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大魔術士の目覚め


 アルマの世話で和んだのも束の間、戦況は少しずつ悪くなっていた。

 人海戦術で罠が突破され、集団の中心が少しずつ里に迫っていたのだ。


 元々殺傷性の低い罠だけに、時間をかければ突破できる。

 相手の気力を少し侮っていた……というのは正確ではないかもしれない。

 正確には、水や物資を独占した王国の騎士の気力を折りきれず、その恐怖支配によって駆り立てられた疲弊した兵団の侵攻を止められなかった、というところだ。

 まさか、王国の騎士団がここまで兵や奴隷の体調を省みないとは思わなかった。


 けれど、戦況的に明るい要素もある。

 ぼくらの嫌がらせで、相手の軍からは落伍者や脱走者が多く出た。末端兵の中にも脱水症状で戦闘不能に陥った兵が続出し、合わせて千人ほど数を減らすことに成功した。


 また、使い捨てられた獣人奴隷を二百人ほど保護して奴隷から開放したことで、アルマ以外にもぼくらに助力してくれる獣人が増えた。

 体力的に優れた獣人とは言え、すぐに動けるのは五十人ほどだったけど、百人の味方が百五十人に増えるのは大きい。

 衰弱した獣人たちの介護に人手を割いているものの、充分あまるほどの人手が増えた。


 それらの条件に鑑みた上で、ぼくらは今、岐路に立たされていた。


「里を放棄して別の場所に避難するか、それとも里に留まって敵を追い払うか。ここが分水嶺だと思います、村長さん。今考えないと、これ以上敵に近づかれたら選択肢が無くなるかもしれない」


「そうですな、ツナグ殿。欲を言えば、里に留まって敵を追い払いたいところです」


 村長さんの意見に、ぼくは渋面を浮かべながらも、うなずいた。


「みんなの思い出がある故郷を、荒らさせるわけには行きませんもんね」


「……そう感傷的な話ではないのですよ、ツナグ殿。連中の狙いは我らエルフの隷属です。富を奪っても、我々が別の場所に逃げればその行方を追うでしょう。遺跡は里から近い。何年もしないうちに、遺跡の存在は知られ、追い立てられることになります」


「なら、日本に逃げれば……」


「お言葉はありがたいですが、ニホンの籍を持たぬ我らが大勢で移動しても、行き場はありませんでしょう。そこまでお世話になるわけには参りません。むしろ、ニホンとのつながりを悟られぬように、我らは囮を差し出さねばならぬのです」


 村長さんは、真顔で衝撃的なことを言った。

 囮を差し出す、だって? わざと隷属させられるって言うのか?

 日本との繋がりを隠して、ぼくらに累が及ばないようにするためだけに?


「もしかして、最初にぼくに、日本に避難しろって言ったのは……」


「……私をはじめ、村の老人たち少数は捕まる気でいました。富を奪わせ、大森林からは資源が採れぬことを説明するために。そうすれば、若者たちは逃げ延び、ツナグ様のことを追及されることもない。すべて、丸く収まったのです」


