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束の間の勝利



 騎士団の姿が里の入り口から消えた後、森から出て行くかを確認するために監視のエルフ数人に、後を追うよう頼んでおいた。

 途中、罠の無い道を通って水場を経由するよう誘導を頼んでいたので、森の中でさまよい果てるということは無いだろう。


 ただ、無線通信では、騎士団に覇気のようなものは感じられず、粛々(しゅくしゅく)と森の出口を目指しているらしい。

 魔術の効果は覿面だったということで、一安心して良さそうだ。



 当面の危機が去ったエルフの里は、活気に沸いていた。

 罠の回収や設備の点検などの雑用をする班とは別に、打ち上げとして備蓄食材でご馳走を作る班が準備をしていた。

 獣人族の介護、監視の帰還待ちなど、やるべきことは山積していたため、宴を始めるというわけには行かない。けれども、ひとまず危機は去ったということで慰労の食事会が村長さんの計らいで行われた。


「ツナグ、具合はどう?」

「もう、立ちくらみは収まったよ。このまま椅子に座ってれば体調は戻ると思う」


 皆が食事会の準備にかかりきりになる中、ぼくは村長さんの家で休んでいた。

 騎士団を追い返した新しい魔術は、精神魔法という専門外の領域に踏み込むため、術式の構築に過度の負荷がかかる。

 デックの演算処理能力を持ってしても負担が大きく、そのフィードバックが疲労となってぼくに襲い掛かっていた。数回使えば効率的な発動が可能になるのかもしれないけど、現状ではあまり多用できる術じゃない、ということだ。


「あの白い炎は、ツナグならではの魔術ね」


 ミスティが、ぽつりとそんなことをつぶやいた。


「どういうこと?」


「身を守るなら、相手を焼き払えばそれで済むわ。自分が傷つかないためには、相手を傷つけると言うことがこの大陸では当たり前だし、常識よ。でも、ツナグの魔術は誰も傷つけないことを選んだ」


「そんな風に、相手のことをわざわざ考える奴なんて、ツナグ以外にはいないだろうねぇ」


 シャクナさんも優しく笑う。

 二人はぼくの姿に何かを重ねているのか、ほんの少しだけ遠い視線をしていた。



「ツナグは、この大陸の在り方を変えてくれる人なのかもしれないわね」



 ミスティの言葉に、ぼくは頬をかいた。

 ぼくは老人の後を継ぐ、大魔術士としての一歩目を歩みだした。このエルフの里を外敵から守るためには、力の振るい方も覚えなきゃいけないんだろう。

 でも、


「……二人は、そんなぼくの奥さんだよ? 遠い目をしないで欲しいな」

「ふふっ、そうね。ツナグが寂しがっちゃうものね」

「奥さんと言うからには、子どもも期待して良いんだよねぇ、旦那様?」


「ご主人様は、わたしのご主人様でもあるのですっ!」


 横から満面の笑顔で飛びついてきたのは、アルマだった。

 椅子に座るぼくの胸に飛び込み、ぼくに頬を摺り寄せてくる。


「放っておかれちゃ、やーです、ご主人様!」


「あはは。忘れてないよ、アルマにも早く色々覚えてもらって、ぼくを支えてもらわないとね」


「ちょ、ちょっと! その場所は私たちの特等席なのに! アルマ、離れなさい!」

「やーです、わたしはご主人様にいっぱいなでなでしてもらうんです!」


 ぼくの肩に手を回したまま離れないアルマの耳が、ぴこぴこと嬉しそうに動いている。

 もふもふと触り心地の良い耳に触れるように、ゆっくりアルマの頭を撫でると、彼女は気持ち良さそうに表情をとろけさせた。


「えへへ、ご主人さまぁ……ご存知ですか……? 獣人の耳に触れるのは、求愛の合図なんですよ……?」

「あ、そうなの? じゃあ触れないね。ごめん、アルマ」

「ええっ!? 酷いです、今のぜったい甘い雰囲気になる流れだったはずですのに!」


 涙目になったアルマの耳が、へにゃりとしおれ、ぼくは思わず苦笑した。


「はいはい、アルマはまだ病み上がりなんだから。他の獣人たちと一緒に大人しく寝てな」

「ああっ、そんな!? わたしもご主人様のお世話したいです、シャクナお姉さまっ!」


 どうやらアルマにとって、ミスティとシャクナは姉のような扱いになったようだ。

 ぼくも、実家の三人の妹たちの世話をしている気分になるので、アルマはぼくらの妹という立ち位置になっていくのかもしれない。ミスティも、ぼくの傍の場所を奪われてお冠だったけど、嫌ってはいないみたいだしね。


 エルフたちは、見た目という理不尽な謂れで嫌われ続けたからこそ、他の種族を嫌わずに好意的に接するのかもしれない。

 保護した獣人たちとの関係が良好なものになれば、色々な問題が解決するのだけど。


 それは、今すぐに考えることじゃないな。

 ぼくは身体の調子を確かめ、椅子から立ち上がった。


「動いて大丈夫なの、ツナグ?」


「うん。社長たちに報告がてら、一度日本に戻ろうか。食事会のための食糧も、補充しないといけないだろうし」


「そうね。向こうの食材は美味しいものが多いし、美味しい魚も食べたいわ」


 不安が去って緊張が解けたのか、ミスティもご馳走に対して期待をあらわにしている。

 皆が美味しいものを食べて、喜んでる顔を見ているときが一番嬉しいな。

 たくさん、買ってこよう。



*******



 その後、社長たちに無事を報告し、当面の危機は去ったことを伝えると、社長は心の底から安心したように胸を撫で下ろしてくれた。


 どうやら、状況によっては加勢に行こうと考えていたらしい。

 格闘家のような筋肉をしている社長だから、兵士にも負けないかもしれないけど、相手は生死をかけた戦いのプロでこちらは平和慣れした民間人だ。本当に戦うことにならなくて良かったと、ぼくの方が冷や冷やした。 


 電話口で春村会長と武田さんにも無事を伝える。

 二人とも声がかすれていたので、電話口で泣いていたのかもしれない。

 心配をかけたことを謝ると同時に、新しい魔術のことも教えてこれから闘争面では心配はいらないことを伝えると、二人とも驚きとともに心から喜んでくれた。


 後日(ポータル)を繋ぎ直して、ロアルドさんは武田さんに顔を見せられるようにした方が良いな。



 社長たちに報告を済ませた後は、スーパーで食材を購入して里にとんぼ返りした。


 獣人たちとの親睦を深めるという意味を含めた食事会は、獣人たちの驚きとともに盛大に賑わった。

 特に好評だったのは、日本の固形ルーを使用したクリームシチューだ。食べ慣れていると感じないけれど、様々な調味料と出汁の味が小麦と乳成分でまろやかにまとめられた味わいに、獣人たちは感動したように口に含んでいた。


 病み上がりだから栄養が摂りやすいように、のど越しの良いシチューを選んだけど、正解だったようだ。その他にも贅沢に塩を使った野鳥の塩釜焼きや、日本の醤油と大森林産の柑橘類を使った魚のホイル焼きなど、様々な料理が並べられた。


 一度に量を食べきれないかもしれないと思い、一品ごとの量は少なく、種類は多く。

 様々な味に獣人たちもエルフたちも、舌鼓を打っていた。



 ぼくのひざの上を占領したアルマが、口元におべんとうをつけながら、満面の笑顔で幸せそうに言った。


「どれも美味しいです! わたし、ずぅーっとここに住んでたいです!」







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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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