現れよ、勇者よ!
十日が経った。
エルフの里は以前のような平穏を取り戻し、ぼくも体調は全快して通常業務に戻ることになった。今の主な仕事は、エルフの里の防衛戦で使った資材の補充確認などだ。
以前とは変わったこともある。
村に住み着いた獣人の元奴隷たちの存在だ。獣人は体力と生命力が強いらしく、衰弱していた容態は数日で復活した。
中には免疫力の低下から感染症にかかっていた者もいたけれど、その辺りはぼくの治療魔術の守備範囲だ。問題なく治した。
復活した獣人たちは全部で四百人にも昇ったが、大半は食糧を与えられて故郷に帰ることを選択した。
故郷に帰る旅路を選択した者たちはエルフ種族に対して口々に礼を言い、旅路の道すがら、この里のことを広めてエルフの悪評を払拭すると約束してくれた人も多かった。
鉄に満ち溢れ、食事も充実した物資の豊富な里。
他種族を厭わず、迎えてくれる楽園でもある。
そしてそこを守護するのは異世界の大魔術士――と語られるのは照れるけれど。人族に侵略される心配の無い平穏な土地として、獣人族にとっても大きく興味を引いたようだ。
鉄の精錬をはじめ、日本という異世界の進歩した技術や文化が導入された先進的な土地であることも、評価を上げた要因である。
「――村に残るのは、五十人ほどですか」
「そうですな。故郷を失った身寄りの無い者たちには今、新しい家を作らせておりますので、そこに住んでもらうことになりそうです。我らエルフを心から受け入れるには、まだ時間が必要でしょうが」
エルフに対する認識が変わったとは言え、それまでの偏見が消えたわけじゃない。
村に残る獣人たちはどこかぎこちなく、エルフ族に対する心の壁のようなものを感じた。
と言っても、そんなに高い壁じゃなく、時間による慣れが解決してくれるものだと思いたいけど。
何にせよ、同じ村に住んで交流が深まれば、エルフ族の血の問題は解決する。
「子どもがたくさん生まれるといいですね、村長さん」
「そうですな。獣人にとっては、未だ我々は化け物のような容姿を持つ種族に見えております。外見の垣根を越えることが、これからの命題でしょうな」
美的感覚の違いは如何ともしがたい。
ぼくのように異世界の人間からすれば諸手を挙げて受け入れるエルフの容姿も、この世界の獣人にとっては揺るがしがたい最大の障壁になるだろう。
エルフの里も生活が安定してきたし、これはぼくの魔法を使って、別の世界に渡ることを考える時期がやってきたのかもしれない。
ただ、そんな懸念を吹き飛ばす明るい要因も中にはあった。
「ご主人様ーっ、お帰りなさいーっ!」
「わっ、アルマ!?」
ぼくの姿を見つけたアルマが、ぼくに飛びついてくる。
衰弱していたアルマはすっかり血色も良くなり、明るく活発な姿を見せるようになっていた。その姿は好奇心旺盛な小熊そっくりだ。
アルマは、犬なら尻尾をぶんぶん振ってそうな喜びようでぼくに抱きつく。
本人は奴隷と言っているけど、甘えたい年頃なんだろうなぁ。
アルマはエルフ族に対する抵抗感も見せず、里の人たちに愛想よく接していた。
彼女の爛漫さは、エルフと獣人の間をつなぐ架け橋になりそうだ。
「ただいま、アルマ。今日は、アルマにお土産を持ってきたよ」
「お土産! 何ですか!? 楽しみです!」
「可愛い服を、いくつか選んで持ってきたんだ。これからはアルマも、ぼくの住んでる家に来てもらうこともあるかもしれないから。試しに村長さんの家で着替えてみようね」
アルマは現在、里で用意した衣服を着ている。
最初に着ていた裸同然の奴隷服では幼い肢体を何も隠せず、目のやり場に困ったため、別に衣服を用意したのだ。