 黙って、人族に狩られる気だったのか。

 ぼくが知れば、止めるだろうと思って、ぼくの知らないうちに。

 ぼくらとの秘密と、里の若者を守るために。


「……させませんよ、村長さん」


「でしょうな。今となっては、囮を差し出すことは諦めました。ツナグ殿に責められるのは、覚悟しておったのですがね」


 そう言って、村長さんは悪びれもせずに笑った。

 その省みない態度からは決然とした覚悟が感じ取れた。けれど、今、この期に及んで笑顔を浮かべているということは、全員で助かるための覚悟を決めたんだろう。

 ぼくは、そう理解した。


「里を守り抜きましょう。防衛戦です」

「はい、ツナグ殿」



*******



 村の入り口に、とうとう騎士団の姿が見えた。

 その顔は土気色にこけ、肩は落ち、まるで幽鬼か死霊の群れのようだった。

 けれど、落ち切った士気の中で、人族たちの中に蔓延する憤怒が見て取れる。

 自分たちの置かれている状況に対する怒りの転化と――

 里があるということは水があるということ。

 水場への渇望が、エルフの里を襲おうとしていた。



 迫り来る欲望に気合負けしないように、ぼくは叫んだ。


「外の堀の前に、魔術の炎で壁を作ります!」


 炎の魔術を起動する。炎の壁(ウォール・オブ・ファイア)。範囲指定を自由に行える便利な防御魔術だ。範囲を絞れば、制御魔術即時起動(クイックスペル)の対象にもなる。


 一瞬にして目の前に現れた燃え盛る炎の壁を前に、騎士団が怯む。

 けれど、すぐに指揮官が指示を飛ばして魔術士部隊が前に出た。

 水の魔術を使う気だろう。させない。


「『デック』起動! 即時起動(クイックスペル)魔力拡散(マナ・ディスラプト)!」


 デックの並列処理能力で魔術を複数起動する。

 魔術士部隊は自分たちの魔術が発動しないことにうろたえ、指揮官の叱責を食らっていた。

 威圧するなら、今しかない!


「敵の前に出ます! 弓手隊の皆さん、援護お願いします!」


 ぼくは叫び、里を囲う高い木柵、その内側に立てられた、木製の物見やぐらに登った。

 エルフの皆が用意してくれた素顔を隠すフードつきのローブをまとい、騎士団に姿を見せる。


「おのれ、何者か! 風の精霊魔術以外を使うとは、エルフ族の魔術士か!?」


 指揮官の誰何(すいか)に、ぼくは大声で叫んで返した。



「ぼくの名は繋句! 人族の大魔術士だ! 森の中で平穏に暮らすエルフ族を不当に虐げる、欲望にまみれた人族の騎士団よ! あんたたちの魔術は、ぼくの前には通じない! 諦めてこの森を去れ!」



 返事の代わりに、ぼくに向けて矢や投石が飛んでくる。

 そのすべてを、周囲のエルフたちが風の精霊魔術で叩き落としてくれた。

 問答無用でぼくを狙うと言うことは、それだけ切羽詰っているんだろう。


 迫り来る矢をいくつか炎で撃墜すると、痺れを切らした指揮官は、諦めることなく非道な命令を下した。


「残った奴隷どもを突っ込ませて、身体で炎を消させよ! 兵士たち、この炎の先にはお前たちが今、何より求める水があるぞ! 行け!」


 正気か!?

 いくら自分が傷つかないからと言って、他人を平然と犠牲にするのは常軌を逸している。

 あるいは、すでに正気ではないのかもしれない。蔑み、見下しているエルフに良いようにやられているという事実が、指揮官を狂奔に駆り立てているのか。


 いずれにしろ、炎を消さないと犠牲者が出る。

 けれど、炎を消せば里が襲撃される。

 どちらかを選ぶしかないのか。敵の命か、里の未来か。

 迷わず敵の命を見捨て、里の未来を選べたらどんなにか楽だろう。けれど、それはぼくだけじゃなく、ぼくが戦場に立つことを黙認したエルフたちも望まない。


 どうすればいいんだ?

 これが現実の無常さか? 人の世の業にまみれ、嘆いた老人の命題がぼくの前に立ちはだかる。人を救うために魔術を使えず、人を傷つけることしかできないなら、何のための大魔術士の称号だ?

 それじゃ、魔術士は人じゃなく、ただの兵器じゃないか。


 誰も傷つけることなく、人を救う道は選べないのか。


 迷うぼくの中で、空間が圧縮するような耳鳴りがする。『デック』が起動している。

 魔術が勝手に――?



 ぼくの懊悩(おうのう)を振り払うように、魔術制御システム『デック』はその能力を開放した。

 まるで、意思を持つように。



 今、ぼくの、新しい魔術が生まれる。





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この世界はヒロインが強い

女性が強い世界の中で、それでもヒロインを守れる男になろうと主人公ががんばるお話です。

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