくに語りかけてきた。


「異界の勇者よ。我らがバルバレア王国は強大で邪悪な敵と相見(あいまみ)えている。どうか勇者殿の御力で、我が王国の窮地をお救い願えまいか?」


「その、強大な敵と言うのはどのように邪悪なのですか?」


「うむ。炎を使う魔術士で、あらゆる魔術を無効化する。討伐に送った我が国の騎士たちの心を惑わし、洗脳して手の内に取り込もうとしたのだ。奴はエルフという醜悪で凶暴な種族を率い、この王国の軍勢を簒奪して国家を侵略しようと企んでいるのじゃ!」


「……それは大変ですね。具体的に、どのような被害が出たのですか?」


「五千の兵と騎士たちが、邪悪なる者たちの手によって返り討ちにあった!」


「その五千の兵のうち、戦での死者の数は?」


「……そ、それは……」


 王が口ごもる。

 王国が正義でエルフが悪だと主張したいのなら、犠牲者がいないことは都合の悪い情報だろう。

 ぼくは、重ねて問うた。


「そのエルフたちは、この王国に対して、具体的にどんな攻撃をしたのです?」


「こ、攻撃はまだ……受けては……」


 しどろもどろとなる王の横から、貴族らしき男がしゃしゃり出てくる。

 酷い顔だ。言っちゃ悪いけど、この場に素顔をさらした全員が、まるで意図的に造詣を崩したような、前衛芸術的な容姿をしていた。この世界の基準じゃ、美しいとでも言う気なんだろうけど。


「勇者殿。エルフと言うのは醜悪な、呪われた姿をした悪の化身たる種族です。この世のすべての邪悪を体現したかのごとき禍々しさは、その心根を写す鏡と言っていいでしょう。我が王国は、悪の具現たる種族と対峙しているのです!」


「その通りです、勇者殿。この世の邪悪を滅ぼすため、どうか御力をお貸し願えまいか!」


「勇者殿!」




「……ふざけるなよ……っ!」




 キレた。


 怒りのままに、ぼくは大規模魔術を発動させた。

 ぼくの身体を、激怒に噴き上がる炎の魔力が包み込む。



「『デック』起動! ――――『抹消(オブリタレイト)』!!」



 上空に向けて放たれた、物質を飲み込み焼き尽くす超高温の熱量が、建材を焼き尽くし、王宮の天井を跡形も無く消し飛ばした。


 雲すら吹き飛んだ蒼天の下で――

 かつて室内だった空間に射し込む太陽の光にさらされ、居並ぶ面々は呆然と、怒り猛るぼくを見ていた。


 ある貴族は、何が起こったのかもわからず。

 ある魔術士は、その威力に驚愕と絶望をたたえて。

 王は、ぼくが何者なのかを理解できず、未知の恐怖に対して怯えるように。


 ぼくは、全員の畏怖など意にも介さず、淡々と告げた。


「エルフの里を攻めた騎士団に、犠牲者はいなかったはずだ。エルフたちは、争いを望まずに平和に暮らしていた。ぼくに魔術を使うことを止めようとしたくらいだ」


 攻め込んできたのは。平穏を崩そうとしたのは。欲望を見せたのは。

 邪悪なのは――



「簒奪? 侵略? ふざけるな! エルフたちを虐げようと軍勢を率いて戦争を仕掛けてきたのは、あんたらだろうが! 何が邪悪だ、正義を騙って都合のいいように事実を捻じ曲げようとするな!」



「な、何者じゃ、お主は……? 妾の召喚魔法によって、世界の壁を越えて訪れた勇者ではないのか……?」


 ローブ姿の魔術士が、震えた声で尋ねる。

 この人はぼくを召喚した魔術士だったか。『蒼嵐の賢姫』とか呼ばれてたな、きっと、名のある使い手なんだろう。魔術士たちの一番前にいることからも、それがわかる。



 でも、ぼくの持つ魔術の前には、遠く及ばない。



「半分は正しいよ。けど、正確じゃない。あんたの魔法は失敗だ、あんたの魔術じゃ世界を超えて誰かを呼び寄せることはできなかった。――だから、世界を超える魔法を持った、ぼくがこの場に呼び出されたんだ」


 畏怖に震える王国の人間たちに向かって、ぼくは名乗る。


「ぼくの名は繋句。エルフの里を守る、異世界の大魔術士――」



 人族の伝説に語られる、その名を。




「始祖魔術士、『世界を渡るもの(ワールド・ウォーカー)』の後継者だ!」






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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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