でも、これから日本に来る可能性もあるし、日本の衣服を購入してきた。
サイズが合うかどうか、試してみないとね。
「……ど、どうですか、ごしゅじんさま……?」
村長さんの家では、ミスティとシャクナさんによるアルマの着せ替えショーが行われた。
アルマは白いドレスシャツに飾りのネクタイ、短めのふんわりした赤いチェックスカートに黒いニーソックスという、ちょっと気取った小学校高学年くらいの服装に身を包んでいた。
熊の耳を隠すために、頭には黒の薄いニット帽を被っている。
「うん、よく似合うよ、アルマ。サイズはぴったりだったね」
「でも、この『ぱんつ』ですか? 素肌に密着してるので、不思議な感じです?」
ぴらりとスカートをたくし上げ、白いショーツが丸見えになる。
思わずぼくは噴き出した。
「あ、アルマ! 下着は見せるものじゃないんだよ、隠すもの!」
「え? えっ? 隠してるから大丈夫じゃないんですか? はだかじゃないから、恥ずかしくないですよ?」
アルマはそう良いながら、クマさんのプリントの入った真っ白い下着をぼくに見せるようにスカートを持ち上げ続ける。
似合ってますー? と無垢な笑顔で聞かれても、返答に困る。
小さい子の下着に興奮するわけでもないけど、日本でこんなところ見られたら間違いなく通報案件だ。
お尻を向けて丸いしっぽの納まり具合を確認するにいたっては、素肌が半分見えていてぼくはその場で頭を抱えた。
衣装自体は気に入ったのか、アルマは「えへへー」と満足そうだ。
「ありがとうございます、ご主人様! 古着でももったいないのに、新しい服がもらえるだなんて! わたし、大切に着ますね!」
「う、うん。はしたない真似は謹んでね?」
このぐらいの歳の子なら、妹たちの裸も見慣れていると言うのに。
アルマは奔放すぎる性格を、少し改めた方が良いかもしれない。
「まぁまぁ、ツナグ。子どものやることだから」
「この世界には下着なんて無いんだからさ。子どもの目には、衣類には変わりなく見えちゃうんだよ」
「むーっ、お姉さま方! わたしは子どもじゃないです! ご主人様の子どもだって作れるですよ!」
「はは。それは五年後くらいによろしくね、アルマ」
ミスティとシャクナさんの取り成しに、ふんす、とアルマは抵抗して見せた。
ぼくらは苦笑し、ニット帽の上からアルマの頭を交代で撫でた。
平和だなぁ。
「とにかく、アルマ。今度、それを着てぼくの故郷に連れてってあげるね」
「はいですー! ご主人様、約束ですよっ?」
アルマは弾むような笑顔で、うなずく。
その笑顔を見ながら――
微かな耳鳴りとともに、ぼくの身体は、光に包まれた。
*******
な、何が起こったんだ?
一瞬のうちに、目の前の景色が移り変わっていた。
村長さんの家にいたはずなのに、周囲は、荘厳な石造りの光景に移り変わっていた。
うろたえるぼくの目の前には、ローブに身を包んだ女性と、その背後に幾人もの中世貴族的な華美な衣装に身を包んだ人たちが立っている。
貴族らしき人たちは口々にどよめき、歓喜の声を上げていた。
「おお! まさか、成功するとは……」
「さすがは『蒼嵐の賢姫』様! 世界の壁を越える、伝説の召喚魔法を成功させるとは!」
召喚? 魔法? まさか?
目を瞬かせるぼくに、ローブで顔を隠した女性が歩み寄り、声高らかに告げた。
「よくぞ参られた、異世界の勇者よ! 我が王国の窮地を救って欲しい!」
なるほど。
こんにちは、高町繋句です。
エルフの里で大魔術士やってます。
このたび、どうも、王国の勇者として召喚されてしまったようです。